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なぜ「土壌改良」は表舞台に登場して来なかったのか?~農業支援の盲点

過去に、農業の歴史、化学肥料の歴史、バイオ炭、土壌に関する記事を書いてきた。合計15本は書いてきただろう。
農業、食糧の話を聞けば聞くほど、「土壌」の重要性を痛感する。

一方で、農業の世界では、土壌改良、特に物理性の改良はかなりマイナーな存在だ。途上国の農業支援においても、土壌改良(特に物理性の改良)が表舞台に出る機会は多くない。

そこで、この1か月、以下の疑問に答えるべく、主に熱帯地方(途上国)の農業の専門家、土壌学者の方、15名ほどにヒアリングさせて頂いた。
現時点での結果を整理したのでシェアしたい。


問いの整理

当初の疑問を整理すると以下となる。

  1. 土壌改良は必須なのか?土壌改良なくとも、人類は食糧問題を解決できる余地はあるのか?

  2. 農業において土壌改良(特に物理性の改良)は、専門家の誰に聞いても重要と言われるが、化学肥料や灌漑にはスポットが当たっても、これまで土壌改良にスポットが当たってこなかったのはなぜか
    100年近く前に化学肥料の過剰摂取で課題になっている。この100年なぜやられてこなかったのか。

  3. 土壌改良が全ての土台で、必須だが、今になって注目される理由は何か?今になって取り組む必要があるのはなぜか。

  4. (特に日本において)「土壌改良=自然農法」と一緒に語られてしまうのはなぜか?「土壌改良」と「化学肥料を用いる慣行農法」が相反するイメージで語られてしまうのはなぜか?
    専門家でもここを同一に考えている節がある。
    化学肥料であれ有機肥料であれ、土壌づくりをしなければ、栄養だけ与えても、地盤となる土がなければ、植物は健全に育たない。どちらにせよ土壌づくりは必要となる。

本記事では、農業に長年関わる専門家へのヒアリング結果から得られた内容を整理して、これらの疑問に対する答えを探っていく

世界の土壌劣化の現状と土壌改良の歴史、アフリカ農業の現状を知ることで、土壌改良の重要性と課題を浮き彫りにし、持続可能な農業の実現に向けた道筋を探るきっかけを作りたい。

世界の土壌劣化と土壌改良の歴史

土壌は、人類の生存と繁栄の基盤であり、食料生産や環境保全において欠くことのできない資源である。しかし、長年にわたる不適切な土地利用や管理により、世界の多くの地域で土壌劣化が進行し、深刻な問題となっている。

土壌劣化は、単に農業生産性の低下をもたらすだけでなく、生態系サービスの劣化や気候変動の加速など、広範な影響を及ぼす。

まずは世界の土壌劣化の現状と、それに対応するための土壌改良の取り組みの歴史を概観し、持続可能な土地管理の重要性を考察する。

土壌劣化は、風食、水食、塩類集積、土壌汚染など、様々な要因によって引き起こされる。その結果、土壌の物理的、化学的、生物的性質が悪化し、土壌の機能が損なわれる。

国連食糧農業機関(FAO)の2011年の調査報告によると、世界の農地の約40%(牧草地を含む)が土壌劣化を受けており、25%が著しく劣化しているという。土壌劣化は、食料安全保障や貧困削減、環境保全など、持続可能な開発目標(SDGs)の達成を阻む重大な障壁となっている。

熱帯地域・新興国の話をする前に、アメリカと中国、2つの(農業)大国の歴史を振り返りたい。

アメリカにおける土壌改良の歴史

土壌劣化の問題は、古くから認識されてきた。土壌の健全性(soil health)に関する最初の言及は、1910年に遡る。当初は主に土壌の肥沃度に基づいた概念であったが、1930年代までには土壌生物学の側面が追加され、土壌の健全性と人間の健康との関連性が認識されるようになった。

※以下はこちらの記事を参照に記載している。
A Brief History of the Soil Health Concept (May2019)

