見出し画像

干場弓子・小山龍介対談|潜在価値を直観する方法―著者のポテンシャルを見抜く価値創造術

今回の対談相手は、出版社ディスカヴァー・トゥエンティワンを立ち上げられ、編集者として勝間和代さん、小宮一慶さんなど、多くのベストセラー著者を発掘してきた干場弓子さん。すでに有名になっている著者に書いてもらうということであれば、売れる本をつくるイメージは湧きます。しかし、著者がまだ無名であるにも関わらず、干場さんにかかると、その価値がすっと浮かび上がってくる。本当に不思議です。今回、まだ価値が顕在化されていないなかで、どのようにダイヤの原石を見抜くのか、その直観の方法を伺おうと思っています。

コロナ危機において、これまでなんとか延命してきた事業が、もはや生き残ることができずに、本当に価値を生み出している業界だけが残っていくタイミングです。何が本質的な価値なのか、それを探索する力が求められています。このタイミングだからこそ、重要なお話が聞けるのではないかと楽しみにしています。(小山龍介)

センスを磨いてマスタリーを目指す

小山龍介(以下、小山) 今日は、出版社の「Discover 21」のコファウンダーでもある干場弓子さんにお越しいただきました。後ろにちらっと見えているインテリアも、すごくおしゃれですね。

干場弓子(以下、干場) 20代のときに婦人誌の編集をしていたので、やはりそのときの名残で、インテリアや食器やファッションなどに凝ってしまうんです。

小山 ファッションにしてもインテリアにしても、センスがすごくいいじゃないですか。干場さんはもともとそういうのは好きで、目利きだったんですか。センスを磨くというのは、どうしたらいいのでしょうか。

干場 私は、基本的なセンスは3歳ぐらいまでに決まると思っています。Discoverでやった比較的大きなプロジェクトとして最後に成功させたのが、東大の開先生の「東京大学 赤ちゃんラボ」の研究をもとにした「赤ちゃん学絵本」です。

開先生とすごく意気投合したのは、やはり0歳のときから美的感覚というのは育つので、赤ちゃんはこういうのがいいんだろうという勝手な思い込みをしないで、大人にも赤ちゃんにも美しいものをつくろうというふうにしました。

それから、Discoverのときのオーナーに、別会社のスタッフのファッションについて指導するよう言われて試みたことがありますが、3人とも失敗したんです。それで、センスがない人は「自分がセンスがない」ということに対するセンスがないということがわかりました。

小山 自分がセンスがないとは思ってないってことですね。

干場 そうです。もちろんそれにも2種類あって、ひとつは100人いたら99人が美しくないと思うことを、本人だけが美しいと思う人です。もうひとつは、センスがないということを認めてしまうと自分が損なわれるという潜在的な恐れがすごくあって認めない人です。

「あの人素敵だわ、真似したい」とか、自分でセンスを磨きたいと思っている人はセンスを磨けると思います。「自分はいいんです、これで」と思っていらっしゃる方は、もうそれ以上ないんですよね。私ももっと磨きたいです。

小山 古典的な本なのですが、「学習する組織」。

画像1

『学習する組織 ― システム思考で未来を創造する』ピーター・M・センゲ (著), 枝廣淳子 (翻訳), 小田理一郎 (翻訳), 中小路佳代子 (翻訳) 、英治出版 (2011/6/22)

まさにセンスを磨くというのをこの本の言葉で言うと、「マスタリー」(熟達)を目指すことです。そうすると、干場さん自身はセンスがまだまだと思っていること自体が、ある種マスタリーというのですかね。もっと先があると追求する道がある一方、諦めてしまう人は「もういいや」となってしまいます。

干場 年を取ってくると、だんだん諦めが居直りになりますからね。

編集者はコーディネート力が重要

小山 干場さん自身は、編集者という仕事は天職だったと思いますか。

干場 そう思います。どうしてかというと、たとえば編集者は黒子だから、辞めたら自分でいろいろ書こうと思ったんです。それこそオンラインサロンとか、いろいろやろうと思ったんですが、考えてみると、編集はそれぞれの道のプロフェッショナルとお仕事をして、いろいろな分野で知識はつくんです。けれども、浅く広く知っているだけで、自分では「これが専門」みたいなのがないということがわかりました。でも、関心の幅は広いですがけっこう飽きっぽかったりするので、向いていたかもしれないなと思います。

それと、これは有名な『アイデアのつくり方』にも書いてある基本なのですが、編集の技術は、いろいろな素材や情報、知識を集めて思いがけない結びつきを生むことが非常に求められる仕事なんです。それがいわゆる「企画」になるわけですから、そういう意味では少しは才能があったかなと思います。

画像2

『アイデアのつくり方』 ジェームス W.ヤング (著), 竹内 均 (解説), 今井 茂雄 (翻訳)、CCCメディアハウス (1988/4/8)

小山 ファッションやインテリアもそうですが、ある種のコーディネーターということですね。干場さんの表現しているファッションやインテリアもそうなんですが、すごくコーディネートのセンスがありますよね。

干場 20代のときの数年間ですが雑誌をやっていて、インテリアと美容とファッションの担当だったんです。今と違ってデジタルカメラもない時代に、カメラマンと一緒にポラロイドを見たりしながら決めるわけです。

そのときに、切り取った画面の中でどう見えるかということに対するすごいこだわりが磨かれました。だから、今日も全体のイメージは何色がいいかなと考えて、ピンクか水色がいいなと思ってコーディネートしてみました。

