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ショートショート72『死神のジレンマ』

❮ジレンマ❯
相反する選択肢によって、板挟みになり、しかしどれかを選ばなければならず、かつそのどれを選んでも不利益を被りかねない状態のこと。


自身を“死神”と名乗るその主は、見た目には普通の人間に映った。
黒装束を身にまとっているわけでもなく、大きなカマを振りかざしているわけでもない。ごく普通のスーツ姿。顔立ちは、鼻筋がよく通っており切れ長の瞳がとても中性的で、男とも女ともとれた。

俊介〈しゅんすけ〉が、目の前の主を死神だと信じざるをえなかったのは、先ほど間違いなく、自分は死んだと思っていたからだ。
突然、対向車線をはみ出し逆走してきたトラックと衝突した生々しい記憶が肌に残っている。だが、身体はなんともない。

そして、死神の存在を認めたもう一つの理由としては、今いる場所の異質さにもあった。
そもそも事故現場ではない。ここはどこだ。なにもない真っ白な空間。部屋と呼ぶにも壁などはなく、天井すらない。どこまでもただ、白だけが続いている。

あきらかに非日常な空間に、自分が放り込まれたことはまちがいないと認識する。

なにかあると、落ち着くために深呼吸をするクセがあった俊介はこのときも例に漏れず、ゆっくりと呼吸を繰り返し、ひとまず危害を加えてこない主を目の前になんとか冷静を保っていた。

もちろん、目が覚めた瞬間にはひとしきり騒ぎもした。

だが眼前の死神と、このバカげた空間が、逆に騒いでも無意味という感覚を促進させた。
それらを見越したのか、俊介の肩の動きがよりゆるやかになったあたりで、死神が俊介に語りかけてくる。
その声は、耳をつんざくような甲高い声にも聞こえたし、時折、野太いうなり声のようにも聞こえた。

『落ち着いたようですね……助かります。まずあなたはさきほど、死んでいます。事故は覚えているでしょう。ですが……わたしに出会えた運のいい若者。フッフッフッ。さあ、選ぶがいい。生きたいか、それとも生きたくないか』

見た目もそうだが、提示してくる内容も、ずいぶんイメージしてた死神と違うのだな。
てっきり一方的に魂を奪われる、みたいな想像もしていたのに。
もはや非日常すら通りこして、映画などを観ているかのように落ち着いている俊介。
「そりゃ生きたいに決まってる」そう喉なら出かけたが、死神はさらにこう続けた。

『“生きたい”と答えたならば、このまま元の世界へ戻してさしあげます。そして、“生きたくない”と答えたならば、元の世界へ戻しますが、寿命を10年いただきます。ただし──』

突然の2択。
なんだそれは?
冷静な俊介は、質問を反芻する。
それだとやはり……選択させる意味なんてあるのか?「生きたい」の一択ではないのか?
しかし、死神が続けて放った言葉に、俊介に再び大きな動揺が走る。

『──ただし、こことは別の場所で、あなたと共にいたパートナーにも、同じ質問を投げかけています。よく、聞いてください。質問に対して、“2人とも同じ答え”を言わなければ、あなた達の“どちらかの命はここで終了”となります』


俊介〈しゅんすけ〉と夕海〈ゆうみ〉は2年ほど前に飲み屋で出逢い、本とお酒が好き、という共通の話題なんかですぐに意気投合し付き合い、互いに愛を育んできた。

俊介はエンジニアとして働きざかりの32歳、夕海は看護師で病院勤務の27歳。

俊介は、しっかりとした意見をもつ夕海に、歳上ながらもいつも尻にしかれていた。だがそれが俊介にとっては心地よく、自分より若いのにしっかりとした心の軸をもった夕海を尊敬していた。
夕海もまた、気が強い自覚のある自分をいつも受けとめてくれる、優しく器の大きな俊介を慕っていた。

