バード

令和のあめりか物語。

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最近の記事

オレンジ色の街 (126日目~132日目)

126日目  重めのタスクと不機嫌な人を相手にしながら必死に働いていると夜になる。  久しぶりにハウスのキッチンで調理長、オハイオさんと話す。ああ、このよい時間も今週で終わってしまう。そしてこれは終わりを意識した瞬間に少し性質が変わってしまった気がする。2月や3月の平日の夜、我々は何を話すでもなくリビングで数時間だべっていた。楽しいひとときのなんと儚いことか。 127日目  仕事に集中し続けて、気がつくと5時になっている。今日は早めに帰ろう、そう決めてオフィスを後にすると小

    • 齢の重ね方 (119日目~125日目)

      119日目  今週のお仕事は新しいことが沢山。ただでさえ疲れそうな一週間だが、体調が芳しくない。午後は在宅に切り替えつつ仕事をする。寝たり起きたりを繰り返しながらあまり記憶がない。 120日目  多分風邪を引いた。小鳩さんが優しい。優しい人なのだろうとは思っていたが、普段の彼女はやや気が強いタイプなのでギャップが素敵。咳は咳止めで落ち着いてきたが、今度は頭が痛い。 121日目  咳咳咳。何とか今週の山場を乗り切り、帰路に着く。早めに寝ようとするも夜中に何度か咳で起きる。

      • 不確実性の街 (112日目~118日目)

        112日目  今週はキッチンの掃除当番なので、眠い目を擦りながら掲示板横の家事チャートに従って淡々と作業をする。オハイオさんと話しながら朝食を食べていると、彼女が作っていたPBJ(ピーナツバターとジャムをサンドしたパン)をお昼用に半分くれるというので有り難く頂戴する。  明日の大事な仕事に向けて準備を進める。もう少し時間が経ってここでやっていける自信がついたら、私は恐らく今後どこの職場でもやっていけるような気がする。  帰ると溜まっていた家事を片付け、淡々と当番仕事をこなす。

        • 2番街25丁目 (105日目~111日目)

          105日目  仕事を終え、ピザを持って小鳩さんの家に再度お邪魔する。今日はもともと一緒gig(ライブを意味するスラング)に行く予定だったのだが、会場から2時間近くは演奏が始まらないものらしく、その間はゆっくり夕食でも食べようということになった。夕食を終えると、会場の劇場に歩いて向かう。この歌手は彼女がオーストラリアにいた時からファンだった歌手で、テネシーから来たらしい。客を引き込むMCをするよいパフォーマーである。私も今日に備えてYouTubeで予習していたので半分以上は知っ

        オレンジ色の街 (126日目~132日目)

          春めき (98日目~104日目)

          98日目  淡々と仕事をこなして帰宅。小鳩さんと長々とチャットをしつつ、部屋の片付けなどを行う。明後日の仕事終わりに散歩にでも行こうということになる。 99日目  恒例の夕食会、住人たちに加えて就活中のナイスガイとスイカさんも参加する。今日はいつもより人数が多かったため品数が多く豪華だった。調理長のPolenta cakeが大変美味。夕食の終わる頃、小鳩さんから今日は大きな月が見られると連絡があり、調理長とオハイオさんとともに近所の公園に月を見に行く。帰ってから二人のギター

          春めき (98日目~104日目)

          白昼夢 (91日目~97日目)

          91日目  こちらに来たばかりの頃に応募したポジションでどうやら落ちているらしいことが分かる。確定ではないものの、敗戦濃厚といった感じで、期待は高くなかったもののいい気分はしない。相変わらず左耳はごわごわするし、何だかなあと思い帰宅。夏モードの服装のオハイオさんが可愛い。午後7時でもまだ明るいから裏庭でぼうっとしていると調理長が帰ってくる。さらに、就職活動のためドイツから訪米中のナイスガイに会う。オハイオさんのキーボードと調理長のギター、彼らとの会話で嫌なムードはどこかにいっ

          白昼夢 (91日目~97日目)

          信仰生活の実験場 (84日目~90日目)

          84日目  春休み最終日。昨晩、イリノイから来ていた管理人友人の老夫婦に『Shall We ダンス?』を勧められたので、せっかくなので観てみる。やはり役所広司はいい役者である。昼食を食べ、家を出る。  地下鉄に乗ってMetに向かう。例によって無料同然の金額で入場し、美術史に残る名画の数々を大量摂取する。何度でも来られる上にお金もかからないので、近所の公園を散歩するような感覚で楽しめる。なんという贅沢か。今日は16-18世紀のヨーロッパ絵画を中心に観て回る。私のキリスト教絵画の

          信仰生活の実験場 (84日目~90日目)

          陽のあたるところ (77日目~83日目)

          77日目  会議の後、アメリカ人のカウンターパートとコーヒーを飲みにカフェに行く。パーティなどと同様、日本ではあまりない習慣だからどうなることかと少しヒヤヒヤしていたが、意外と何とかなる。  帰るとAmazonで頼んでおいたキーボードのバッテリーが届いている。地下室に置いてあった昔の住人のキーボードを蘇らせるべく注文しておいたのである。オハイオさんが歩いていたので早速弾いてもらうよう頼むと、色々弾いてくれる。彼女も気分がよくなったのか自分の部屋からAdeleの楽譜を持って来た

          陽のあたるところ (77日目~83日目)

