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【ガンはメッセンジャー 7】桜の咲く頃、検査に追われる

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2016年4月4日(月)が手術日と決まった。
それからは手術に向けての準備に追われた。私にとって“初めてのこと”の連続だった。

まずは歯のレントゲンを撮り、口腔検査。
普通に歯医者さんの検診みたいなもので、歯垢の除去までしてくれた。
手術の時は全身麻酔で口からチューブを入れるので、歯がぐらついていたり、悪い菌があったりするとよくない(?)らしい。

その後は、呼吸器。
こちらは肺活量の検査みたいなもので、吸ってー、吐いてーを繰り返す。
それからエコーでの内診もやった。

また、輸血用の自己血貯血のため、400mlの採血をするという。
献血もしたことないので大量に感じ、それだけでもびびりまくった。
この採血に向けて、1週間、鉄分の錠剤を飲まされていた。できるだけ、苦手な肉も食べるようにした。

採血の予約時間になると、私ともう1人が同じ採血室に入り、それぞれベッドに寝かされる。
カーテンで仕切ってあって、隣は見えない。
針を通すと、ものすごい勢いで自分の血が流れだすのがわかった。
庭の水やりのとき、水の勢いが強すぎてホースが暴れることがあるが、あんな感じで管が時折ぶるぶると震えてうねる。
ああ、生きているんだなぁと、変なところに感動したり。

あっという間に血は採れ、すぐに同じ量の点滴が始まった。
ものすごい勢いで点滴も入っていくので、針を刺している部分から右腕全体にかけてが冷たく凍るような感覚。
不安になって看護師さんに「冷たいんですけど、こんなものですか?」と聞いたら、「こんなものですよ」と。
何もかもが初めてのことで、興味深い。

ベッドに寝ながら、天井を見つめてみる。
こういう時は何を考えればいいんだろうかと思う。

たまに「ぼーっとするのが好き」という人がいるが、それを聞くたび、目にするたびに、「ぼーっとする」の「ぼー」は一体何を考える時間なんだろうかと不思議に思っていた。
暇なのでいろんな思考が頭をめぐる。
病気のことを考えて泣きそうになったり、感謝の気持ちでまた涙があふれそうになったり。
泣いてたら看護師さんにびっくりされると思い、「心を落ち着かせるんだ!そうだ、心地よい草原にいるような気分になってみよう!」と想像してみたり。
結局続かなくて、今日帰ってあれして、明日はあの原稿書いて、土日は1時間ずつ仕事したら、もうこれで終わりで・・・なんてまたいつものようなことを考えている。
ああ、あかん、あかん。
こういうのがあかんねんと、楽しい思い出をよみがえらせようとか、あれこれ考えているとまた疲れてきて。
あー、やっぱり「ぼーっとする」って何なんだろう。「ぼー」の中身は何なんだ?!と怒りすら湧いてくる。

点滴は30分以上続き、その間、本当に退屈で仕方がなかった。
何もしない、眠るわけでもない、この時間が無駄に感じて仕方がなかった。
そして、「そんなことを考える人間だから癌になるんだな、きっと」と、そんな結論にたどり着いた。

私の退屈な点滴の時間が終わる頃、ようやく隣の人の血が流れ始めた。
先生も看護師さん二人もその人にかかりきりで、何度もいろんな箇所に針を刺して試していたが、ちっとも採血できないようだった。
そういう人もいるとは聞いていたが、本当にいるんだなぁと思った。

話がそれるが、45歳とはいえ、私の体はこの時まだ健康で若かったと思う。
あれから5年経ち、私の血管は老いて細くなってしまい、今では通常の採血でもかなり看護師さんの手を煩わせてしまうようになってしまった。いつも血管を探すのに苦労している。
今ならあの時の隣人の状況や気持ちもよくわかる。(いろんなところに針を刺されるのって本当に辛いのだ……)

点滴が終わると、車いすに乗せられた。そんな大げさな!と思ったが、この病院の規則らしい。
生まれて初めての車いす!!
こういうのに乗ると、急に大病になった気がしてきた(血を採っただけやけど)。

救急の空いているベッドに寝かされ、20分ほど横になった。
看護師さんが来て、血圧をはかってくれて、「帰れますか?」と聞いてくれた。
もうすっかり元気だったので、すぐに帰った。
外を歩いたら、さすがに少し疲れているなぁと感じた。
でもそれはたぶん血をたくさん採ったからではなくて、慣れないことをやっているからだ。

入院までの検査はあと1回のはずだったのに、もう1回増えてしまったのも憂鬱だった。
私は子供の頃から心音に雑音があり、心電図でよくひっかかる。精密検査も何回か受けた。
今回も、先日撮った心電図に異常があり、急に循環器系の精密検査を受けることになったのだ。
「子供の頃からなんです」と一応話してみたが、「手術に関わるかもしれないので、専門の先生のご意見聞きましょうね」と看護師さんに言われてしまう。
検査ばっかりもう嫌だーーー

それが終わったら、あとは骨塩定検査と採血(また!)で全部終了。
あとは入院してからということになる。

当たり前だけど、癌って大変だ。手術って大変だ。
ため息をつきながら、家路をたどる。

ふいにやわらかな風を感じ、そろそろお花見の季節だと気づく。
でも、ちょうど見頃の時期は入院中だ。
残念。でも、また来年見ればいいか、と思い、数秒後にハッとする。

来年?
私に来年なんてあるんだろうか。

拭っても拭っても嫌な感情しか湧いてこない。
私は暗い気持ちで桜の季節を迎えようとしていた。


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