1930年代のアメリカでは、大規模な風食被害(ダストボウル)が発生し、土壌保全の重要性が広く認識されるきっかけとなった。当時、グレートプレーンズ地域では、過度な開墾と不適切な農法により、深刻な土壌侵食が発生していた。1934年だけで、約3億5,000万トンの表土が失われたと推定されている。

この危機を受けて、1933年にアメリカ農務省土壌保全局(SCS)が設立され、土壌侵食対策や土壌改良の研究と普及が本格化した。

1940年代には、有機農業運動の先駆者であるハワード、バルフォア、ロデールらが、土壌の健全性の概念を発展させた。彼らは、化学肥料や農薬に依存しない持続可能な農法の確立を目指し、有機物の施用や輪作などの土壌管理技術を提唱した。

1970年代に入ると、環境問題への関心の高まりとともに、有機農業(Organic Farm)の概念が広がり始めた。アメリカでは、有機農業の販売額の増加と、研究や教育への要求の高まりを受けて、1980年に「アメリカの有機農業〜実態報告と勧告」が公表された。

しかし、レーガン政権は、この報告書を拒絶し、有機農業への支援を打ち切った。この決定に対し、有機農業支持者は、「持続可能な農業」(Sustainable Agriculture)という用語を用いることで、有機農業への攻撃を弱めようとした。

こうした動きを受けて、1988年に「低投入持続可能な農業」(LISA)プログラムが開始され、1990年には「持続可能な農業・教育」(SARE)プログラムに発展した。これらのプログラムを通じて、土壌の健全性を評価するための指標の開発や、土壌管理技術の研究と普及が進められた。

中国のおける土壌改良

一方、中国では、1990年代以降、急速な経済発展と人口増加に伴う土地利用の変化により、砂漠化が深刻な問題となっている。

※以下の記事を参照に記載

中国の砂漠化は、風食、水食、塩類化、凍結融解の4つのタイプに分類され、2014年時点で国土面積の約27%に相当する216万平方キロメートルが影響を受けている。特に、風食による砂漠化が全体の約70%を占め、深刻化している。

風食による砂漠化は、中国北部の乾燥・半乾燥地域に広がるタクラマカン砂漠、ゴビ砂漠、黄土高原を中心に発生している。これらの地域では、強風によって大量の土壌・鉱物粒子が巻き上げられ、黄砂となって遠方まで運ばれる。近年、過度な放牧や農地開発などの人為的要因により、黄砂の頻度と被害が拡大している。
黄砂は、農業生産や生活環境に深刻な被害を与えるだけでなく、呼吸器疾患やアレルギー疾患の原因ともなっている。
また、黄砂は大気中に浮遊し、雲の核となることで降水過程に影響を及ぼし、地球全体の気候にも影響を与えている。

中国政府は、1994年から砂漠化対策に本格的に取り組んでおり、過度な開墾や放牧、伐採の禁止、植林による緑化などを進めている。特に、「封山育林」と呼ばれる方法では、放牧だけでなく人間の干渉自体を禁止し、自然の回復力による緑化を図っている。こうした取り組みにより、1999年以降、砂漠化面積は減少傾向に転じている。

しかし、植林による砂漠化対策は、新たな問題も生み出している。乾燥地域での大規模な植林は、樹木の成長に必要な水の消費を増大させ、水不足を引き起こす可能性がある。また、本来森林が成立していなかった地域での植林は、生態系のバランスを崩す恐れもある。持続可能な砂漠化対策のためには、地域の自然条件に適した手法の選択と、長期的なモニタリングが不可欠である。

中国の食料生産においては、過剰な化学肥料の使用による土壌汚染や富栄養化が深刻な問題となっている。中国政府は、環境保全型農業の推進を掲げ、高収量品種の導入や農作物残渣の有効利用などの対策を進めている。また、「大糧倉」という概念のもと、食料生産と環境保全の両立を目指している。

