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第3回:北海道の宝

コチェフ アレクサンダー

資源としての雪のポテンシャルの高さについて

 北海道は雪が降ります。例年11月初めころに初雪が降り、一ヶ月ほどは積もったり解けたり乾いたりを繰り返しながら、次第に雨ではなく雪の降る日が増えていきます。12月の中旬を過ぎるといわゆる根雪(春まで残る雪)になり、場所や年にもよりますがだいたい3月下旬から4月中旬まで雪と暮らすことになります。
 
 札幌の降雪量は、世界の100万人以上の都市としては断トツのナンバーワンで、年に約5ヶ月間は雪が積もっている状態です。多くの人にとって雪は厄介なものです。自宅やオフィスへの出入りは、雪のない時期ならなんの苦労もありませんが、冬の間は毎日のように雪かきや氷割りをして初めて成し遂げられる栄光です。道も市町村も除雪には毎年大きく予算を割いており、例えば2023年の札幌市の除雪予算は264億円です。除雪されなければ物流も都市機能も麻痺するので、住民にとっては欠かせない予算です。もし札幌に雪がなく、この264億円を他のことに充てられれば大変有意義なことができるのに、と思うのも無理のないことでしょう。

 それでも、私は雪を宝物だと思うようになりました。量は多すぎ、期間は長すぎで、考え方が変われば大変さがなくなるというものでもありませんが、たくさんあるからこそ、「資源」としてみるべきだということに気づいたからです。日本の他の地域なら資源としてみなすほど量と期間はないので、そこはやはり北海道の特徴の一つです。雪はどういった意味で「資源」なのか、今回は少しそのあたりを書いてみます。 

●冷却・断熱装置としての雪

 「保温のために雪を使う」と聞くと、雪のない(少ない)地域の方には奇異に思われるかも知れません。ですが、雪はご存じのとおり細かい結晶の集まりで空気を豊富に含む、言ってみれば天然の発泡スチロール、つまり断熱材でもあります。帯広市のホームページには、雪のこの性質を利用し、経費を大幅に抑えながらジャガイモを甘くおいしくする保存法への取り組みが紹介されています。

 新潟や秋田など醸造が盛んな北日本の他地域と同様、日本酒、ワインといった醸造酒の熟成にも雪はよく利用されています

 また、半導体製造やデータセンターの冷却にも雪は役立ちます。雪を冷却設備の一部に取り入れることで冷却用の電力コストが大幅に抑えられ、安定的な製品・サービスの供給が可能になります。空港のある千歳市では25年初めの完成を目指して大規模な半導体プラントが建設されていますが、冷却設備には近隣の雪も一役買うのではと想像しています。

●観光資源としての雪

 もちろん観光でも雪は重要な資源です。ヨーロッパのアルプスは、イタリア、フランス、スイスなどに跨る大規模山岳地帯です。かなり寒いし、標高の低いところまでウインターリゾートが広がる、スキーやスノーボードのメッカとされています。世界一高級なウインターリゾートのいくつかはこのアルプス地方にあって、ヨーロッパはもとより、世界中からウインタースポーツを楽しみたい人が集まっています。ところが、地球温暖化や気候変動の影響があってか、年々降雪量が減って、フランスの一部のリゾートでスキー用のリフトを撤去する事態が発生しています。雪質や降雪量の面では、北海道の「良くない年」はアルプスの「最高の年」よりも良いと専門家たちは言います。実際北海道では、ゲレンデはおろか、平地にある学校の裏山や児童公園に盛られた高さ数メートルの小山ですらパウダースノーを楽しむことができます。
 
冬季オリンピック関連で調べていたら、今世紀中に人工雪を必要としない候補地は札幌だけになるだろうという記事を読んで衝撃を受けました(※)。もはや北海道は、全世界のウインタースポーツの未来を握っている地域だと言えるでしょう。ニセコの目覚ましい成長は、一過性の現象ではなく、北海道内のリゾート開発のうねりのほんの始まりだと思います。アジアからスキーをしに行くのなら北海道が自然な選択肢であるのは当然のことですが、最近は全世界に関してもそうだと言ってもよい状況になってきました。ヨーロッパや北米からやってくる長期滞在のスキーヤーたちは毎年着実に増えています。12月中旬から4月下旬まで自然な雪で滑ることができる数少ない(唯一の?)地域ですから、実は理にかなったことです。
(※この連載の少し前に、札幌は当面の候補地から外れました。)

 雪の楽しみは、もちろんスキーやスノーボードだけではありません。私はフェースブックで「北海道グループ 」というグループを運営管理しています。英語で北海道の観光情報を得ようとしている海外の人に、ボランティアで協力することを主な目的とするグループで、メンバーはすでに32,000人を超えています。雪のない地域から、北海道に雪を見にいきたい、雪で遊びたい、ソリで滑ってみたいなど、雪を目当てに来道する人はとても熱心に情報を求めます。彼らが求める情報の幅広さ、深さ、ときにはユニークさに、いつまで経っても驚かされてばかりいます。北海道に住んでいる人にはエメラルドグリーンの海がエキゾチックに見えるのと同じで、シンガポールなど熱帯気候に住んでいる人にとっては、雪がエキゾチックなわけです。人はなかなか手に入らないものを求めるものだと言いますが、まさしくその通りですね。

 雪の資源化はけっして新しい発想ではありません。古くからの様々な事例はあるかもしれませんが、1950年から始まった札幌雪まつりは、世界でも最古の雪資源化の大規模イベントと言ってもよさそうです。本当に「大規模」です。自衛隊の協力の下で、5トントラック6000台分の雪を運んで毎年雪像を作っています。テレビではなく、直に見ていない人は一度は2月の札幌にきて、見てもらいたいものです。

記事を書いた人:コチェフ アレクサンダー Alexander Kotchev
株式会社オレンジバード執行役員COO。北海道大学法学部卒業後、広告会社勤務のかたわらフリーランス翻訳者として活動。2009年より現職。主に高校生以上を対象に、留学準備、TOEFL・IELTSをはじめとした検定対策、自立した英語話者の育成を専門とする英語研修を提供している。
著書は、『完全攻略! TOEFL iBTテスト リーディング リスニング』、『完全攻略! TOEFL iBTテスト スピーキング ライティング』、『完全攻略! IELTS英単語3500』(すべてアルク刊)。他に、IIBC刊の『公式TOEIC Listening & Reading プラクティス リーディング編』並びに『公式TOEIC Listening& Reading プラクティスリスニング編』をはじめとして、15冊以上の教材の編集に携わる。
興味ある分野は、第二言語習得全般、語彙、TOEFLやIELTSなどの検定やテスト設計。
オンライン英語講座、翻訳・校正のオレンジバード (orangebird.jp)


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