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【掌編小説】リレー小説①(これってひよこの挑戦状?)#電車にゆられて

(読了目安2分/約1,500字+α)


「切符を拝見」

 目の前から声がして、ふと顔を上げる。帽子を目深に被った駅員が、手袋をした白い手を差し出していた。改札の向こうは、うっすらと雲のかかる青空とその光を跳ね返す海だった。ホームなのだから線路はあるのだろう。一段下がっていて改札の手前からでは見えない。その向こうの海がすぐそこまであるように見える。

 低い咳払い。

「あ、えっと」

 俺は慌てて、自分の身体を見渡した。鞄は持っていない。いつものダボダボのTシャツとカーゴパンツ、スニーカー。ポケットには何も入ってない。

「ええっと」

 頭をガシガシと掻きながら、そっと駅員の顔をうかがう。帽子の影で目が見えないが、口元は横一文字だ。

「無い、ような、気がする、ような」

 ほぼ風に流される声音で愛想笑いを浮かべてみる、駅員は手元の書類をパラパラとめくり、横一文字の口を開く。

「お客さん、名前は?」

「へ? 名前?」

 名乗りかけて、止まる。思い出せない。先ほどと同じように自分の体中を叩きポケットへ手を突っ込むが、切符も名前も出てこない。

「いやいや、個人情報なんで」

 思わず適当なことを口走る。駅員は書類から目を話さない。

「御乗車の予定の方ですか?」

「え、それはモチロン……」

 そうだ、とは続けられなかった。俺はどこに行こうとしているんだろう。というか、ここはどこだ? どうしてここに来た?

「えっと、ここってどこですかね?」

 駅員は無言で上を指さした。見あげると「大境」と駅名が書かれている。ますますどこだ? ここ。

「先に、よろしいですか」

 後ろから遠慮がちな声がする。シルクハットを被った小柄な老人だった。俺は慌てて改札から離れた。老人は俺に目礼をすると、駅員に切符を差し出す。改札を抜けるピンと伸びた背筋に、ホームから女性が駆け寄る。キュッと締まったウエストにボリュームのあるスカート。羽の付いた帽子はリボンをあご下で結んでいる。昔の貴族のような二人だ。

「お前、待っていてくれたのか」

「勿論よ。でも待ちくたびれたわ」

 抱きとめた老人は背が伸びていた。というか髪も黒々として、後ろ姿しか見えないが若返っている気がする。二人がホームに立つと、右手から一両の電車が入ってきた。オレンジと白のツートンの、どこかレトロな電車だった。二人を乗せた電車はゆっくりと旋回し、水平線に向かって真っすぐに進み、やがて青と青の狭間に消える。

 低い咳払い。

「あ」

 駅員が俺を見つめていた。

「そうだ、切符。発券機ってどこですかね?」

 キョロキョロと周囲を見回すが、木造の改札以外に機械らしいものは見当たらない。

「御乗車の予定の方なら、すでに切符をお持ちのはずです。どこかにお忘れになっているのでは?」

「そういうもんなんですか?」

 ……無言だ。微動だにしない。

 改札を通れないなら駅にいる意味もない。俺は諦めて回れ右をする。駅の外はのどかな田舎道だった。ピョコピョコと植えられたばかりの稲が続く広い田んぼの間に、車一台が通れる程度の舗装された道路がまっすぐに続いていた。

 結局「大境」ってどこなんだろう。調べたくてもスマホも財布もない。この道を歩いた記憶もないから電車でここまで来たということだろうか。どこをどう乗り継いだらここにたどり着くんだろう。そういえば名前も思い出せていない。財布の中に免許証が入っているはずだ。スピード違反でまたもブルーになった免許証。ねずみ捕りをしていたあの憎々しい警察の顔は思い出せるのに、自分の名前が思い出せない。もういいや。思い出せなくてもいい。とりあえず家に帰って寝たい。

 気づくと一軒の平屋があった。近くを流れる細い川に水車がカラカラと音を立てて回っている。その水車のそばにいた女性が立ち上がり、笑顔で俺に手を振る。

「おかえり。早かったわね」

<続く>



秋様のリレー小説企画に乗っかっております。

テーマは「電車」。長さはわりと自由&何作続いてもOKなリレー小説企画です。
面白そうなので一番美味しいところを取りに行きました🐤
誰かー! 続き書いてくだされー! ひよこと遊んでくれる優しい方ー!

って言ってたら、書いてくれた人が現れました! 嬉しい! ありがとうございます!!


3話目からは2ルートに分かれます。

ルートA

多分まだ続きますよ~(誰かが)


ルートB

ひとまず完結しています。

おらぁこんな終わりは嫌だ! という方は好きなところから別の結末へ導いてください。
秋様のリレー小説ルールでは、乱戦・混線・混入・乳化OKです。(え? 違う?)

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