世界の土壌劣化の現状と歴史を振り返ると、土壌の健全性の重要性は古くから認識されてきたことがわかる。

土壌劣化の問題は、貧困や飢餓、ジェンダー不平等など、社会経済的な問題とも密接に関連している。

では、アフリカの状況はどうだだろう。

アフリカの食糧問題と土壌劣化の現状

最初に過去の記事で述べたことも踏まえながら、状況を整理したい。

人口圧力の高まりから常畑化する農業

アフリカでは、急速な人口増加に伴い食糧需要が高まっている。
国連広報センターの予測によると、世界人口は2010年の69億人から2050年までに90億人に増加する見込みであり、増加人口のほとんどが開発途上国に集中している。アフリカの人口は現在の約10億人から2100年には、30-40億人程度に増えると言われている。
また、経済発展に伴い、一人当たりの食糧需要も大幅に増えている。

この人口増加に対応するためには、食料生産の増大が不可欠だが、その一方で、土壌劣化が深刻化しており、持続可能な農業の実現が困難になりつつある。

この辺りは、以前の記事で詳細を書いている。

アフリカの土壌は、古い大陸の歴史を反映して、もともと肥沃度が低い。加えて、高温多湿な気候条件下で、雨季と乾季がはっきりと分かれているため、風食や水食といった土壌侵食のリスクが高い。

この辺りはこちらの記事でも書いている。

さらに、急激な人口増加(人口圧の高まり)によって、休閑期間を設けて土壌を回復させる伝統的な農法の実践が困難になり、常畑化と化学肥料への依存が進んでいる。

「焼き畑」を代表する農業は、人口が少ない場合には持続可能な循環が保てていた。
森林を焼いて、肥沃な土壌として農地に転換した後、何年か続けて農地の土壌が劣化した後は、隣の土地を焼き畑し、開墾することで再び肥沃な土壌を手に入れた。そして、肥沃度が落ちた土地は放置され、草原・森林に生まれ変わり、数十年経てば森が再生され肥沃な土壌になった。

しかし、人口が増え、また個人の所有地が明確に定義される中で、畑を遊ばせておく余裕はなく、休閑期間を設けずに常に農地として利用し続ける必要がある。
常畑化による栄養不足を補うべく、化学肥料という栄養を投入することで補ってきたのが、現代の農法(いわゆる慣行農法)である。

化学肥料の功罪

世界の食料生産の向上において、化学肥料の役割は大きい。化学肥料は、即効性があり、収量の増加に大きく貢献してきた。

しかし、化学肥料の過剰な使用は、様々な弊害をもたらす。
長年大量の化学肥料を使い続けてきた先進国では、化学肥料の過剰利用が問題視されている。ここ100年間、化学肥料の使用量は大幅な増加を続けている。

化学肥料の功績と問題はこちらの記事で書いた

過剰な窒素肥料の施用は、地下水の汚染や温室効果ガスの排出につながり、環境の生態系を損なうだけでなく、食糧生産それ自体の持続可能性にも問題となっている。

化学肥料の連用は、土壌の生物多様性を損なう可能性がある。
化学肥料にばかり頼った農業をしていると、土壌が劣化する。土壌とは生物によって作られる。生物がいない土は、「土」ではない。風食や水食で土が維持できない。

※生物が地球に「土」をもたらした歴史についてはこちらの記事参照

劣化した土壌では、化学肥料の効きが悪くなる。そのため、施肥量を増やすことで対応してきた。これが肥料の過剰利用である。

化学肥料の使用量が増え続けてきた背景には、資本主義経済が促すインセンティブも大きい。
急増する人口に対応するために、世界は食糧増産を求めてきた。
肥料会社は当然肥料をたくさん売りたい。売上を上げるために必死に努力をする。科学技術の発展で、種苗会社は化学肥料の効果が効きやすい高収量品種の開発を進める。
それに適した化学肥料の販売が正のフィードバック構造となり、施肥量を増やす流れが続いてきた。

