【掌編小説】ヒマワリへ#シロクマ文芸部
(読了目安3分/約2,100字+α)
ヒマワリヘハチカヅクナ
私は思わず息を止めて、彼の顔を見つめた。確かに私の顔を見つめているのだが、どこか虚ろな目。別人のような声音。
突然目が覚めたように彼はまばたきをすると、笑顔を浮かべる。
「はは、すみません。ひまわり畑は確かに林の奥にあるのですが、あそこは関係者以外立ち入り禁止なんです。第一私有地なんですけどね。SNSで穴場スポットだなんて、困ったなぁ」
彼はそれだけ言うと、ごゆっくりと言い残して部屋を出ていく。私は莉緒を見つめる。
「どう思う?」
「うーん、まあ、そう言われちゃったら行けないよねぇ。あーあ、今回の目的地だったのになー」
彼女はそのまま後ろへダイノジに倒れた。座卓の影に隠れ、顔は見えない。
「じゃなくてさ、なんかさっきの人、変じゃなかった?」
「変って? 顔?」
「じゃなくて。ひまわりへは近づくな、って」
起き上がり、私をチラリと見る。乱れた髪をガシガシと掻き、目の前に置いてあったお菓子を開けて、あまり見もせずに口へ放り込む。
「よっぽど色んな人が来て困ってんじゃないの? うわ、また来やがった、みたいな」
「じゃなくてさ。なんというか……」
なんか一瞬、人が変わったような、と言いかけてやめる。今思い起こすと、気のせいだった気がする。
「瑛美、これ食べないの? 旨いよ」
気づけば私の分のお菓子も開封している。あと一秒で口の中だ。
「ダメ! 私のまで食べないでよ」
私が手を伸ばすと、素直に渡してくれた。白あんの饅頭だった。
「ま、とりあえず風呂入って、海の幸山の幸よくばりコースに備えようぜー」
そう言って、彼女は二人分の浴衣を掲げてみせた。
莉緒とは大学で同じ授業を取り、今年の春はじめて出会った。いつも気だるそうな雰囲気だが、合気道は黒帯、探偵事務所でバイトというかほぼ社員並みに働いていて、話す度に新たな一面を知る。今回は二人で夏休みの旅行をすることになったのだが、ゴツゴツして重そうな黒いバッグを背負って現れたのを見て、はじめてカメラが趣味だと聞いた。
「そういえば、神社でそのカメラ使ってなかったね」
ふかふかの布団に寝そべりながら、彼女のごついバッグを眺める。
「うん。これはここぞというときに使うやつだから」
「いつ来るの? ここぞは」
「うーん。ほんとはひまわり畑を撮るつもりだったんだけどね」
「じゃあ、今回は NO ここぞ?」
「Oh, No」
「持ってき損じゃん」
「うん。鍛錬にはなった。心の」
莉緒はモゾモゾと布団に入り、電気を消す。真っ暗な部屋で、私たちは二言三言会話をすると、すぐに寝入った。
ふと目が覚めたのはまだ夜中だった。部屋は真っ暗だが、すぐに暗闇に目が慣れてなんとなく見える。ふと隣を見ると莉緒の姿が無かった。トイレかと思ったが、ぼんやりと浴衣がたたまれているのが見える。体を起こしてみると、あのごついバッグが無くなっていた。
ああ、わかった。見つからないようにひまわり畑に行ったんだ。誘ってくれればよかったのに。
私は服を着替えてそっと部屋を出た。旅館の中はシンと静まっていて、人の気配すら感じない。受付を覗くと、そこには誰も座っていなかった。まだ四時過ぎだ。奥で作業をしている人はいるかもしれないが、受付に待機する必要は無いのだろう。靴を履き、音を立てないように外へ出た。
外はまだ夜だった。夏って何時に日が昇るんだろう。足元をスマホのライトで照らしながら歩く。
やがて「私有地により立入禁止」の立て札が見える。おそらくこの先だろう。舗装はされていないものの車は通るらしく、道は歩きやすい。
薄闇の中、人影が見えた。前の方を誰かが歩いている。莉緒かと思ったが、背格好が男性のようだ。この土地の人だったらマズい。私は茂みの中へ入り、姿勢を低くして道沿いに茂みの中を進む。
突然、視界が開けた。周囲を林に囲まれた盆地はひまわり畑だった。逆光で見えにくいが、何千本ものひまわりが、中央の空き地を向いている。その空き地には何人かが立っていた。何か話している。だが、だらりと両手を下げたまま、ただ立って話している光景は、異様だった。
私はスマホのズーム機能を使って、彼らを見る。ぼやけて見にくいが、昨日部屋へ案内してくれた旅館の男性に似た人がいる。彼がふと、こちらへ顔を向ける。そしてまっすぐに腕を上げ、私を指さした。
思わずスマホを取り落とした。人々が一斉に私を振り返る。さらには、すべてのひまわりも。
「――――ッ!」
咽喉の奥で悲鳴が詰まる。足が震えて立ち上がれない。
突然、向こうの茂みが揺れ、人が飛び出した。莉緒だ。
「瑛美! 逃げろ!」
莉緒は背中に黒いバッグを背負い、筒状の物を両手で抱えていた。次の瞬間、筒の先から紅蓮の炎が噴き出す。黄色いひまわり畑を舐めるように火の手が回る。
「走れ!」
莉緒の声に、私は解かれたように走り出した。
後ろからは獣の咆哮のような阿鼻叫喚の声が追いかけてくるようだった。
背中が熱い。この熱さが炎なのか、人の声なのか、ひまわりの視線なのかわからない。
林を抜け、私有地を飛び出し、街へ向かうため、ただ走った。
シロクマ文芸部の企画応募です。
今回のテーマは「ヒマワリへ」。
ヒマワリってなんとなく怖くて好きになれません。イラストは大丈夫なんだけどなぁ……🐤
百の鳴き声を持つカピバラこといまえだななこ様より、ひよこ作「#シロクマ文芸部」のお話を朗読する宣言を受けておりますので、読まれることを意識して書いておりま……ま、ま、待って待って、宇宙語とかは自重したよ! 全部人間様の言語にしたからね! ね!
先日アップされた、恋する乙女のラブレター&ぐでんぐでんに酔った鳩の朗読はこちらからどーぞ↓↓
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