付き合って半年がたった頃には同棲もスタートさせ、とくに大きなケンカもなく、年齢的にもいつか結婚も視野に入れていた2人……のはずだった。

死神との出会いから、さかのぼること1週間前。
夕海が「話がある」という、やや深刻な前ふりで、俊介を外食に誘ったある日のこと。

「……わたしさ、好きな人できたんだよね」

晴天の霹靂とはこれぞまさに。
俊介はいつもの深呼吸で冷静を保とうとしたが、それすらかなわず。居酒屋のざわつきもなにも聞こえなくなった。たどたどしく、どうにか答える俊介。

「え?……待って。夕海。ちょ、待って待って。なんて……?今なんて?」
「ん……だから、そのまま。好きな人ができて。ごめん」
「いや……ごめんてそんな急に。え?てかこないだもさ、いつ結婚するよーみたいなさ、言ってたじゃん俺たち」
「そうなんだけど……こればっかりはさ。ごめん」
「待ってくれよ誰だよ。え?職場とか?え?」
「……あまり聞きたくないでしょ」
「いや、でも知る権利はあるというか」
「うん……前々から連絡くれてた同級生……でさ」
「……同級生……」
「で、こないだほら、帰りが遅くなった日あったじゃん」
「あ、あの終電なくしたーみたいな?」
「そうそう、あのときにね、その彼と」
「いやでも、あの日朝まで友達とカラオケって言ってたよな」
「うん……ごめん」
「ごめんて、え……まさか……もうなんかあったりはしないよな……?」
「ほんとごめんね……」
「うそ……だろ?」
「大人だしね……私も彼も。嘘、つけないよ。彼が好きなの。ごめん」
「ふざ!!!ふざ……けんなよ!!なんだよそれ……!なんで……だよ……」

男女の関係というのは、儚く脆い。
どちらかの愛の均衡が崩れればそれまで。
ここまで丹精を込めて積み上げてきた2年の月日などは関係なく、容赦なく、容易く、崩れていく。

俊介は、飲んでも飲んでも味がしなくなったビールを喉に流しこみながら、別れ話を受け入れた。
何度も深呼吸を繰り返しながら。

いや、受け入れた、というより受け入れるよりほかなかった。
夕海は意志が固いことは知っていたし、そこだけは、彼女の言う「大人だし」という意見を尊重した。
結論を出されている相手に、ジタバタしても仕方がない。
しかし、身体をすぐ許してしまうことに関しては「大人だし」という謳い文句程度では、納得できなかった。だがそれも仕方がない。自分より魅力のある男に彼女を奪われた。それだけだ。ドラマにもならない、よくある失恋話。

このときばかりは、隠さず正直に打ち明けた夕海の、軸の強さを恨んだ。
ずっと隠してくれてたらよかったのに。「冷めた」とか言われてフェードアウトしてくれれば、まだ傷は浅かったかもしれないのに。夕海のことが、好きだったのに。

一方の夕海は、一滴も酒を飲まず、淡々と話をすすめるのみだった。
初対面の日も、付き合ってからもずっと、安居酒屋で朝まで笑いながら酒を飲みあかした2人の姿は、そこにはない。

同棲していた部屋もいつ解約するか、いつ出ていくかなど、とんとん拍子に話はすすむ。
その日を境に、夕海は実家に帰ることになり、一週間後、俊介が夕海の荷物をまとめて送ることになった。

迎えた当日。寂しさはもちろんあったが、気持ちもやや落ち着きだした俊介は、その日、自分が仕事は休みだったこともあり、夕海にある提案をする。

「最後に実家までさ、車で送るよ。もう荷物も車に積んだし」

この提案に、夕海も最初はしぶったが、荷物を積んだレンタカーで職場の近くまで迎えにいく、と俊介に強引に話をすすめられる。
ここまで用意をされてはさすがに断りきれず、罪悪感もあった夕海は従うことにした。

夕海の職場から実家までは車でおよそ1時間かかる。
俊介からすれば、これで本当に最後。最後は2人でゆっくり話をしながら、別れを噛み締めたかったのだろう。

俊介が運転をして、荷物と夕海を乗せた車は、高速道路をひた走る。
最初は世間話などをしていたが、次第に会話もなくなっていった。夕海からすれば、別れたを決めた相手のこの優しさは苦痛でしかなく、俊介ももう、付き合っていた頃の彼女とは違う温度を感じとり、気まづい最後のドライブとなっていた。

