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就労困難者特化型のDXプラットフォームで、労働市場の構造そのものをゲームチェンジ 小野貴也さん〈後編〉

「おしゃべりラボ~しあわせSocial Design~」2024年4月20日の放送は、障がいや難病のある方が仕事を通じて大活躍できる社会を目指し、新たな社会インフラとして国内最大級の障がい者特化型のDXプラットフォームを運営するVALT JAPAN株式会社代表取締役CEO、小野貴也(たかなり)さんの後編でした。

社会課題をベンチャーの力で解決に導く

 私たちが運営する障がい者特化型のDXプラットフォーム「NEXT HERO」は、障がいや難病がある一方で「仕事をしたい」という意思をもつ方々が、やりがいのある仕事を通じて社会で大活躍できるようにするためにつくり上げました。これまでの障がい者就労とは大きく異なる新しい社会インフラです。
 具体的には全国に約2万カ所ある就労継続支援事業所で働く方々、および在宅でなら働けるというひきこもりの方々の能力や特性などのデータを集め、これに基づいて私たちが民間企業や自治体からデジタル系中心の仕事を受注し、適切な事業所やワーカーの方に再委託するしくみです。
 今年で10年目になるのですが、前半の5年間は本当に大変でした。営業をして仕事はいただけるものの、納品をしたらいったん契約が終わる「単発案件」中心だったので、お金が振り込まれると、またすぐ次の営業に行かなければいけない、という繰り返しがずっと続きました。しかも、事業所からは特にお金をいただかない上、質の担保はVALT JAPANがする、というしくみなので「そんなうまい話あるの?」と怪しまれてしまうこともありました。
 もう一つ私たちは、障がいや難病のある方々だからこそ感じられる特別な感覚や視点に着目して、上場企業や大企業と一緒に新規事業を開発するサービスにも取り組んでいます。例えば、視力が弱い方であれば、手先の触感が長けているという特徴があります。そこで、メーカーさんと組んでプロダクトの使い心地をレビューしてもらうとか、逆に障がいのある方々がより使いやすいデバイスの開発を行うといった事業を行っています。

法定雇用率だけでなく「法定協業率」の制定を


 日本には法定雇用率という法制度があり、障がいや難病のある方々の雇用機会の絶対的な基盤として維持されるべきだと思っています。一方で、これだけでは障がいや難病のある方々が企業で働く機会は雇用契約を結ぶ以外にないということになってしまいます。
 今、企業側では1000万人ほどの働き手不足があると言われていて、かつ雇用されても2人に1人が1年以内に辞めてしまうというデータもあります。そこで、ハードルの高い雇用関係の一歩手前の段階、例えば受発注の相手先であるビジネスパートナー、フリーランスといった「協業関係」の方が、お互いビジネスとしてジャッジメントする関係でいられればよいのではないかと考えました。そして、このしくみを法定化するため「法定協業率」を定めてはどうかと思い、今国会の議員連盟で勉強会を行うなど、政策提言活動をしているところです。

就労困難者のマーケットが日本経済を加速する


 現在、株主さんは15、6社いらっしゃり、資金調達させていただいています。こういった協力企業のためにも、まず最も大事にしているのは経済性です。
 就労困難者という深刻な社会問題を解決していくためにも、経済性は絶対に外せないと思っています。特に私たちがチャレンジしている取り組みは、障がい者の方々の所得に直接インパクトしていくことなので、今後も金融市場や民間企業といった経済セクターをいかに巻き込めるかが重要だと考えています。経済性を優先して事業を行い、結果として社会課題が解決される――それが私の中のソーシャルインパクトです。
 実際、NEXT HEROに発注していただいている企業さんは事業成長されています。たとえば、バックセクターとしてリモートや複数の事業所のワーカーさん1000人ぐらいが動くようなお仕事もあって、事業の成長を加速させています。また、ある会社ではESGレポート(企業の環境「Environment」、社会「Social」、企業統治「Governance」の3つの側面に焦点を当てた評価と報告)にNEXT HEROを活用して、どれくらいソーシャルインパクトが創出されているかをしっかりとIR(Investor Relations:企業が株主や投資家に対し、財務状況など投資の判断に必要な情報を提供していく活動全般)し、アピールしています。
 
 VALT JAPANに投資してくださる投資家や株主に「どうして我々と一緒に事業を行ってくれるのか」と尋ねると「就労困難者のマーケットが拡大して大逆転していくと、日本経済が一気に加速する」とおっしゃっていました。自分の会社がどれだけ利益を上げたかなんて小さなことだけれど、日本経済全体のことを考えたときに、このマーケットが動くことは大きいと考えていらっしゃいます。
 意外に思われるかもしれませんが、わが社のスタッフは、福祉的な有資格者は2割くらいで、あとの7、8割はビジネスセクター出身です。それも、ベンチャー企業や大企業でバリバリ経済をつくってきたような方々が参加してくれています。そして、両者が協働することで社会性と経済性が親和性をもち、新しい成果が生まれようとしています。今、従業員全体で50名ほどになっているため、組織を固めていくことは簡単ではないのですが、まずは事業成長につなげていくことを真剣にやっていかなければならないと思っています。

労働市場の構造そのものをゲームチェンジし世界に挑戦

 今私たちが取り組んでいることは、労働市場の構造そのものを変革させていく、ゲームチェンジさせていく、それくらい巨大なスケールのあるミッションです。
 スタッフのバックグラウンドはさまざまで、例えば当事者のご家族もいますし、今まで一度も障がいのある人とお仕事したことがない、という人もいます。しかしながら、就労困難者が経済的にも社会的にも大活躍して、日本経済が成長していくような、まったく新しいモデルをつくるというミッションに、みんな本当に共感してくれています。
 そして、全員で知恵を振り絞ってこのゲームチェンジに挑戦し、日本でこの社会インフラを成功させることができたら、メイドインジャパンの国産プラットフォームを世界に輸出したいと考えています。今、世界でも1日3ドル以下で就労している人たちが大勢いらっしゃるので、ぜひ、世界にもこのインフラを届けていきたいというのが究極のミッションです。
 私たちは立場的にあくまで黒子なのですが、この仕事をしていて耳に入るありがたいお話がいくつもあります。例えば、初めてパソコンの仕事をして自信がついたのでもっと頑張ってみたいという気持ちになり、その結果一般就労といって民間企業に就職できた人がいたり、あるいは一つの目標であった一人暮らしが実現できたりといったことです。こうしたお話をうかがうと、私たちもある意味身が引き締まる思いがしますし、心の中でガッツポーズをしながら、今までにないインフラづくりに挑戦しています。 

◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉

 小野さんが使われた「ゲームチェンジ」という言葉が非常に印象的。働く意思のある障がい者や難病をもつ人たちなど「就労困難者」を「NEXT HERO」と呼び、新たなマーケットとして大逆転させる取り組みは、これまでのビジネス市場や労働市場のルールや環境を変えていく、大きな構造改革(ゲームチェンジ)と言える。
 そして、経済性と社会性は対立するものではなく、相互乗り入れをしながら新しいゲーム(≒エコシステム)をつくっていけることを実証された。
 SDGsでよく言われる「誰一人取り残さない」というミッションを実現させるためにも、こうして実際に新しい発想でビジネス市場を開拓していくことが何より重要だと考える。それは、社会デザインにとって重要な「バリューシフト」でもある。

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