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旅する絵本作家 市川里美《コロナ禍とオランウータン》

市川里美さんの最新作『しっかりママにつかまって!』は、ボルネオ島に生きるオランウータンの親子と人間の女の子の交流を描いた作品です。


オランウータンの“現在”

 オランウータンは、ボルネオ島とスマトラ島の熱帯林に生息する大型類人猿です。木々を伝って移動し、マンゴーやイチジクなどの果実を中心に若葉や昆虫などを食べ、樹上で暮らしています。「オランウータン」はマレー語で「森の人」という意味です。その名の通り、オランウータンの生活に森は欠かすことのできないものなのです。しかし、今、オランウータンはその数を大きく減らしています。※スマトラ島では、過去75 年あまりの間に、個体数が80% も減少。ボルネオ島でも、過去60 年の間に個体数が半分になったと考えられています(2009 年時点)。その最大の理由は、森林伐採などによる森の破壊です。密猟や密輸もあとを絶たず、人間たちの身勝手な振る舞いが、オランウータンの生存を脅かしています。
※出典:WWF ジャパン(https://www.wwf.or.jp/ サイト内「オランウータン」で検索)

スマトラ島やボルネオ島では、オランウータンの保護活動も行われています


世界中、さまざまな国を訪れ、その土地で実際に生活した経験や、現地の人々との交流をもとに絵本を制作されている市川さん。市川さんの作品には、その土地での暮らしを知るからこそのリアルさがあり、自然や子どもたちを想う気持ちがあふれています。そんな市川さんに、コロナ禍での絵本制作やオランウータンをとりまく環境への思いについて、おはなしを伺いました。

『森からのよびごえ』に登場するオウムのレナータと市川さん

市川里美 Satomi Ichikawa
岐阜県大垣市生まれ。1971年、旅行で訪れたパリにそのまま移住。その後、独学で絵を学ぶ。こどもの世界をあたたかく、生き生きと描き、世界で出版された絵本は80 冊を超える。『春のうたがきこえる』(偕成社)で講談社出版文化賞絵本賞、『はしって!アレン』(偕成社)で第28 回サンケイ児童出版文化賞美術賞など、受賞多数。ほかの作品に、『とんでいきたいなあ』『ぼくのきしゃポッポー』『ペンギンのパンゴー』(以上、BL出版)などがある。


《コロナ禍とオランウータン》――市川里美

 2019 年の夏、ペルーのアマゾン地帯に1か月旅行したあと、世界にコロナ・ウイルスが発生、翌年にはコロナの波は何度も押し寄せ、旅行どころか日常の外出も制限を受ける始末です。次のボルネオへの旅の計画をくじかれていた私は、コンピューターの前に座ってボルネオに住むオランウータンに関するビデオを見ることにしました。そこには、それまで知らなかった国の状態、人々の暮らし、住む動物たちの実態が映し出されています。世界でもっとも古いといわれるボルネオの熱帯のジャングルが、日々ものすごい速さで破壊されています。木材として売られるか、焼かれて灰となった森は、その後見渡す限り、パーム油をとるためのアブラヤシの林と化しています。食べるものもなく、住む木もなくなった動物たちは、路頭に迷うしかありません。また、オランウータンの赤ちゃんをペットとして売りとばす商売もあるとか。木の上の親子のオランウータンを狙い撃ち、落ちてくると、ママにしがみついている赤ちゃんを引きはがして奪う、「人間」という生き物がいるのです。何が起こっているのかわからない赤ちゃんは、「なぜ?なぜ?」と泣き叫ぶばかりです。

オランウータンのラフスケッチ①

 オランウータンの子どもは、ママなくして生きていけません。母親のすることを見ながら、日々森で生きることを学んでいくからです。ママをなくしたオランウータンの子どもを育てる孤児院がボルネオやスマトラにあり、そこでの様子もビデオで見ることができます。オランウータンの子どもはまさに《めちゃくちゃに》愛らしく、あのまるくつぶらな目に出会うと、誰もが心が通じ合ったような気になるのです。また、残り少なくなったけれど、幸運にも今も自然の森に住む親子の、愛情深いしぐさややりとりの場面では、ママのすることをじっと見ている子どもの表情に目が吸いつけられ、ただ感動してしまいます。「私たちと全く同じだ!お母さんの愛は少しも変わらない!」と。

オランウータンのラフスケッチ②

 そのうち画面をスケッチし、絵本を創作してみようと思いたちました。この愛らしい動物のことをもっとみんなに知ってもらいたい…そしてこれ以上、人間はかれらの生きる場所を奪ってはならない…と。
 2018 年の4月、ウクライナのキーウの学校を訪れたことがあります。後になって、戦争になるなど思ってもいませんでした。その時子どもたちと一緒に描いた絵を見ながら、あの子どもたちは今頃どうしているのだろうかと胸が痛みます。大人の勝手な振る舞いを理解できるはずがありません。「なぜ?なぜ?」と泣き叫ぶばかりでしょう。

2022 年3月18 日 パリにて   市川里美

アン・ド・キーウ学校で子どもたちと交流する市川さん(ウクライナにて)
子どもたちと一緒に描いた絵(アン・ド・キーウ学校にて)


市川里美の世界を旅する絵本

じゃがいもアイスクリーム?
アンデスの山の村ではじゃがいもしかとれませんが…。

ジブリルのくるま
砂漠の少年は、旅行者が捨てたものでおもちゃの車を作ります。

ハナちゃんのトマト
トマトの苗を買ってもらったハナちゃんは…。日本の夏の体験。

森からのよびごえ
オウムのパトリシオはレナータに誘われ森へ…。プエルトリコが舞台。

なつめやしのおむこさん
オマーンにすむ少年がオスのヤシの木を探しに出かけます。

マンモスのみずあび
インドで暮らす少年とゾウのおはなし。

ぼくの島にようこそ!
ニューカレドニアの美しい島に少女が旅行に訪れます

こうまのマハバット
キルギスの村を訪れた少女と子馬の成長を描いたおはなし。

カイマンのダンス
アマゾンに生きるカイマンと家族のいのちのおはなし。

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