──そして、あの事故が起こる。


さきほどの死神の質問を前に、俊介は事故までの経緯を思い出し、おのれの甘さを恨んだ。
なんであんな提案をしてしまったのか。
なにを最後に、キレイに別れようとしていたのか。
フラれた側なのに。
自分があのような提案をしていなければ、こんな非日常に巻き込まれることもなかったはずだ。
俊介は大きく深呼吸をしたのち、勇気をだして死神に尋ねた。

「ええと……死神さんですよね?」

『はい』

「いろいろ聞いても……いいんです……か?」

『なんでも聞いてください』

「その……まずさっきの質問のやつはマジです……よね?」

『わたしは冗談の類いは言いません』

意外?にも普通に会話ができる死神。
俊介も死神との奇妙な問答を続けた。

「わかりました……ええ、じゃ聞きますが、その、同じ答えを言わなければどちらかの命が終了……ってどういうことですか?」

『あなたが“生きたい”と答えても、パートナーが“生きたくない”、と答えたなら、“生きたい”と答えたあなたが死にます』

「生きたいと言ったほうが?そんな……」

『逆に、あなたが“生きたくない”と答え、パートナーが“生きたい”と答えたならば』

「彼女が……夕海が死ぬってことですか」

『その通りです。ものわかりがよくて助かります』

まさか死神に誉められるとは思っていなかったが、このあまりに理不尽な条件には、さすがの俊介も脳がパンク寸前だった。

生きたいと言ったほうが死ぬ可能性がある?
なぜ?

いや、そもそも、今は一度死んでいるわけだからアンフェアでもないのか……?
考えがまとまらない俊介。
かまわず死神の説明は続く。

『ちなみに……この答えが別れた場合の“生きたくない”と答えた側には、寿命をさらに10年のばしてあげます』

「え、いや、なんで……?」

『わたしのただの気まぐれです。生きたくないものの生の時間をも操り、死が訪れるまで司る。こんな死神冥利につきることはない』

意味が、意味がわからない。
もはやこんな化物相手に、自分の常識は通じない。そう判断した俊介は、また一度呼吸を整えたのち、ひとまず言われたことをまとめた。

つまり──こういうことだ。

【パターン①】
俊介「生きたい」
夕海「生きたい」

2人ともこのまま、元の世界へ

【パターン②】
俊介「生きたくない」
夕海「生きたくない」

2人とも寿命を10年とられるが、元の世界へ

【パターン③】
俊介「生きたい」
夕海「生きたくない」

俊介=死ぬ
夕海=寿命が10年のびて、元の世界へ

【パターン④】
俊介「生きたくない」
夕海「生きたい」

俊介=寿命が10年のびて、元の世界へ
夕海=死ぬ

普通に考えればパターン①がベストなはずだ。
なにも変わらず、生き返ることができる。

しかし、万が一夕海が“生きたくない”を選んだ場合、パターン③となり、俊介は死ぬこととなる。

つまり、“生きたい”を選ぶと“死ぬリスク”が生じる。

ならばリスクの少ない“生きたくない”を選んで、パターン②か④を狙うべきなのか。
いや、それでも寿命を10年もとられる。
いやいや、10年のびる可能性もあるが。
いやいやいや、夕海が死ぬリスクは避けたい。

ダメだ。考えればキリがない。そもそもやはりここで“生きたくない”なんて答える可能性なんてあるのか。とはいえ安易に“生きたい”も選びにくい。

なんなんだこのジレンマは。
ふざけやがって。
なにを、死神はなにを試しているというのか。
俊介にイライラが募る。
だが、そんな俊介に死神が拍車をかける。

『ゆっくり考えていいですよ。ただ──』

「?……ただ、なんですか……?」

『あなたのパートナーは即答でしたよ』

「え?待ってくれ。もう夕海は答えた……のか?」

『そうです。すぐに返事をくれました』

「なんて言ったんですか?」

『それは答えられるわけないでしょう』


数十分、いや数時間たっただろうか。
俊介はもはや、冷静には考えられなくなっていた。どのパターンを選んでも、うまくいく気がしない。
夕海は即答?なんて?
こんなにも一緒に過ごした相手のはずなのに、なにもわからない自分が情けなかった。

