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千年以上続く日本の信仰聖地で何を学ぶか。〜第1章〜

2024年2月20〜22日の2泊3日で、和歌山県高野山に行ってきました。
今回の目的は、木下斉さんが開催する狂犬ツアー@高野山プレミアに参加するため。
noteの記事にも書きましたが、昨年の8月に家族で高野山へ旅行に行き、恵光院さんに宿泊しましたが、木下さんのフィルターを通した「高野山」をリアルタイムで見たかったこと。
そして恵光院の近藤悦秀住職のお話は、普通に宿坊に宿泊しただけでは、なかなかゆっくり聞けません。恵光院さんは54代も続く、由緒あるお寺。また、恵光院さんがこれまでどのように、従来の宿坊からスイートルームを作ることになったのかを詳しく聴きたいと思い、申し込みました。

2泊3日のスケジュールでしたが、全く1回では書ききれないので、2章か3章に分けて書いていきます。今回は第1章(1日目)を書いていきます。


1.やっぱり遠かった高野山

今回は、大阪難波に前泊し、10:00発の特急こうやに乗って南海なんば駅〜極楽橋〜ロープウェイで高野山へ。特急でも大阪難波から高野山までは、約2時間。やっぱり遠かった。

だんだん山奥に入っていきます。
周りは山々に囲まれたところに集落が。
こうした険しい山々を越えて空海が「高野山」
ようやく極楽橋に到着。
極楽橋からケーブルカーに乗り換えて高野山駅まで行きます。
やっと高野山駅に到着。
恵光院さんがある街まではさらにバスで10分ほど乗っていきます。途中、一般自動車は乗り込めないようになっている車がすれ違いができないような細い道もあります。

そして、恵光院に到着!

入り口の門は改修中。
中で、職人さんが、茅葺屋根を改修していました。茅葺き屋根を固定するのに銅板が使われていたり、こうしたところにも昔からの技術が継承されていることを僅かながらですが、感じる事ができました。
門をくぐると、恵光院さんの広々とした宿坊入り口。雪景色した恵光院さんを楽しみにしていましたが、今年は暖冬のようで、雪は積もっていませんでした。
そして、今回お世話になった和室の二人部屋。
宿坊とは思えないほどすごく綺麗に改修されていて、ガスストーブにWiFiも完備。
まるで、旅館に泊まりに来たみたいに綺麗に設えています。
共用のトイレと炊事場。すごくいい感じ。かつ使いやすい。
衣装をかけるクローゼットの中にも灯りが。こうした心配りも素晴らしいです👍✨


2.阿字観瞑想と狂犬ツアー@恵光院

今回は恵光院さんの阿字観道場が狂犬ツアーの会場に。
悦秀住職自ら阿字観瞑想を伝授してくださいました。
そして、狂犬ツアーに入ります。
悦秀住職と奥様お二人並んで話しを聞けるのはとても貴重な時間でした。
平成25年から毎年3〜6個は改修している。初期に取り掛かったのが全館WiFi工事とはすごい。
入り口のエントランスも砂利から石畳に工事。
これは我が家でもやりたい!

