スキャンダル・à gogo #1 プロローグ
(書き下ろし)
「こんな領収書、経理通るわけないじゃないの!」
制作庶務担当の遠山佳子に怒鳴られたオレは逆に聞いた。
「え?どの領収書?店の名前言ってみて?」
「丸山町の・・・、ルコ源氏、って何よこれ!不潔!」
「え?あんだって?ルコ源氏?そんな喫茶店行ったかな?」
「もう!・・・はい、撤回!」
遠山佳子は、オレの机の上に風俗店の領収書を叩きつけると、アッカンベーをして庶務の席へ戻った。
このかわいいアッカンベーを見たくてやったイタズラだ。
テレビ局の制作部門とは言え、さすがに風俗店の領収書がそのまま通るとは、バカなオレでも思っちゃいない。
あ、オレは在京キー局年間視聴率万年ビリという中央テレビの第二演出部所属、弓島健一30歳。独身。長髪。薄い色のついたメガネ。まあ、80年代のチャラけたマスコミ野郎にありがちな「いでたち」だ。でも、トレーナーの袖を首に巻いたりはしない。そのくらいのセンスは持ち合わせている。
今日はドラマの撮影だったが、予定よりかなり早めにUPしたので、並行する別番組の取材に行っていた。
さっきの領収書だって、その深夜の生バラエティー情報番組の取材、というか味見、いや、下見で行ったものだ。
本番、いや、あっちの方じゃなくてテレビ現場でいう本番では、ピンク映画界の草分け的監督のお色気社会派リポートロケをする場所選びと取材交渉だから、自前はおかしいんじゃないの?って思うが、さすがにこれは仕方がない。
オレはルコ源氏の華代さんを思い出しながら、両足をデスクに乗っけて領収書に接吻し、丸めてゴミ箱に投げた。
それを途中で奪い取ったADの三笠が、わざわざ開いて中身を見やがった。ADとはアシスタント・ディレクター、映画でいえば助監督、演出助手だ。
「あ、弓島さん、いいなあ~。だから石鹸のいいにおいがするんだな~。」
「三笠クン、この店へ行ったら、必ず、華代さんを指名してあげること。約束ね。」
「華代さんもいいけど、ミチルさんもいいっすよ!若くてぴちぴち。」
「おまえねえ、若けりゃいいってもんじゃないの。情とか、ぬくもりとか、そういうのはね、ある程度年増さんの方がいいの!そういうのがドラマの演出に役に立つの!」
「そんなもんすかねえ・・・。あ、忘れてた、報道局の水谷さんが、弓島さんを探してましたよ。」
「報道の水谷?堅物のあいつが何でまたオレなんかに・・」
その時デスクの電話が鳴った。報道局の真島局長からだ。
「確か弓島君は、水谷と同期だったよな。」
「ハイ、そうすけど。水谷がどうかしたんですか?」
「いや、大したことじゃないんだが、水谷から何か相談されたりはしてないか?」
「そういえば、さっきオレを探してるとか・・・。」
「そうか、もし本人に会ったら、今日は遅いから明日にでもオレの所へ顔を出すように言っといてくれ。あいつ、事件を追ってるとポケベルにも出ないんだ。頼むよ。ヤツにとっちゃいい話だからさ。」
「わかりました!伝えときます。」
と、安請け合いしたオレは、社を出て、早速ヤツの行きそうな飲み屋を巡った。いつの間にか三笠は姿を消している。
水谷はオレと違い、報道局のホープと呼ばれているほど優秀で、スクープを何本も上げ、ドキュメンタリーでは民放連優秀賞を毎年獲るほどのエリート記者だ。
酒場を5~6軒梯子して、ようやく水谷を見付けたのは、場末のビルの隙間の行き止まりにある、一見店とは思えない、ウイスキー専門BARのカウンターだった。
「よう、水谷!」
気さくに声をかけたオレに水谷が向けた視線は、完全に正気を失っていた。それは酒に酔っている目ではなく、醒め切っていながら狂気を秘めた視線だった。
「まあ、ここに座れ。俺は前からお前に言いたいことがあったんだ。」
カウンターの隣のスツールに座ったオレを見ることもなく、ウイスキーグラスを見つめて水谷はこう言い放った。
「お前は本当にバカだな。」
そりゃ否定はしないが、いきなりバカと言われても答えようがない。顔を上げた水谷は、改めてオレを見て言った。
「望月常務からの誘いを断ったんだって?」
「その話か。まあな、今は結婚なんてする気はないし、相手ぐらいは自分で選びたいからな。」
「それがバカだって言うんだよ。せっかく上へ昇るチャンスだったのに。」
「だってオレ、今の制作現場が好きだからさ。できれば一生ヒラでいいから現場にいたいんだ。」
「おまえ、サラリーマンだろ?」
「まあ、そうだけど。」
「サラリーマンの究極の目標はさ、
出世に尽きるんだよ。
それがどんな業種だろうとな。」
予想もしない水谷の言葉に、おれは面食らった。
つづく(この物語はフィクションです)
蛇足:弓島と三笠コンビが繰り広げる、80年代末期のテレビ界の裏側を描いた中編小説も、ぜひ覗いてみて下さい。
【小説】ハッピー・ニュー・イヤー