「そりゃ、フラれるわな」

こんなときまで、夕海にフラれたことを再確認して落ち込む俊介。

「夕海は……いつもしっかりしてたもんな」

もはや考える気力を失った俊介は、夕海との思い出をふりかえっていた。
どんな時間に寝ても寝坊のしない夕海。約束は守る夕海。責任感の強い夕海。俊介がだらしなくても、最後には笑って許してくれる夕海。

気がつくと、俊介の目から涙がこぼれていた。

「夕海……夕海……お前はほんとまっすぐでいいやつだったよ。ははは。そうだよ。そうだよな。はははっ。すぅぅぅぅぅぅぅふぅぅぅぅぅぅぅ」

久しぶりに、ひときわ大きな深呼吸をする俊介。

一部始終を見ていた死神が、静かに問いかける。

『決まりましたか?』

「……はい。すみません、待たせちゃいましたね」

『わたしは大丈夫です。それでは今一度、問います。あなたは“生きたい”ですか?それとも……』

死神のその問いを最後まで待たず、俊介は強く大きな声で答える。

「生きたい!俺は、生きたい!!できることなら夕海と!生きていきたい!」

『なるほど。ですが……ぶしつけですが、あなたは確か別れを告げられていたのでは?』

「ちょ、よく知ってますね。さすが死神様。ははは。はい。そうですけどね。俺はやっぱ夕海が大好きなんで。浮気?人間だし、そんなこともあるでしょう。生き返ったら俺のほうがいい男だってこと、伝えます!」

『わかりました』

「ああ」

『では──』

俊介の意志は固く、不思議と迷いも恐怖も消え去っていた。あの大好きなしっかり者の夕海が即答した。自分はなにを迷うことがあったのか。ジレンマ?知ったことか。

そもそも生きたくない人間など──いないのだ。

最初から最後まで表情を一つも変えることのなかった死神が、僅かに微笑んだ気がした。
それを見た俊介も微笑み返す。
そして、死神は静かに、はっきりとこう言った。








『お ま え の 命 は こ こ ま で だ』

「え?」





俊介は死んだ。
“生きたくない”と即答していた夕海は、寿命が10年のび、元の世界に戻された。

あたりを見回す夕海。
車が行き交ってはいるが、事故現場とは違う、知らない道だった。俊介は?いない。
ということは、自分の答えが俊介を。

「そっか……俊介……。ごめん、ね?俊介……ごめ……ごめんごめんごめん……」

言いながら膝からくずれおちる夕海。

実は夕海は、重い病気にかかっていた。

夕海の家系は、高齢になると、この病気で亡くなっているものがほとんどだった。
遺伝的な病だったが、夕海は気の毒にも、若いうちに発症してしまったのだ。

将来を見据え、いつかやってくる病に打ち勝つ意味も含め、看護師を志した夕海。だが、その想いは虚しく、病気に気がついたときにはもう、余命は1年あればいいほうだと言われていた。

なんで自分が。人生を呪った。
悩みに悩んだ。
しかし、それをどうしても俊介に伝えることはできず。
結婚などして、すぐに自分が死んでしまって悲しませたくない。優しいあの人を不幸にしたくない。
このまま、病気のことは隠し、俊介のもとを去る決断をした。

夕海ももちろん、俊介のことが大好きだったから。
だからこそ、初めて嘘をついた。
「浮気をした。好きな人ができた」と。こうでも言わないと俊介を振りきることはできないと思ったからだ。恋人が死別するよりは、浮気のほうが幾分もマシだろう。
言うなればこれは夕海なりの、けじめだった。