1日目、14:00〜狂犬ツアーが開始。
まずは阿字観瞑想を体験し、そのあと、近藤住職と奥様からこれまで、恵光院さんが取り組んできたことを教えていただきました。
〜「宿坊」のイメージを払拭したかった。〜
奥様は、明石市の魚屋さんの娘さん。
近藤住職25歳の時に結婚。結婚当初から奥様は商人気質を発揮。外からの客観視する視点を活かして、宿坊のイメージを変えるため、次々と改修工事を進めてきた。
現在、高野山には50もの宿坊があります。
特に宿坊で提供される料理は、宿坊の奥さんが食事を用意するところをいち早く職人を雇うことを提案し、採用する。(いまだに奥様が用意しているところが半数なんだそう。)
さらに、林間学校や団体旅行を受け入れていたのが1970〜1980代がピーク。コロナで高野山全体で林間学校を取り止めに。それを機に令和4年(2022年)宿坊スイート月輪が完成。コロナで密を避けた部屋が大人気に。さらに令和6年 金剛院ジュニアスイート化工事進行中。
林間学校や団体旅行からラグジュアリーな個人旅行者にシフトしていった。
宿坊経営を180度転換する舵をきれたのも、平成25年(2013年)から、改修工事を進めてきたからこそ。
コロナによる高付加価値補助金を利用したとしても、銀行が多額の建築費を融資してくれる関係性ができていたのは、すごく大きなこと。
改めて、常に、変化を恐れずチャレンジを続けていくことで選ばれる宿坊になっていくのだと実感しました。
また、2004年に高野山が世界遺産に登録。
早い段階からホームページに英語表記を入れ、問い合わせもできる体制を整えてきた。当時、英語で検索してヒットする宿坊は少なく、恵光院さんはいち早く海外からのお客様を受け入れてきたこともすごく興味深く聞かせていただきました。

近藤住職と奥様のお話しの後、恵光院内を案内していただきました。こちらは本堂。
至るところに、共同の手洗い場があります。
どこもきれい😍
そして、スイートルーム月輪(がちりん)の間。
広々としたベッドルーム
ホテルの改装を請け負うデザイン会社が建築に携わっているのだそう。
格子の使い方も見事。
吉本英樹氏による
月輪(Gachirin / 2022)
東京大学先端科学技術研究センター特任准教授
Hideki Yoshimoto
高野山真言密教では「月輪観(がちりんかん)」と呼ばれる瞑想法が伝えられています。別の次元の宇宙にワープして広がっていくような景色を表現しています。熟練した金沢の職人の手仕事により貼られた、金箔とプラチナ箔が本当に繊細で見事。


3.狂犬ツアーはいよいよグローバルに。英国からサプライズゲスト


狂犬ツアーでは、毎回、自社の取り組みをプレゼンできる枠が設けられています。
今回はなんと、英国ケンブリッジ郊外に位置する旧荘園領主の城「フォーダムアビー」にて日本酒の酒造会社を経営している「Dojima Sake Brewery」CEO橋本清美さんのお話を聴かせていただきました。

ご主人は酒蔵の次男として、生まれ、大阪で日本で9番目の地ビール製造会社「堂島麦酒醸造所」を設立し、地ビールの製造・販売、コンサルティングなどを行っていた。
そんなある日、ミャンマーの国営ビール会社からの要請を受けて、夫婦はミャンマーに6人の子どもたちを連れて、家族とともに移住を決意する。当時、ミャンマーは軍事政権下。しかしながら、見ると行くとは違うと。
14年間、ミャンマーで生活し、息子さんのイギリス留学を機に、ミャンマーの社会情勢が先行きが不安定になったこともあり、住まいをイギリスへ拠点を移す。
イギリスに住み始めて気づいたことは、「日本酒がほとんど広まっていない」ということ。
日本酒造りは日本文化そのもの。日本人は代々「御神酒」を神様に献上し、五穀豊穣・子孫繁栄の祈りを捧げてきた。それなのきちんとした日本酒がレストランにない。ことに気づいた。それならば自分で造ろうと。
そして、一本の木に導かれ、ケンブリッジ郊外の10万坪の土地を2015年に購入した。
この地に酒蔵を建てるには、歴史的建造物であるお城ごと土地を買わないと認可は下りない。
予算もオーバー。絶対、無理だと現地のコンサルタントは猛反対したが、清美さんは後には引かなかった。現地での説明会を何度も開き、地元住民からの要望を丁寧に聞き、一つ一つ対応していった。
そして最大の難関ともいうべきお城の修繕に取り掛かる。最終的に裁判所から開発許可を得たのは2018年。外国人の投資案件としては珍しい全員一致だったのだそう。