小山 あるものが単独ですごくいいからといって、全体とバランスが取れなかったら台無しになってしまう。すごくカッコよく言うと、時代にこの人をコーディネートするとおもしろいなみたいなコーディネート感覚が、干場さんにはすごくあるのかなと思っていたんです。それは、この対談を視聴されている方がよくご存知の、勝間和代さんの登場のあのタイミング。

著書にも書かれていましたが、女性の自己表現についての干場さんの感覚と、「この時代にはこの」という表現の仕方がありますよね。これがあまりに先にいきすぎてもピントが合わないし、すごく古くさいものを持ち出しても合わない。そこの、時代のコーディネート力みたいなのをすごく感じます。

自分が欲しい本をつくる

干場 たとえば仕事術の本がたくさん出ていて、それぞれいいのだけれどもちょっとここが足りないとか、私はこういうものが欲しいのにとか、こうなんじゃないかなというようなものがあるんです。それを持っていて、なおかつそのことを私と同じように訴えたいと思っていらっしゃる方と出会ったときに生まれるという感じです。だから、自分の中のこういうものが欲しいなというものがあまりにも独りよがりだと外れてしまって売れないんです。

小山 先ほどの言葉で言うと、居直ってつくっていると多分合わないのでしょうね。

干場 そうですね。勝間さんのときは、まだコンサル系の思考術みたいなのが出始めの頃だったので、私自身もすごく知りたいと思っていました。それで、そういうのをお持ちの方だったというのがいちばん大きかったですね。

それと、やはり女性として自分の意見をバンバン発言する人はいるようでいて、あのぐらいの年代では少なかったんです。今だとたくさんいるのですが。たった十何年ですけれども、変わりましたよね。

小山 時代が変わりましたね。当時、たとえば勉強術というとTOEICだとか資格試験だとか、かなり幅が狭かったですよね。その後、勉強したり自分を高めていくという概念が広がっていきました。

干場 私のほうで勝間さんに「こういうの、いいですね」と言ったのが、アウトプットを目的とした勉強法です。その後アウトプット勉強法とかいろいろ出ましたけれども、そのときはなかったのです。

私は社長でしたので、社員が仕事と関係ないところで自分のインプットのために勉強するのが……「どうせ勉強するんだったら、仕事にアウトプットできる勉強をして」と思ったわけです(笑)。ですから、社会人には、インプットのための勉強ではなくてアウトプットを目的とした勉強が必要だと。そういう本を自分が欲しいと思ったんです。

小山 編集者を種類分けしたときに、すごく主体的に「私はこういうのが読みたい」といって本を企画する人と、「世の中でこういうのが求められているので、私はちょっとよくわからないんだけれども、こういうのがあると売れそうですよね」といって企画する人と、ふた手に分かれるとします。そうすると干場さんは明らかに前者、干場さんが読みたいとか「今これだ」と思われているのが、すごくよく伝わってくるんです。

干場 でも、自分が読みたいというものが、ちょうど世の中的にも半歩ぐらい進んだところで読みたいという人がいるものだといいのですけれども、ずれてしまうと、当たらなくなるのですよね。

やはりこれからは、私の年代の女性がもっと自分を磨くべきで、そのあと、私の年代のおじさんたちも、美しくしなくちゃいけないと思ったんです。それで本を出したけれども、早すぎて全然売れませんでしたね。

小山 たしかに、早すぎる感じですね。今、ようやく男性が化粧をするのがそんなに不自然ではなくなってきた感じです。

干場 若い男性はいいんですが、やはりおじさんです。でもその前におばさんですね。

小山 昔は、女性が年を取ることがすごくネガティブでした。今はグレーヘアにしたり、すごくポジティブに年齢を受け入れたり、それで自己表現したりということが出てくる中で、おじさんにもう半歩というか、多分それはちょっと先にいきすぎですね(笑)。

干場さんは編集者キャリアとして何十年と、常にその時代の半歩先、半歩先とやってこられたわけですよね。

コロナ後の世界に干場センサーを広げる

干場 考えてそうしたというわけではなくて、偶然そうだった、当たったということだと思います。今だと、たとえばコロナ後はこうなるということを、世界の有名な哲学者、経済学者、文化人類学者から社会学者から、日本でもそういったさまざまな人から、ふつうの人から、いろいろな人が言っていますよね。

私もFacebookやいろいろなデジタルのニュースなどいくつか見ていますが、やはり人の価値観など、どうなるんだろうと思います。私はコロナ後についてまでは言えないですが、自分自身の思いも含めてちょっとセンサーを広げて、いろいろ感じ取ろうとしているところです。

小山 個人的には、今干場さんが安易に結論を出さずに「センサーを広げている」というのが、やはり秘訣なのではないかと思うんですよね。干場さんは主観で、これがいいはずだと思ってやられるタイプの編集者だとは思います。けれども一方ですごいセンサーを張って、自分の主張をカラっと変えるタイプじゃないですか。

干場 そうですね。

小山 実はこうだったんだ、ということになるとパッと変わり身が早いというか(笑)。それが「半歩先」を続けてこられたひとつの秘訣なのかなというのを思ったりもするんです。

著者のポテンシャルを見抜く

ここから先は

9,077字 / 5画像
記事とセミナー動画を月間10本以上、配信しています。月に2本の記事、1本の動画を視聴するのであれば、購読がお得です。ぜひご検討ください。

小山龍介のキュレーションによる、CONCEPT BASEで行われるイベント。その動画・記事を中心に、月10本以上、配信しています。

未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。