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石井力重・小山龍介対談|社会変動に向けたアイディエーションー不確実な世界のみかたを変えるアイデア創出法

今回の対談相手は、アイデア創出のプロフェッショナルである石井力重さん。石井さんは、さまざまなアイデア創出手法を研究、自身でも開発をされており、誰もが再現可能な形でのアイデア創出プロセスの普及啓発を手がけています。

これだけ先の読めない時代において、「アイデア」の必要性はどんどん高まっています。企業のみならず、人類の、ある意味「生存の危機」において、ひとりひとりがもっている創造性こそが、生き延びるための一番の武器となるはずです。このタイミングで石井さんに伺いたいのは、そうした「生き延びる力」としてのアイディエーションです。(小山龍介)

コロナ対策のアイディエーション

小山龍介(以下、小山) 今回のコロナの問題で、自粛警察になる人がいる一方で羽目を外してしまう人もいますよね。そういう対立があるときに、AかBかという対立じゃなくて、創造的に考えればCという方法が見つかる。

石井さんが取り組んでこられたアイデア発想が、今ほど求められている時代はないんじゃないかなと思うんです。そこで、石井さんのアイデア発想のテクニックや、いろいろな手法を伺っていけたらと思います。

さて、「コロナ対策のアイディエーション=アイデア出し」みたいなワークショップはされましたか。

石井力重(以下、石井) しました。大阪(の病院)でガウンが足りなくて、雨がっぱでもいいから送ってほしいというニュースがあった翌日ぐらいです。医療従事者は、「これがなくて困っている」と実名で言うとメディアが殺到してしまうので、みんな困っているけれども言えない。企業は、自社の工場の設備は余っている、ただでもいいからつくって届けてあげたい、でも何をつくっていいかわからないという状況でした。

そこで、オンラインで匿名の医者や看護師さんたちが100名、医療の現場に物を届けてあげたい企業の人が100名集まってもらいました。25チームぐらいつくって、一週間とか二週間で物をつくって現場へ届けるというプロジェクトです。

東日本大震災のあとに「欲しい人が手を挙げる、物をあげたい人が手を挙げる」というマッチングサイトがあって、それを持っていた人が医療従事者と企業をつないでくれたりもしました。

また、コロナの患者がストレッチャーで運ばれているときなど、医療従事者はみんな呼気を浴びてしまうわけです。そこで、顔の上に小さなビニールハウスみたいなものをカポンとかぶせて、その人の呼気だけをビニールハウスの中に入れる。そういったものをつくられた町工場さんもありました。

意外なニーズとしてはこんなのも出ました。看護師さんたちは、マスクを一週間ずっと使い回したり、明日出勤しても自分を守る防護服があるかどうかもわからない。罹るかもしれないリスクも多い。人のためにやっている仕事なのに自分の子どもは地域で排除されるし、自分たちはもう体力的に目いっぱい。物もない。突然なんでもないときに涙がボロボロ出てしまうんですって。

こういうとき、オカマバーとか行って「アンタなによ〜!」とか言って欲しい。癒やしが欲しいって言ったんですよ。そこであるチームは、全員スナップチャットで女装して、オカマバー店主とかになって、看護師専用のオンラインで愚痴を聞いてあげるサービスを始めました。

各チームには、医者なり看護師さんなりが必ず1名、2名入って、絵空事じゃなくニーズに基づいてサービス設計するのです。だから、「オカマバーなんかやって、ふざけてんの」と一般人が思ってしまうようなアイデアをすごく真面目にプレゼンテーションして、参加している医療従事者たちも、「いいね!」ボタンをすごく押したんですよね。

アイディエーションは顧客の願いを原点にする

小山 医療現場の人たちはアイデアを出すプロではないし、生産現場の人もモノづくりだからモノのアイデアが出るかというとそうではなくて、毎日同じものを量産されているわけですよね。石井さんはそのとき、どんなふうにアイデアが出るように促していったのですか。

石井 アイデアを出すときにいちばん大きいのは、やはり顧客の欲しがるもの、求めているものを発想の原点にすることです。社会が突然不連続にガッツンと変わるときは、人は発想しにくくなるんです。

なぜかというと、僕らは通常過去からやってきたことを演繹的に直線的に残す。これをフォアキャストといって、未来に向かって何かを投げていく。今までこうだったんだから、このままいくよねという発想がすごく得意なのです。