しかし、このような構造は、持続可能性の観点からは問題があると言わざるを得ない。レッドブルを飲み続けるのと一緒で、いつまでも収量を上げ続けることは出来ない。。

そのため、現在、先進国では、土壌改良により化学肥料の施用量を減らし、植物が効率的に養分を吸収できるような土台を作る、持続可能な農業を目指す動きが広がっている。

※よく、昔ながらの伝統的な農業に戻れば良いという声を聞くが、それは間違いだ。
過去と現在では状況が大きく異なる。地球全体で必要とする食糧需要の絶対量が全く違う。ケタ一つ以上大きい。人口増加×経済発展による豊かな食生活である。

また、資源需要が高まる中で、化学肥料の原料の偏りという、地政学上の問題も深刻化している。
最近では、ウクライナ危機、パレスチナ問題などの影響を受けている。

アフリカにおける化学肥料の位置づけ

一方、アフリカでは、化学肥料の使用量自体はまだ少ない。

化学肥料の使用が最も低い地域はアフリカ大陸。サブサハラ・アフリカの使用量は20キロ以下と世界平均の1/6。日本の1/12だ。

私が事業をしていたウガンダは化学肥料の使用量は世界でも最も低い部類でヘクタールあたり、たったの2kgである。ウガンダは農業国ではあるが、化学肥料の使用量は非常に少ない。

上記記事より抜粋

今後、食料生産を向上させるためには、化学肥料の利用拡大が不可欠である。しかし、先進国が続けてきた化学肥料への過度な依存は避けるべきだし、そこに答えはない。

特にアフリカは、土壌の肥沃度が低い土地が多い
世界の肥沃な土地(例えば穀倉地帯)のような、元来の土壌の豊かさに頼った農業は難しい。より土壌改良の重要性は高まると言える。

土づくりと併せて、適切な量の化学肥料を使用することで、持続的に生産性の高い土壌を育てていくことが重要である。

この話をすると、アフリカはせっかく化学肥料を使ってこなかったんだから、先進国の真似などせずに、伝統的な”有機農法”を貫くべきだという声が聞こえてくる。化学肥料に代わる選択肢として、有機肥料の利用が提案されることがある。

しかし、現実には非常に難しい。各地域で利用可能な有機物の量には限りがある。化学肥料と同等の養分を有機肥料で供給するためには、膨大な有機物が必要となる。
多くの土地では、必要なだけの有機物を確保できない。また、寒冷な穀倉地帯と異なり、熱帯地域では温度も高く有機物の分解スピードも速い。土壌に堆肥として用いるには、より難易度が上がる。

実際、ウガンダやルワンダの現場で、「有機肥料の施用を推奨しているが、地域に有用なバイオマスが不足しており、使いたくても使えないのが実情」という声は多い。
肥料(化学肥料も有機肥料も)を使わずに農業を行うため、単収が先進国水準と比較して、1/5~1/10以下というケースも少なくない。

そのため、化学肥料を完全に有機肥料に置き換えることは非現実的である。
むしろ、化学肥料と有機肥料を適切に組み合わせ、少ない肥料で効率的に生産を行うことが求められる。
昔ながらの農業に戻るのは解決にならない。

劣化した土壌を単に土壌の状態を元のレベルに戻すだけでは、十分な食料生産を達成することはできない
アフリカの食料問題を解決するためには、土壌環境を従来のレベル以上に高め、生産性を向上させつつ、持続可能な農業を実践することが求められている。

土壌改良の重要性

持続可能な農業を実現するためには、土壌改良が不可欠である。健全な土壌は、単に作物生産の基盤となるだけでなく、水や空気、生物多様性を育む多面的な機能を有している。

※農業に対する土壌の役割はこちら

しかし、土壌改良の重要性は、化学肥料の施用と比べると、認識されにくい面がある。化学肥料は、養分の供給という点で即効性があるのに対し、土壌改良の効果は長期的に現れる

