見出し画像

ショートショート65『ラブソングの秘密』

『ラブソングの秘密』

(A)
コンパで出会ったとある若い男女。
二人は盛り上がった。
とにかく話が合った。
いや、厳密に言うと、合わせていた。
お互い、顔が好みだったから。
中身なんて二の次。
顔が好みの相手の言うことは多少、的が外れていても受け入れることができた。
男は冗談交じりに、奇跡という言葉を乱用した。
出会いは奇跡だね。乾杯できるのも奇跡だね。
女は笑った。
少し“奇跡ノリ”がしつこいな、とも思ったが笑うことにより男の尊厳が保たれるのが分かっていたから。
男は強く手応えを感じた。
女も同じく、手応えを感じている男を見て手応えを感じた。
男は「ああ、この子とエッチしたいな」と思った。
女は「ああ、ほんとタイプ。さわりたいな」と思った。
ここ最近めっきり出会いもなく、人肌恋しさがピークに達していた二人。
タイミングは上々。
酒も夜も深まった頃、男は仕掛ける。
「コンパ抜け出してさ、ナギサちゃんとゆっくり二人で飲みたいな」
「わたしもケイスケくんと静かに飲みたかったから嬉しい」
話の早い正直な若者達 。二人に建前なんていらない。
いや、多少の建前はあった。
“ゆっくり飲みたいな”は建前。
“わたしも静かに飲みたかったから嬉しい”は建前。
“ナギサちゃんとエッチしたいな”
“わたしもケイスケくんとエッチしたいから嬉しい”
が本来の根底にあった。
これぞ本音。まさに本根。



(A)
コンパの飲み屋から立ち去る二人を、案の定残った仲間達は冷やかした。が、盛り上がった若い男女は意に介さない。
店を出るやいなや目の前を通りがかる空車のタクシー。
これもまた奇跡だねと笑いあった。
女は愛想笑いがバレてないかなと心配したが、楽しげに自分の家の住所を運転手に説明する男を見て、ホッと胸をなでおろした。
安全運転のタクシーのスピードがもどかしかった。
だがその時間すらカンフル剤だ。
男は女に対しての好意をこれでもかと言葉にした。
女も恥じらいながら同意の旨を伝えた。
タクシー内で、どちらからともなく手をつないだ。
互いの汗ばんだ手が一つになり、二人は一気に高まっていった。



(B)
高まりはピークをむかえていた。
家に着くなりすぐさま求めあう二人。
適度な酔いと、人肌恋しさも手伝って、激しく求めあった。
コンビニで便宜上、申し訳程度に買ったハイボールなどには手をつけず。
夜の相性は、まあ、良くはなかった。
いや、男は満足していた。
いいパフォーマンスができたと思っていた。
女は正直、乱暴気味で下手だったな、あと、息も臭かったな、そんな印象だった。
まさかそんなことを思われているとは露とも知らず、男はつぶやく。
「あ~、明日が朝からバイトなの忘れてた。つら~。もっとゆっくりイチャイチャしたいな」
バイトじゃなければ全然もう一回戦いけるのにな、と男は悔やんだ。



(S)
その夜から数日たったある日。
男は女に、また会いたいなと連絡した。
だがすでに女は男に興味をなくし、LINEもブロックしていた。
酔いの席でのワンナイトなんてそんなものだ。
男は、まさかもう会えないとは思っていなかったので激しく肩を落とした。
あわよくば。
あわよくばセフレができるかもと思っていたのに。
割りきった関係になれるかもと思っていたのに。
今は夢を追いかけている最中で余裕がない。
だからはなから彼女をつくる気はない。
しかしセフレは欲しかった。
せめてもう一回くらいエッチしたかったなと、男はワンナイトを儚く偲ぶのであった。





「ゲストにシンガーソングライターの伊和坂ケイさんに来て頂いてます~。いま、すごいですよね!動画再生回数も六千万回突破ということで」


「あ、そんなにですか。ありがとうございます。照れますねなんか。はは」


「やはり伊和坂さんご自身の恋愛経験なんかが曲作りにつながってるのでしょうか?」


「ですです。今回の曲はかなり昔に失恋したときの経験談なんですが。んー、なんていうか、自分の等身大のほろ苦い経験がやっぱ歌になるっていうか。たくさんの人に聞いてもらって、同じ想いの人に少しでも届いてくれたらなと思います。それでは聞いてください。伊和坂ケイでLast night again」





『Last night again』
作詞・作曲 伊和坂ケイ


(Aメロ)
たとえば同じ時代、あるいは同じ場所で
何億人の中からボクらが出逢ったのは奇跡でしょう?
キミの名前が奇跡と読める
そう言って二人笑いあったね


(Aメロ)
たとえば同じ想い、あるいは同じ言葉
何千言語の中から意思を疎通するのは奇跡でしょう?
言葉すべてを奇跡と読もう
そう言って二人手を繋いだね


(Bメロ)
飲みそびれたハイボールの氷が溶けるたび
二人の距離も近くなる
本能だカルマだタイミングだ運命だ
呼び方なんてなんでもいい
離れることなど考えられない
神様お願い
「今日だけは、明日が来ませんように」


(サビ)
あの夜が続くと思ってた
あの夜が最後の夜になるなんて
あの夜が続くと思ってた
あの夜を思いだして
あの夜を越えていこう
あの夜を…La La La…Last night again





「あ。この有線で流れてる曲、最近めっちゃ聞くよね」

「あー、確かに。流行ってるよね。なんて人の歌なんだろ?」

「伊和坂なんとかだったかな」

「へ~ちょっと動画見てみよ。これか…………ん?んーーーーーーーー?」

「どしたのナギサ?」





~文章 完 文章~


書籍『電話をしてるふり』 書店やネットでBKB(バリ、買ってくれたら、ボロ泣き) 全50話のショート小説集です BKBショートショート小説集 電話をしてるふり (文春文庫) ↓↓↓ https://amzn.asia/d/fTqEXAV