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シャーリイ・ジャクスン『ダーク・テイルズ』("Dark Tales", PENGUIN CLASSICS)の感想

 ホラー小説界の「魔女」ジャクスン。『処刑人』『丘の屋敷』の長編が代表作で「くじ」などの名短編があると知られている。近年創元社文庫で『なんでもない一日』が出版され、最近柴田元幸氏が雑誌「モンキー・ビジネス」に「悪霊の恋人」を新訳し日本で今「短編の魔女」として評価が高い。

 本書に収録されているのは全17篇。
1."The Possibility of Evil"(町のバラ屋敷に住む老婦人がアレという話)
2."Loisa, Please Come Home"(開始で家出した娘が捜索ラジオを聞く話)
3."Paranoia"(町ゆく人がどうにも怪しく意図を感じてしまう男性の話)
4."The Honeymoon of Mrs Smith"(町じゅうで夫婦の噂が囁かれる話)
5."The Story We Used to Tell"(親友のフシギな失踪から開始する話)
6."The Sorcerer's Apprentice"(一人暮らしの女性のもとに子供が来た話)
7."Jack the Ripper"(酔いつぶれた女性を男が介抱してタイトルが怖い話)
8."The Beautiful Stranger"(駅で迎えた夫は本当の夫なの?という話)
9."All She Said Was Yes"(家族の不幸で隣家の娘を保護したが…という話)
10."What a Thought"(どうしても夫への凶行を思いつづける主婦の話)
11."The Bus"(家に帰るために嫌いなバスに乗った女性に起きる事件の話)
12."Family Treasures"(寮での窃盗をめぐり犯人さがしがおこなわれる話)
13."A Visit"(美しい屋敷を訪問した女子学生が出会うのはだれという話)
14."The Good Wife"(妻が夫に身に覚えない浮気を責められつづける話)
15."The Man in the Wood"(男の来歴も屋敷の人々もどこか不思議な話)
16."Home"(町で幽霊が出るという道を車で家に帰ろうとする妻の話)
17."The Summer People"(はじめて別荘で冬を過ごす老夫婦に起きる話)

 蛇足な「ひと言紹介」をつけていますが、バラエティといい、おもしろさといい、どれも大充実の1冊です。どれかは明かしませんが、不意にSFや純文学に突入していくような魅力の作品もあります。小説のおもしろさの扉たちが自由自在に開かれているような結構です。

 このなかから2つだけ引用してコメントを追加します。

 1つめは、5."The Story We Used to Tell"です。

「Yには計画があったわ……この家を売って旅行するって! しばらく外国に住んで――いろんな人に会って、新しい人生を始めるって――わたしもいっしょに行くつもりだった! あの晩そのことを話したの……それから屋敷の絵を見て笑ったわ……あの人、絵がベッドに落ちてくるって言ったのよ!」声がしりすぼみになった。月光が窓から差しこみ、枕の上のYの白っぽい髪を照らしていた。あの夜、Yを残して部屋を出て以来、絵のことを思い出したのは、間違いなくそれが初めてだった。
(「お決まりの話題」『なんでもない一日』(市田泉訳、創元推理文庫、p77)

'She had plans . . . she was going to sell this house, and travel! She was going to live over again - why, I was going with her! We talked about it that would fall on her bed!!' My voice trailed off. It was, I know certainly, the first time I had thought of the picture since I had left Y in her room, with the moonlight coming in and shining on her pale hair on the pillow. 
("The Story We Used to Tell" 本書p55)

 翻訳で読んでも原文で読んでも大名作と思いました。おそらく50年ほど前の作品ですが21世紀の作品だとしても斬新です。引用の友人失踪のサスペンスが、じょじょにひとつの謎をかたどり奇妙な世界の物語へと展開していく。「Y」とイニシャルで親友に語りかける親密ムードも最後に絶妙です。

 2つめは、11."The Bus"です。

「あたしゃ目覚まし時計じゃないんですよ。さあ、降りてください」
「なんですって?」ミス・ハーパーはもう一度言った。
「ここがあんたの降りるところですよ。切符はここまでです。着いたんですよ。あたしは目覚まし時計じゃないんだからね、いちいち着きましたよって起こしまわるわけにはいかないんだ。さあ、ここが目的地です、奥さん(略)」
(「夜のバス」『こちらへいらっしゃい』(深町真理子訳、早川書房p302)

  'I'm not an alarm clock. Get off the bus.'
  'What?' said Miss Harper again.
  'This is as far as you go. You got a ticket to here. You've arrived. And I am not an alarm clock waking up people to tell them when it's time to get off; you got here, lady...'
("The Bus" 本書p100)

 ついてない日に災難が彼女に次々とおそいかかる展開。そんなリズミカルな不幸の連続がいつのまにか幼少期のトラウマと末期の走馬灯を合わせたようなイメージへとつながっていくという展開。手堅いラストですが、凡百の作品とは隔絶した切れ味をもっていると思います。超おすすめです。

 引用の翻訳で分かるように、この短編の「魔女」の魅力は『なんでもない一日』(創元社文庫)と『こちらへいらっしゃい』(早川書房)の2冊でしっかり読めます。それらをコンパクトにまとめた本書の価値は高いものの、ぜひ『こちらへ~』も文庫化を期待したいところです。早川書房さまぜひ!

(ちなみに、本書で未邦訳がもったいないと思える17."The Summer People"の翻訳も探せばよめると思います。)



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