そのため、短期的な収量の向上を重視する風潮の中で、土壌改良の優先度が下がってしまう傾向にある。

※土壌改良の中でも、pHの調整(Liming:石灰などによるアルカリ化)を代表する化学性の改良は短期間の効果が出やすい。

土壌改良において重要なのは、養分の供給源となる「土」そのものの存在である。いくら肥料を投入しても、その養分を保持し、植物に供給する「土」が存在しなければ意味がない。土壌の物理性、すなわち、通気性や保水性、排水性などを改善することが、土づくりの第一歩となる。

特に土壌の物理性の改善は、化学肥料の効果的な利用と環境負荷の低減に大きく寄与する。団粒構造の発達した土壌では、養分の保持力が高まり、施肥量を減らしても収量を維持できる。また、降雨時の養分流亡を防ぎ、水質汚染のリスクを低減できる。さらに、土壌の団粒構造は、乾燥や過湿に対する耐性を高め、干ばつや豪雨にさらされやすいアフリカの気象条件下でも、安定した生産を可能にする。

アフリカにおける土壌改良の重要性はここにある!
単なる収量アップ以上に、干ばつ、洪水、気温パターンの変化といった気候変動があった際に、土壌が肥沃であれば耐える事ができる。

例えば、肥沃な土地では、激しい豪雨、日照りが続いても、大幅に収量が落ちない。土壌が健全であれば、土の中に水分を蓄えておけるし、団粒構造が維持できていれば、排水性も高く、水浸しにならない。

しかし、土壌が劣化していると、少しの雨でも、地面に吸収されず、排水されずに水溜りになり、肥料含め栄養素が流される。
干ばつの時に、地面の中に水が保持されていないため、すぐに枯れてしまう。

気候変動へのレジリエンスを高めるには、土壌のSoil Healthを高く保っておく必要がある。

Soil Healthとは?

近年、土壌改良において注目されているのが、Soil Healthの概念である。
Soil Healthは、従来使われてきたSoil Fertility(土壌肥沃度)とは異なる概念である。

Soil Fertilityが、主に化学性の観点から土壌を評価し、短期的な生産性の向上を目指すのに対し、Soil Healthは、物理性や生物性も含めた総合的な土壌の質を重視する

日本には昔から地力(ちりょく)という言葉がある。土壌の物理性(通気性、保水性、排水性など)と化学性(養分の保持と供給)、生物性(微生物の活性と多様性)のバランス、総合力を表す言葉だ。

地力の説明はこちらでしている


日本人にとっては、Soil Healthなんて新しい概念を持ち込んでも、それって「地力」の事でしょ?と思う人も多い。しかし、専門家によると、厳密には異なる概念だ。

Soil Healthとは、地力と比べてもより長い土地の循環を表した概念ともいえる。また、Soil Healthには農業の観点だけでなく、環境(生物多様性など)の観点での持続可能性も含まれる。

Soil Healthの概念は、新しく、まだ発展途上の段階にある。その定義や評価指標については、専門家の間でも議論が続いている。

例えば、今月5月前半に、ナイロビで行われたAFSH Summit2024(Africa Fertilizer and Soil Health)の中で、「最も健全なSoil Healthとは人工的な手が加えられていない状態」との発表があった。

しかし、日本の農地の多くは火山灰土壌である。現在のように高い農業生産性を誇るのは、江戸時代から続く、土壌改良をしてきたからだ。土壌改良により酸性土壌を中性化し、リン酸の不足などを補ってきた。

上記の定義に置き換えると、日本の土壌改良された土のSoil Healthは低くなってしまう。環境の側面だけを見れば、全く手を加えていない土壌の方が健全なのかもしれないが、
農業的な視点でみれば、手を加えなければ、収量は下がり農業生産は維持できない。
土壌改良など上手に人間の手を加える事で、本来農業に向いていない土地でも、持続的な農業生産は可能である。

この場合の土壌はHealthとは言わないのか?この辺りの定義はまだ決まっていないという。

なぜ、土壌改良は優先されてこなかったのか?