          ここにはおられない (70日目~76日目)

          70日目  前日の深夜、日記を書いた後にオハイオさんと調理長が帰ってきて、チルモードの画家さんも交えて色々話していたところ、色々な会話の流れから、「炊き出しのボランティアでもやってみたらどうか」とオハイオさんにお勧めされる。彼女が4年前にニューヨークでやっていたボランティアのNPOを教えてもらい、私も早速サインアップを試みる。  仕事から帰り、上司お勧めの映画、『Mr. Holland's Opus』を観る。いい話だった。今日はリビングに住人たちの姿があまりないので私もおとな

          ここにはおられない (70日目~76日目)

          The One (63日目~69日目)

          63日目  6時に起床したかと思うと、夜の6時を回っていた。目まぐるしく動く一日の中で、画面越しで見たことのある人物たちを目の前で目撃する。卓越した方々なのだろうが、普段着でスーパーの人混みに紛れていたら気がつく自信はない。  もう金曜日の心地だが、明日は火曜日である。着々と土曜日に向かって生きるだけである。 64日目  駅の改札前にいる清掃員とフィストバンプをしてホームへ降る。何を間違えたのかグランドセントラルの一つ手前で降りてしまったので、そこから歩いて職場に向かう。ビ

          The One (63日目~69日目)

          新しい風(56日目~62日目)

          56日目  仮住まいから仮住まいへ移動。私はナイスガイの部屋に住むことになりそうで、ナイスガイのドイツへの帰国が早まったため結局10日ほどでゲストハウスには戻ることになる。車を手配しアッパーウェストの仮住まいへ向かう。今日はよく晴れていて、幸先は悪くない気がする。イースト川沿いの景色が美しい。  新しい住まいに荷物を下ろし、社会保障番号の申請に役所まで出向く。いわゆるウォール街の近くにあって、この通りを在りし日の父も歩いたのだろうかと思うとセンチメンタルな気持ちになる。午後に

          新しい風(56日目~62日目)

          ホームスイートホーム(49日目~55日目)

          49日目  ゲストハウスに入居するまでの仮住まいを内見しにアッパーウェストサイドまで向かう。正直、ニューヨークに降り立った場所がこのエリアだったら、私のニューヨークの印象はここまでよくなかっただろう。ともあれ、部屋が空くまでは仕方ないのでさっさと内見を済ませ契約を行う。本当は20日間借りられれば十分なのだが、1ヶ月からの契約とのことで10日分は多めに払わないといけない。それでもローグレードのホテルを予約するよりは安く済むのだから、コインランドリー暮らしにも甘んじなくてはならな

          ホームスイートホーム(49日目~55日目)

          光あるうちに(42日目~48日目)

          42日目  狭い畜舎で育てられ最短納期で出荷される家畜のように、私は野に放たれることとなる。かくして、明るくない領域の勝手の分からない会議に母語ではない言語で1日中参加していると夜になった。この特殊な環境下で希望とも絶望とも受け取れるのは、自分の裁量が比較的大きいことである。帰り道はずっとゲストハウスが恋しかった。  帰ると管理人がテレビを観ていて、隣の食堂にはオハイオさんがいる。オハイオさんと話しながら夕食を食べ終えると、彼女はシャワーに行ってからまた戻ってくるかもと言い残

          光あるうちに(42日目~48日目)

          根をもつこと(35日目~41日目)

          35日目  日米の文化的な相違、一番際立っているのは人々の前髪の扱い方なのではないかと思うに至り、私自身も前髪を上げてみることにした。慣れないジェルなどをつけて前髪を上げてみたが、調理長とオハイオさんの見解では「本人が望むなら前髪があってもなくてもどっちでもいいのでは」ということである。まあそうなのだが、しかし現にゲストハウスの住人に前髪はないし、一昨日の写真などを見返しても誰にも前髪はない。ないことが当たり前過ぎて、老若男女ともに前髪に対する価値基準がないのだろう。何度か食

          根をもつこと(35日目~41日目)

          眠気の中で(28日目~34日目)

          28日目  出国ゲートを出ると私の名前の書いたプレートを持った女性が立っている。慣れない感覚に戸惑いつつ、時差と疲労でふらふらになりながら車に乗せてもらい、窓越しに高層ビル群の遠景を眺めながらニューヨークの郊外を駆け抜ける。これは一日の最後まで続いた印象だが、街や人の雰囲気にあまり違和感がない。私自身が忙しなく動きたがる気質だからなのかもしれない。  ゲストハウスに到着するとメールでやり取りをしていた管理人が地下室から出てきた。色々説明してくれたが眠さで内容が全く頭に入ってこ

          眠気の中で(28日目~34日目)

          武蔵野にて(1日目~27日目)

          1日目  通勤列車の車台がゆっくりと動き始めて、私の立っている車両の繋ぎ目を軋ませる。時速80kmほどで走る列車の切る風と生身の人間である私の間を隔てるものは、頑丈そうな蛇腹の化学繊維一枚のみである。外気温は4度、寒い。来月私の向かうニューヨークは今週マイナス10度を記録するらしい。セルシウスの温度表示など誰も使わないのだろう、移民の多くははじめファーレンハイトに戸惑ったであろうに。私も数年のちには一丁前にファーレンハイトでその日の服装を考え、フィートですれ違う人の身長を感じ

          武蔵野にて(1日目~27日目)