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ショートショート62『間が悪いやつら』

「……ほんと、間が悪い……」


時刻は深夜2時をまわった頃。


親友のユミから、“ナギサ~!告白してめでたく彼氏できたよ~”っていうLINEと、

わたしの彼氏のリョウ君から、“ナギサごめん。疲れた別れよう”っていうLINEが、

同時にきた。

間が悪い。

脳の処理能力が追いつかない。

別にユミは悪くない。ずっと相談にものってたし。めでたい。
リョウ君は……少し悪いかな。LINEで言ってくるなよ。会って言え。気持ちは分かるけどさ。せめて電話してこい。

何にしても“間が悪い”こと、この上ない。

本当ならユミにもすぐに「良かったねおめでとう。がんばったね」って伝えたい。
リョウ君にも「そか。今までありがとうね」って強がりたい。

でもなんか、この間の悪さが何をする気も失せさせた。しっかり既読スルー決め込ませてもらいます。今は何もしたくないの。ごめん。わたしの親指君も今はサボりたいってさ。
こんな時は寝るに限る。
寝よう。


電気を消してベッドに倒れこむ。
ん?なんだこの感じ。
うわあ。
金縛りだ。
不気味な耳鳴りと共にやってくる全身の不愉快な硬直。
いやいや、今いいよそういうの。
怖いとかの前に、めんどう。
怖がるのがめんどうなんだって今は。
そんな気分じゃないのよ。
ほんとなら怖がりたいよ?
やだやだ~ってなりたいよ?
でもね、間が悪い。


だがまあ、なったものは仕方がない。
とりあえず唯一、自由のきく目だけをうっすらあけてみる。
ちょうど顔を横向きにしてたもんだから壁が見えるんだけど。
いたわ。
壁の隅っこで正座してる落ち武者?みたいなお化け。なんだよマジ。初めてお化け見たわ。ほんとだったら発狂もんよ。
でもごめん。
間が悪いわ。
怖がる気分じゃない。
無視無視。


ピロリンーーー


LINEが鳴った。

金縛りは……とけた。

リョウ君だ。

“ごめん。どうかしてた。やっぱり好きだ”

待って待って。嘘でしょ。そんなのあり?
え。いやそりゃあ嬉しいけど。
私がすぐに返信してたらどうなってたのこれ?

てか、どうしよ。
……お化けが怖くなってきた。
彼氏問題が解決したら、落ち着いてきた。
落ち着いたら、お化けこえー!
落ち武者こえー!!
やだやだー!ヤバイコワイ。まだいるよ!
怖くて布団から出られないよ!
これさ、リョウ君にさ、

“分かった🥰それより落ち武者がいるんだけど😭”

って返信したら絶対キモいよね?
なんだこいつ、だよね!?
下手したらもう一回フラれるぞ。
嫌だよ、一日二回フラれるなんざ。

ユミにLINEしても変なやつって思われるよね。

“彼氏できて良かったね😊また紹介してね🙆🏻‍♀️こっちは落ち武者紹介するよ⚔️”

友達なくすわ。
あー。
詰んだかこれ。

どうするどうするどうするこわいこわい。
布団にくるまってるだけで解決するのかこれは。どうしよ。近づいてきてたら。

そうだ。もう一人の親友のエリに電話しよう。もう限界。夜中だけど起きて…!


♪ティトテトテトテンティトテトテトテンティトテトテトテンーーー

お願い!出て!出て!

ティトテトテトテンーーー
ティトテトテトテンーーー

エリ…!

ティトテトテトテンーーー
ティトテトテトーーー……
ガチャーー


「……もしもし?」

「エリ!ごめん!久しぶり!ごめん寝てたよねごめん!」

「ナギサ……?ど…どうしたの?」

「あのね、あのね、おばおばけ…!落ち武者落ち武者…!」

「ちょっと…オチム…?落ち着いてナギサ」

「ごめん。怖くて、あのさ多分お化けがいるのよ…部屋に…!」

「そうなの?」

「うん!」

「今?」

「今!」

「分かった。けど、でも、え、どうしよう。わたしにできることなんてあるかな」

「うん!そうだね!でもね、その、誰かと話しとかないと怖すぎだから、とりあえず電話切らないで!?」

「分かった…!」

「あ、じゃあなんか気が紛れる話題とかない?!何でもいいから!」

「何でも?」

「うん!何でも!お化けとか関係ないやつ!」

「うーーーん…あ、わたし今、誕生日迎えたよ?」

「そうなんだ!おめでとう!……え?」

「え?」

「嘘、エリ誕生日なの今?」

「うん。さっき18歳なったとこ」

「嘘でしょ!なにそれ!わたしめちゃめちゃ間、悪いじゃん…!」

「いや、まあいいよ別に?」

「いやいやいやいやいや、ダメダメ。誕生日なった瞬間に、親友の誕生日も忘れた落ち武者まみれの女からのこんな電話、ほんとよくない。ごめん!」

「いいってば。ははは。落ち武者まみれって。…で、大丈夫なの?」

「待って」

言いながら間の悪いわたしは、そーっと壁に目をやる。

…いない。
いない!

良かった!どっか行ってくれた!


「ありがとうほんとありがと!エリ!あとおめでとう!」

「ははは。うん良かった良かった」

「ちょ、このお礼は必ず!てか最近連絡とれてなかったね?新しい高校はどう?」

「うーん。まあまあかな~」

「そっか。エリ人見知りだから、大変かもだけどさ。なんかあったら私ら駆けつけるから」

「あはは。ありがとう」

「うん!おめでとうね、また連絡しあおう」

「うん。じゃあね、おやすみ」

「おやすみ!」




「ナギサ…。変わってなかったな。落ち武者って。ふふふ」

ピロリンーーー

エリのスマホに、ナギサからすぐさまLINEが鳴る。

“ごめんね間悪くて!😭ほんとありがとうエリ🥺誕生日おめでとう!!!🎂近々中学のみんなで絶対遊ぼうね。おやすみ😪愛するナギサより”


「いや……間、良かったよ。ありがとね」

エリはスマホを片手に、もう片方の手に持っていたカッターナイフを、そっと引き出しに閉まった。



~文章 完 文章~

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