さて、食料生産の向上と持続可能な農業の実現に土壌改良が不可欠であることは広く認識されているにもかかわらず、なぜ、これほど前に進んでいないのか。

日本では化学肥料が入る以前、江戸時代には手を加える事で、循環的な農業を実現してきていた。しかし江戸時代の人口と比較して、現在の人口は4倍である。また、化学肥料の投入量も260kg/haと多い。
化学肥料の投入も多いが、化学肥料が入る以前から、土壌改良をしてきたのが日本の農業である。
それゆえ、高い収量を上げている。(今後も化学肥料に頼りながら、持続的に収量が得られるかは別)

では、なぜアフリカで土壌改良が優先されないのか。

以下、農家の視点、普及機関の視点、研究開発の視点、行政・国家の視点、そして農業ビジネスの視点から整理をしたい。

農家レベルの課題

農家が土壌改良に踏み切れない理由の一つは、その即効性の欠如にある。化学肥料のように施用すればすぐに効果が現れるわけではなく、目に見える改善には数年を要する。特に、土壌の物理性を改善し、団粒構造を形成するには2~3年かかるとされる。この長期的な取り組みに対して、多くの農家は躊躇せざるを得ない。

また、土壌の状態は土地ごとに大きく異なるため、画一的な施用方法を提示することが難しい。

即効性がない事、画一的な施用方法がない事。つまり、効果が可視化されづらい。効果があるか分からないものに対して、労力もお金も投入し続けることがいかに難しいかは容易に想像がつくだろう

加えて、材料の調達が難しい点も課題となる。例えば、畜糞が有効だと分かっていても、そのための原料となるバイオマスが十分に確保できない。
化学肥料であれば購入すれば済むが、土壌改良に必要な資材の入手性の低さが普及を妨げている。

熱帯地方特有の課題もある。北側諸国などと比べて、高温で有機物の分解も早い。仮にバイオマスがあったとしても、朽ちる前に使わなければならない。
欧米は畑作が中心だ。
アジアは降雨量が豊富で、水からも養分を得られる。灌漑用水も使える。また、元々人口も多かったので、人糞などの有機物が比較的手に入りやすかった環境もある。ここもアフリカとは異なる点だ。

さて、農家が手を出しづらくても、普及機関が先手を打って調査・実証していくことは可能に思える。なぜ、普及機関が手をだせないのだろうか。

普及機関レベルの課題

JICAなどの国際協力機関においても、土壌改良の優先度は必ずしも高くない。
大きな理由の一つが、上記で挙げた、化学肥料の施用と比べて、土壌改良の効果が目に見えにくさだ。決められたプロジェクト期間内に明確な成果を示すことが難しいため、税金を投入した際の費用対効果の説明がしづらく、また相手国の農家や政府からの関心も低く、プロジェクト形成に至らないことが多い。

さらに、何年の時間を要するか読めない事も大きい。多くのプロジェクトは3-5年での成果を求められる。
土壌改良は、土地による違いもあり、3年で本当に成果が出るか、5年で成果が出るのか?確証を持てないことが多い。。

そのため、土壌改良は、化学肥料の施用や灌漑整備に次ぐ副次的な位置づけにとどまり、主要な施策として扱われづらい。

また、日本特有の事情もある。
過去のプロジェクトの失敗が、土壌改良に対する消極姿勢を招いている。JICAがモザンビークで実施したプロサバンナ事業では、ブラジルの成功事例を安易に導入したことで、現地の環境や社会に悪影響を及ぼし、国際社会から批判を浴びた。この経験から、JICAは土壌改良を全面に打ち出すことを躊躇するようになったとも言われている。

