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【散文】紅茶娘

紅茶を入れよう。

ずらりと並んだ、紅茶葉の入ったポットの前で、

目をつぶってひとつを選ぶ。

目をつぶったまま蓋を開けると、そっと鼻を近づける。

外の空気と交じり合い、ふわりと溶け出した爽やかな香り。

アップルのフレーバーティー。

耐熱ガラスのポットとカップを温めると、

ティースプーンで2杯。ポットのためにもう一杯。

くみたての水で沸かしたお湯を96度まで下げて、一気に注ぐ。

湯気と一緒に踊りだす紅茶の香りが、

私の目の前で華麗なターンを披露して、得意そうに挨拶をする。

他の娘たちにはしばらく我慢してもらおう。

ポットの蓋を閉めると、柔らかなタオルで包んだ。

砂時計が止まるのを待って、ポットから温めたカップへと紅茶を注ぐ。

待ちかねたバレリーナたちが我先にと飛び出して、

辺りはすぐににぎやかになる。


彼女たちは二つのカップをお行儀良く回し飲みして、

カップは同時に私の前へと回ってくる。

すでにひとつは空っぽ。

もうひとつは一口分。

私はカップを鼻に近づけて、

外へなかなか飛び出せなかった内気な少女に微笑みを送る。

最後の一口は、私ではなく庭の木のもの。

庭の木は根を鳴らして紅茶を飲むと、

ぐんぐんと枝を伸ばして、ほのかに色づいたリンゴの実をつけ始める。

バレリーナたちは、ステップを踏みながらリンゴをむしる。

口いっぱいにほおばって、楽しそうにくるくる踊る。

内気な少女は木の幹に隠れて様子を窺っていたけれど、

私が赤く色づいたリンゴを手渡すと、

少女はふわっと笑いお行儀良く礼をした。

木の葉と戯れるたくさんのバレリーナは、

やがてすべての実を食べつくし、両手をつないで一列になる。

私に上品なお辞儀をすると、

軽やかなステップを踏みながら空へと帰っていった。

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