そんなとき、あの事故が起こった。

死神いわく、トラックの運転手は死ぬ運命にあったらしいが、そこに夕海と俊介を巻き込んでしまったそうだ。
だから“特別な措置”として、あの質問の時間をもうけることにしたらしい。

なにを勝手な、とは思ったが、死神の質問に答えるほかなかった夕海は、“生きたくない”と即答してしまった。
どうせ寿命は1年しかなかった夕海に、深く考える余地などなかった。なんでもまっすぐに決めてきた夕海の性格が、裏目に出た瞬間だとも言える。まっすぐに、人生を諦めてしまっていたから。

なにより、俊介の優しさ、素直さ、おおらかさ、そこをはかりとる時間がなかったから。

あの人なら、2人とも“生きたい”の道を選ぶに違いない。

即答してしまってから、そこにたどりつきはしたが、死神は、『一度言った答えは変えれない』の一点張り。

そして今、自分が1人でいるということはもう俊介は──。

すべてを悟った夕海は、泣いた。枯れる気配のない涙を流し続けた。優しい俊介を想って泣き続けた。

「俊介ぇ……!ごめん!ごめん!わた、わたしがバカだから!ごめん!なにも……なにも考えず、自分の、自分のことだけでいっぱいいっぱいで……俊介ぇぇ!しゅん……すけ……うぅぅぅ、あああ!ううぅぅうぅ……!」

自分の身勝手さ、軽率さ、大好きな人に一方的に別れを告げ、あげく命まで奪ったようなもの。さらに、おのれは寿命までのびた。

ひとまず病気に、期せずして打ち勝ってしまった夕海。

「うう……。すぅぅぅぅはぁぁぁぁ……わたしも、そっち行くね。すぐに」

俊介のマネごとのような深呼吸を一度したのち、夕海は──車道に身を投げた。


死神は、怒っていた。
せっかく死神としての責務をまっとうしたつもりだったのに。
なんなんだ人間というやつは。

寿命も伸ばしてやったのに。
すぐに戻ってきた女。
意味がわからなかった。
たまらず尋ねる死神。

『なぜですか?』

「……はい?え?うそ?またここ?」

『またここ、ではなく。なぜ戻ってきたのですか』

「いやー、戻ってくるつもりはなかったんだけど、だって……生きれないよ」

『いや普通は生きるでしょう……もういいです。続けます』

「なに。なにを?続ける?」

『あなたはまだ死ぬタイミングではありません。それはなぜなら、わたしが!このわたしが自ら!寿命を10年も追加したにもかかわらず、このような……!』

私欲しかないと思っていた人間の、データにない不可思議な行動に、死神が言葉を詰まらせていた。

『失礼。取り乱しました』

「いや、ごめんなさいなんか」

『ですから、あなたはまだ死ぬタイミングではありません。ですので今から質問をします。“生きたい”か“生きたくない”か』

「またそれか」

『最後まで聞きなさい。……“生きたい”と答えたならば、このまま元の世界へ戻します。“生きたくない”と答えたならば……そうか参りましたね』

「え?……なに?」

『これは“死神のジレンマ”の時間です。相応のジレンマを与えないといけないのに。あなたにはそれができない』

「はあ」

『しかもあなたは、自ら命を絶った。つまり……もはや生きたいわけではない……ふむ。そうか。死にたいということだから……これをジレンマにするには……』

死神は自ら課したジレンマをめぐってジレンマに陥っている。なんと稀有な光景だろうか。

『うむ……死にたいという気持ちが強いものに対してのジレンマ……よし。決めました』

「あ、はい」

『“生きたい”と答えたならば、あなたのパートナーを生き返らせて、あなたも生きてもらいます。“生きたくない”と答えたならば、やはりあなただけには生きてもらいます。さらに寿命を30年追加します』

「え……!ほんとに……?」

『はい。パートナーにも愛想をつかし、生きたくもないあなたには、このジレンマが最適……』

死神のその言葉を最後まで待たず、夕海は、この日2度目の即答をした。

【文章 完 文章】

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