※この事件への言及は政治的な面がも強く、様々な意見があるため控える。
気になる方は色んな観点の記事があるので検索してほしい。

※ちなみに、ブラジルでの成功例は土壌の物理性よりは、酸性土壌の中性化(Liming:石灰によるアルカリ化)という化学性の改良がメインだった。

研究レベルの課題

相手国や現場からの要請がないと案件作りできないならば、もっと手前の研究レベルで取り組む事例が増えても良いように思うが、ここでも課題がある。

土壌改良の効果検証においては、化学性の評価に比べて物理性の評価が難しいことが、研究の障壁となっている

物理性の評価は、化学性の評価よりも手順が複雑となる。化学性であれば、スコップで土壌のサンプルを採取して計測すればよい。
しかし、土壌の物理性の評価は、土壌の階層別に団粒構造や通気性、保水性を分析するため、ステンレス製のシリンダを差し込み、土壌の深さの状態をそのまま採取する必要がある。これは面倒だ。。

また、効果の発現には長期を要すること、何年で効果が出ると言いづらいことから、研究期間を何年とすべきなのか?の判断も難しい。

さらに、土壌改良の目標設定や効果の評価指標が地域によって大きく異なることも、研究の難しさに拍車をかけている。

例えば、粘土質の土壌と砂質の土壌では、改良の方向性が全く異なる。乾燥地と湿潤地では、目指すべき土壌の状態が大きく異なる。このような多様性のある中で、統一的な評価指標を設定することは容易ではない。

加えて、土壌改良の価値が多岐に渡るのもポイントだ。単なる収量向上以上に、肥料の施肥量の削減や、気候変動に対する土壌のレジリエンス向上などの効果をどう測定すべきか?中々に難しい。

行政レベルの課題

国の農業政策によっては、長期的な土壌改良を優先させられない事情もある。
短期的な食料増産への圧力である。干ばつなどで不作が続き、目の前の食糧不足が指摘される中で、「目の前の食糧増産ではなく、10-20年先の食糧需要のための土壌改良に予算を振り向けよう」と決断を下すのは容易ではない。。
あなたが国の政治家だとして想像してほしい。目の前に飢餓で苦しんでいる国民がいたとする。来年度の増産に繋がる施策と、長期的には大事だが10年後の施策、どちらが優先されるだろうか?

また、土壌改良の効果が長期的であるがゆえに、政策的な評価が難しいことも課題である。
独裁的に超長期政権の国が多いイメージのアフリカ諸国だが、政権交代のサイクルが短い国もある。長期的な取り組みに対する投資が継続されにくい。

農業ビジネスとしての難しさ

科学的に土壌改良の効果が実証されたとしても、それを農業業界に普及し、ビジネスとして成立させることは容易ではない。

最大の障壁は、農業法人にとっても費用対効果の見えにくさにある。例えば、バイオ炭の施用に必要なコストを考えると、それ以外の投資、例えば品種改良や灌漑整備などの方が目に見えやすく、優先されがちである。

また、1シーズンで効果を実感できないことも、普及の妨げになっている。今年の結果が良好でも、来年以降も同様の効果が得られるか証明してほしいと言われても難しい。この不確実性の中で、農業法人がコストをかけて土壌改良に取り組み続けるのは難しい。

加えて、土壌劣化の原因と対策が地域によって異なることも、投資対効果の判断を下すのに難しい。
例えば、土壌のpHや土性も違う。劣化の原因も風食、水食、塩害など多様だ。
化学肥料のような汎用性の高い土壌改良施策はない。

総じて、効果が見えづらく、一般化しづらく、期間も長期化しやすく読めない。という課題がある。

【問いへの回答】持続可能な食糧確保に必要不可欠な土壌改良

過去への回帰ではない

アフリカの農業は、伝統的に休閑による土壌の回復を前提としてきた。しかし、人口増加に伴う土地利用の変化により、休閑期間を設けることが困難になっている。その結果、常畑化が進み、化学肥料と高収量品種への依存が高まっている。このような状況下で、いかにして持続可能な農業を実現するかが大きな課題となっている。

繰り返し述べるが、人口が増大した現代において、伝統的な農法に戻ることは、現実的な選択肢とは言えない。むしろ、科学的な知見に基づき、各地域の条件に適した土壌改良技術を開発し、普及していくことが求められる。

問いへの回答

最初の4つの質問に戻ろう。

①土壌改良は必須なのか?土壌改良なくとも、人類は食糧問題を解決できる余地はあるのか?