それが突然ガックンとなってしまうと、前例がないことになるのです。そうすると、前例がないのに過去をそのままスライドして使おうとするから、あれこれ難しい。イベントの中で、お客さんが1000円払っても5000円払っても欲しいと思っている本質は何?と考える。コアさえわかれば、その上にオンラインの下駄を履かせていけば、欲しいものがたくさんできるわけです。

現場のニーズを持っている人たちに100人近く入っていただいて、その人たちを小さな集団にして、2人の医療従事者と4人のデザイナーや町工場のおじさんの6人でワイワイしゃべれるようにしました。

もしこれが、100人と100人が大きなタウンミーティングをして、100人の前に匿名で仮面をかぶっていても、多分「私は癒やしでオカマバーが欲しいです」とは言えないと思うんですよ。「実は泣いちゃうの」みたいなことも言えたりするように、集団のサイズを小さくしたり大きくしたり、場のサイズをコントロールするテクニックによって、ブレストを促進させることができます。

危機がイノベーションの最大のチャンス

小山 断絶のときにアイデアは出しにくいですが、断絶があるからこそゼロベースで考えられるということはあるんでしょうね。

石井 ありますね。イノベーションの最大のタイミングは、危機のときなんですよ。たとえば組織論の中で、初めはアントレプレナー組織モデル=起業家的組織モデルであるのが、その後いろいろな組織モデルに分派していって、10個ぐらいのモデルが最終的にひとつにたどり着くんです。

それはビューロクラシー組織モデル、いわゆる官僚主義ですね。この仕事は私の仕事じゃありませんとか縦割りというような仕事になってしまう。それでこの後放っておくと、市場から退出して倒産してしまったり、部署が消えてしまうんですよね。

100年、200年続く会社は、アントレプレナー組織モデルからビューロクラシーにたどり着いたときに、またアントレプレナー組織に戻るということを30年おきぐらいにやっています。そういう会社に共通する因子はひとつだけで、それは危機感だったというのです。

人間は創造性で生き延びてきた

石井 2011年3月11日のこんな映像がありました。ビルの上から津波の様子を撮っているのですが、自転車置場のトタン屋根に上がった人が流されそうになっている。撮影者は、自分のいるビルの床上も浸水しているから助けに行けない。そこで、消火栓のホースの先にヘルメットを縛りつけて投げて、トタン屋根の上の人がつかまって逃げるという映像でした。

ふだんだったら、ヘルメットが相手にあたって死んだらどうするのとか、さまざまな「どうするの、誰が責任取るの」と、日本人はリスクを回避してしまいますよね。リスクのときは、どうするの議論も何も、やらなかったらあの人は死ぬ。あるいは俺たちは死ぬんだ。そう思うと、イノベイティブ気質とかチャレンジ気質だった人が、今まで蓋をされていた抑圧が取れて、チャレンジしたりするんですよね。

人間は、危機になったとき何でもいいから使えるものは使って、古代からずっと生き延びてきた。チャレンジするクリエイティビティが内在していたからだろうなと思います。

アントレプレナー志向と人間の悲しい性(さが)

小山 危機になったときに、そういう創造的に助け合う方向に行く場合もあれば、お互いに批判し合ってにっちもさっちもいかなくなる場合もある。いったいこの分かれ目は何にあるのですかね。

石井 東日本大震災のときも、多くの人が死ぬ思いをしてなんとか生き延びたわけです。もしかしたら死んでいたかもしれない人がたくさんいた。あるいは、大切な人を10人単位でなくすという経験をみんながしたときに、仙台や東北の町にある変化が起きました。

起業家や社会起業家などアントレプレナー志向を持った人が、ワーッと出てきたのです。「俺はこれが大事だと思うから、会社辞めてこれをやろう」みたいな感じです。ものすごいストレスから自分がつぶれそうになったときに、そこでなんとかしようということで、自分がふだんだったらやらないリスクをかって出たり声を上げる。そういう心理状態になるんだろうなと思いました。

今回は、みんな家にいて、やることないけど発信だけできるわけですよね。そうすると、抑圧されたことに対して、少しでも悪いやつを止めることで見えない津波のようなコロナ、これを止めたいという思いが、あるとき過剰になるんだろうなという気がします。

賛否両論ありますが、アメリカの有名な「監獄実験」では、囚人役と監視役になって心理学実験をしました。そうすると、監視役になった人がどんどん強い罰則を与えることをしていってしまった。ふだんならしないことを。(後年、実験上の仕組みがおかしかったとも言われていますが)、どんな正義であっても、その正義が過剰になってしまうのは、よほど心を強く持っておかないときついですよね。