ケンブリッジで始まった酒造りで、目指しているのは世界最高峰のSAKE。
特に「CAMBRIDGE(懸橋)」はセラーで寝かせることが前提。日本酒を寝かせることは異例でもあるが、「待つ」間のフォーダム・メンバーシップを手にする。メンバーになると、敷地内の日本庭園や歴史あるお城を見学することができる。
ハイエンドな社交の場をつくる。
毎年、10本しか販売しない。自分で売る人を決める。「売らない」ことで生まれる価値。
清美さんが目指すのは真の「ハイエンドビジネス」。日本と海外との文化の懸け橋になる。お酒の名前にもこめたその思いを実現するために考えた「メンバーシップ(会員)制」。
そして、多くの海外の人とお付き合いする中で、文化の違いを実感する日々。そんな中、日本文化の良さを再認識することが多かった。と言うお話も聞かせていただきました。
まさにグローバルな場所でファーストペンギンで自ら道を切り拓く姿はかっこいいと思いました。

木下斉さんと堂島醸造所CEOの橋本清美さん。
ケンブリッジ郊外で約10万坪の土地に作った醸造所。
セラー兼サロン。お酒を購入した人しか出入りできない、スペシャルな社交の場。


ただただ、規模感が大きすぎて、圧倒されまくりで、自分の中にどう情報処理して落とし込んで行こうか、この日は、全く脳みそが動きませんでした。
外から見るからこそ感じる日本の良さと、まだまだ海外にきちんと日本の文化を伝えきれていない現実。
誰に反対されても突き動かすほどの「パッション(情熱)」が自分の中にあるか。
これに尽きることだと思いました。


4.40人の宴会。そして、奥之院ナイトツアーへ

夕食の時間。ずらりと並んだお膳。
工夫が施された精進料理。
お腹いっぱいに。
永禄(1558~)の初め頃、薩摩藩十七代当主島津兵庫頭義弘と縁を深め檀那関係に。
その名残りからお茶碗には「まるじゅう」のマークが。

そして、夜のナイトツアーへ。
雨予報だったのも幸いに、雨は降らず、霧が幻想的な雰囲気を演出する中、奥之院までのナイトツアーに参加。
ムササビが鳴く声も聞こえてきて、一気にテンションが、上がります。

霧が幻想的な奥之院までの参道。
「階段を転んだら、3年以内に死ぬ」と言われている
覚鑁坂とよばれる石段。四ニ(死)を越えるという意味があるのか、四三段になっている石の階段。別名を三年坂とよばれている。
夜の暗闇に映し出されるお墓や供養塔の数々。
奥之院の入り口に到着。
御廟手前に架かる最後の橋が「御廟橋
(ごびょうばし)」の手前のにいくつもの像が立っています。
昔、人々は、御廟に向かう前に
「.御廟川(玉川)」で足を清めてから御廟橋を渡っていたのだそう。今はこの像の足元を清めてから御廟へ向かう。
燈篭堂を通り、今もなお空海が修行していると言われている「御廟」へ。
何度きても、神秘的な空間に圧倒されます。

帰宅して、大広間で夜な夜な語る会。
大広間が大宴会会場へ。
北海道から九州まで全国から集まったは参加者たちとの交流会。
宿坊でお酒を飲みながら語らう。
職種も立場もバラバラ。しかしながら、木下斉さんが発信するVoicyを聞いて参加した人から都市経営プロフェッショナルスクールに受講している方。なんらかのインスピレーションを受けて、今回ツアーに参加した人たちとの交流はとても楽しく、刺激を受けた時間でした。
楽しく語らう。一番の原動力を再確認しました。
ここで1章は終わり。第2章に続きます。

自己紹介タイム。職種も年齢もバラバラな人が集まった狂犬ツアー。本当に個性的な人達が集まる。
恵光院さんで働く人たちの話しを聞けた事も新鮮な体験でした!

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