→土壌改良は必要不可欠。
持続可能な食糧生産には、土壌環境(Soil Health)を向上させ、少ない肥料で効率的に生産する必要がある。化学肥料に頼ってばかりでは土壌は劣化し収量は増える。一方、化学肥料を使わずに80億人、90億人の人類が食べていけるだけの食糧生産をするのは難しい。
より重要なのは、気候変動のレジリエンスを高める観点だ。肥沃でない土壌は、気温の変化、降雨量の変化などに非常に弱い。

②農業において土壌改良(特に物理性の改良)は、専門家の誰に聞いても重要と言われるが、化学肥料や灌漑にはスポットが当たっても、これまで土壌改良にスポットが当たってこなかったのはなぜか?100年近く前に化学肥料の過剰摂取で課題になっている。この100年なぜやられてこなかったのか。

効果が見えにくい。効果が出るのが長期で、かつ数年待てば本当に効果が出るかもわからない。土壌は多様であり、土地による原因、解決策が異なり汎用性がない。
そのため、他施策と比べて後回しにされてきた。

③土壌改良が全ての土台で、必須だが、今になって注目される理由は何か?今になって取り組む必要があるのはなぜか。

→人口増加の高まり、食糧需要の増加、化学肥料の過剰施用だけでカバーできない状況になってきた。さらに環境被害が可視化され、因果関係が示されるようになった。(過剰窒素の環境流出で海の漁獲量が減るとか)
しかし、それぞれの問題が深刻化する中で、後回しに出来ない状況になってきた。また、肥料の需要増と共に、地政学上の問題(資源の偏在)も重要度を増してきた。

④「土壌改良=自然農法」と一緒に語られてしまうのはなぜか?「土壌改良」と「化学肥料を用いる慣行農法」が相反するイメージで語られてしまうのはなぜか?

→特に日本の文脈では、「土壌改良」は化学肥料が登場する前から当たり前のように行われてきた。慣行農法(化学肥料や農薬を使う農業)の中でも一定水準の「土壌改良」はされている。

一方、アフリカはそもそも土壌改良自体していない地域も多い。
江戸時代に商業的な農業が始まった日本と異なり、アフリカで商業的な農業が始まったのはここ50-100年だ。既に化学肥料が登場しており、土壌改良するまでもなく化学肥料の投入が優先された。

これが現時点で整理できた内容だ。

土壌改良は農業の小さなテーマの一つではなく、世界の食糧問題において、とても重要なテーマであることが分かる。
特に、農業国であり人口が増加し、さらに気候変動に対しても脆弱なアフリカ大陸では、持続的な収量向上の観点からも、気候変動へのレジリエンスの観点からも必須だ。

なぜ、今、バイオ炭という土壌改良材がチャンスなのか?

こう整理すると、今現在、土壌改良材としてのバイオ炭がとても面白い位置づけに在ることが分かる。

結局、土壌改良が進まないのは、「効果がどのタイミングで効くのかよくわからないものにお金を出せない」というのが大きい。

農家や農業法人からお金を払ってもらえなかったら事業にならない。
しかし、現在、カーボンクレジットという別の文脈からお金が入ってきている。
そのため、通常販売するよりも安く、または相手にお金を渡しながら(クレジット収益の一部を還元しながら)、バイオ炭を生産し施用することが出来る。

「すぐには効果が出ないです。でも、余裕のある範囲で作って、土壌に入れてみてください。その間の労力に対する対価は支払います」
これであれば、使ってくれるかもしれない。

その上で、数年のうちにきちんとエビデンスを確立し、効果を示し、適切な施用方法を確立し、目に見える効果(収量増加、減肥、気候変動へのレジリエンス)を立証していく。

仮にクレジット収入が下がっても(クレジットの価値が暴落しても)、本来の農業的な効果が広まれば、他の金銭的なインセンティブが入らずとも使い続けるだろう。

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