ということで、自粛警察の分かれ目は、どちらもみんな白き人だったと思うんです。けれども、そのときに自分ができることが少ないと、ひたすら発信して誰かを言葉で叩くだけということに陥ってしまう。

白き心がいつしか、大きな金槌を持ったからにはみんな叩いて回りたい。なので「今日は叩くやつ誰もいないのか、じゃあもうこいつOKだと思ってたけどいいや、軽く叩いとけ」みたいになる。「ハンマーを持った人はみんな叩きたい」ということわざがありますが、それはやはり人間の性(さが)、煩悩ですよね。

小山 僕の仮説ですが、正義が自分にあると思った瞬間にその正義を行使したくなるわけですよね。ところが、起業家とかアイデアを出す人は、自分には今のところ正解がないし、思いついたものも正解だとわからないから、試してみないとわからないと思う。すなわち、正解を知っていると思っているか、それを探そうと思っているかの違いが大きくあるのかなと思ったりもするんです。

無知の知を知る

石井 知識をたくさん持った人ほど謙虚ですよね。自分が立てた仮説は仮のものであって、いずれ間違っていると否定されるかもしれない。そういうことまで含めて、「こうだと思う、検証したい、みんなついてきてくれ」と言える人と、「もうこれ1個しか思いつかなかった、これが正解だよ、みんな全力でやろうぜ、駄目な場合なんかもう想定しない」みたいな人がいます。自分たちの無知の知を知っていることが高度だというのは、ギリシャ時代からそう変わらないと思うんですけれどもね。

自分たちが立てる仮説、自分のしている正しいと思っている行為、これも状況によっては揺れる。あるいはやりすぎて誰かを悲しませている。そういうことを常に頭の裏側でメタ認知しながらできるリーダーが必要です。

そう言ってしまうと、「じゃあ俺はそんな高等教育や知的な訓練を受けていないんだから、黙っているべきか」みたいになってしまうと、それも寂しいですよね。

小山 そうなんです。正解も知らないんだから黙っておけ、ではないんですよね。

石井 未知のウイルスですから、自粛警察だって悪いとは言い切れない。1回でも罹患した人は、無症状だったけど2年後に突然死んでしまいましたみたいになると、2年経つまで誰も知らなかったねということもあるので、そのときは自粛警察を提示した人にありがとうとなるわけです。

一方で、自粛警察を諌める側の人たちは黙っている。ピラミッドで言うと、あまり考慮しないでガンガン発言する人がいて、一方で哲学者とか知的な人たちは自分が正解がわかるとは思えないから、黙っていることが多い。

意見を戦わせる討論会を行う

石井 あまり考慮しないでガンガン発言する人たちばかりが発言しています。そうすると、世の中でセンセーショナルなことばかりがネットに渦巻いてしまう。この状況をもうちょっとなんとかしたい。

そこで、論客たちは公開討論会みたいな小さいのをたくさんやるべきだと思うんですよね。今は、たとえば自粛警察と飲食店の人たちの30人対30人の討論会をオンラインでしましょうみたいなことが、しょっちゅういろいろな県や地域で起こっています。

多くの人たちは「正・反・合」。正と思っている人と反と思っている人が互いに突き合わせることで、そのいいところがアウフヘーベンなんでしょう? 矛盾の合わさった第三の解ですよね。これを、日本人は割としなさすぎているかなと思います。

小山 先ほど6人ぐらいの少人数で集まって、というお話をお聞きしましたが、そういう場だとお互いの悩みに寄り添えたりするわけですよね。そういうメタ認知を生むような装置としての〈場〉があるといいなと思っています。

石井さんの大阪のワークショップは、6人のしかも専門領域の違う人が集まっているグループですね。これが、人々を創造的にする状況だったと思うんです。石井さんのおっしゃった30人対30人のディスカッションも、そういう状況をつくるひとつの手法だと思います。

石井 昔、ニューヨーカーという海外のメディアサイトで、イノベーションが起きる条件を書いた記事がありました。ハリウッドで映画をつくるチームのイノベーションの度合いを、Pの値で比較したのです。同じ顔ぶれで何作もつくってきたチームのPの値が10、全員今日集まったばかりのバラバラなチームのPの値を0とすると、イノベーションの度合いがいちばん高いのはPの値が真ん中ぐらいのチームだったというのです。

気心が知れた人もいくらかいる一方で、初めて会った人に次々違うことを言われて「俺は違うと思うんだけど、まあ考えてみるか」みたいなときに、イノベーションが起きやすかったりするんでしょうね。

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