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【掌編小説】走らない#シロクマ文芸部

(読了目安2分/約1,150字+α)


「走らないのか? セリヌンティウス。お前の友は走ったというのに」

 俺は曖昧に濁し、酒で言葉を流し込んだ。何度となく行われる他愛のない雑談が俺の身体を縛りつけ、息もまともに吸えなくなる

 あの日、磔刑に処されようとしていた俺の足下にあいつがしがみついた時、確かにそこには強い絆があった。誰にも負けぬ強い友情があった。俺があいつに抱く愛情と信頼と同等のものを、あいつは俺に向けてくれた。だが、世間の目は違ったのだ。

 あいつは英雄になった。街中はあいつをもてはやし、酒をおごり、縁談を持ち寄った。あいつの妹夫婦は王様に招かれ、城と街をあげて改めて結婚祝いが開かれた。あいつがいようといまいと、街では常に話題の中心だった。

 人々は俺に「良い友を持ったな」「大切にしろよ」「友を失望させるなよ」と口々に諭すのだ。さらには「逆の立場だったら走るのか」とつまらないことを訊いてくる。俺は毎日、ただ石を削り出しながら、適当に受け流す。

 酒に酔えず、便所へ行くふりをしてそっと店を出る。外は雲が無く、冴えわたる月と星が輝く。

「あいつが帰ってこなければ」

 月が照らす丘の上の刑場を眺め、誰にも聞こえないように小さく呟く。

 あの日、突然城に呼び出され、あいつが俺を指名したことを知った。戸惑いながらも友の役に立てるならと了承した。だが、あいつが走り去った後の三日間を誰が知るだろう。

 朝も夕も無く、俺は鞭で打たれた。罪状はあいつの犯した狼藉だ。お前は騙されたのだと、口々に罵られ嘲られ、毎日気を失うまで打たれた。あいつが妹の結婚式で浮かれているこの三日間は、俺にとっては地獄だった。「何故お前は、妹の結婚式の前にわざわざ王様にたてつくような真似をしたのか」と、「俺を貶めるための策ではないのか」と。心身ともに打ちのめされ、ただ一度だけ疑ってしまった。

 もちろんわかっている。あいつはまっすぐな男だ。たとえ俺に恨みがあったとしてもこんな回りくどいことはしない。ただまっすぐに王様の振る舞いに怒り、まっすぐに意見を言い、拘束され、俺に助けを求めたのだと。

 永遠にも思われた地獄の日々は、あの丘へ引き上げられたときに終るはずだった。そのまま刑に処され、俺は楽になるはずだった。だが、あいつが帰ってきた。人々の熱狂の渦に囲まれたあいつは、まさに英雄だった。俺と同等の苦労を背負ってきたあいつと俺は固く抱き合った。だが、無二の親友という対等な関係だと思っていたのは俺だけなのだ。

 あの日以来、あいつは英雄となりこの世界で崇められ、俺は英雄にかつて目をかけられていた下僕だ。あいつが英雄として君臨するこの地獄で、ただ静かに生きながらえるのだ。

「あいつが帰ってこなければ」

 月に向かって呟く俺の声は、誰の耳にも届かない。



シロクマ文芸部の企画応募です。

今回のテーマは「走らない」。
「走らない」のはわからないけど、「走る」といえばメロスだよね。という安易な発想から。誰かと被りそうだな……。

青空文庫を発見したのでリンクを貼っておきます。みんな激怒しよう。

そういえば、「走れメロス」ってジャンプ作品みたいですよね。
友情・努力・勝利。


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