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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter9


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▼新たに加わる5人の若者とホッパー対抗策が描かれる「第8話」はこちらから

【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。そんな時に、マサカズと伊達の前に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーは大活躍を見せる中、ある知らせをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。弱りきっていたマサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力をたくしてしまい、ゆがんだ暴走の矛先ほこさきは伊達に向けられる。そしてマサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まり、ポッパーをおびき寄せる手段に手を染めてしまう。

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第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter9

「これから僕がこの工場をこわす。壁、床、天井、柱だ。中の機械については別の業者が後日回収するから無視だ。現在午後十一時、あと五時間もしたら廃棄物処理業者のトラックが来るから、お前たちは僕が作る瓦礫がれきや破片を業者が輸送しやすい形に整形してほしい。細かすぎてもダメっとてことはないけど、その辺の塩梅あんばいは川崎に一任する」
 隣人りんじん、レオリオ芝西しばにし穏当おんとうな交流を持った二日後の夜、群馬県みなかみ町のひとのない静かな山中に、マサカズと久留間くるまたち五人の姿があった。全員がライト付きのヘルメットをかぶっていて、マサカズの背後にはち果てた工場が不気味ぶきみさまを見せていた。川崎はうなずくことなく、苦笑いを浮かべた。
「社長、いくらなんでも冗談キツいっスよ。言われた通り、カッターとか工具も調達してきましたけど、いくら小さい廃工場って言っても今から解体? オレたち六人で? うそでしょ?」
 川崎の指摘に久留間たちも同意して、大きさの違いはあれどうなずいた。
「これまで似たような案件はいくつかやってきた。そして今回のこれは、その中でも一番規模が小さい。まぁ見ててよ。こわすのは僕ひとりでやるから」
 そうげると、マサカズはその場から跳躍ちょうやくした。川崎たちは宙に舞った社長を見上げ、その仰角ぎょうかくは後頭部が背中についてしまう程に達した。マサカズは着地すると、「腕相撲だけじゃない。僕にはもうちょっと色々とできることがある」と言った。川崎はめてあったライトバンに向かってけ出すと、「仕事を始めるぞ!」とさけんだ。
 おそらくだがこの山奥は途方とほうもない寒さのはずだ。しかし、今のマサカズは真冬の寒気も感じることもなく、廃工場の天井に着地した。初めてこわした旅館と比較して、この廃工場は階層もなく構造はずっと単純である。保司ほしからけ負ったこの案件は、この六人になってから初めての仕事となる。ホッパーの脅威きょうい依然いぜんとして去ってはいないはずだったが、会社として利益を上げていかなければ久留間たちに給料も支払えなくなるので受けるしかなかった。
 天井を踏み抜き、回しりでかべ粉砕ふんさいし、強引ごういんに柱を引き抜き、労働にいそしむマサカズの背中には、防塵ぼうじんマスクをけた五人の感嘆かんたんの声がびせられていた。
「よし、社長がぶっこわした破片を細かくするぞ」
 川崎の指示で、残りの四人が破片の回収に動き出した。
「すげぇ、すげぇよウチの社長。まるで怪獣だ」
 壁の瓦礫がれきかかえ上げた浅野が興奮気味にかたわらの久留間に話しかけ、柱の破片を持ち上げた久留間は「そうだな」と、短く返した。
「オレたち、もしかしてこっからスゲーもうけられるんじゃね?」
「浅野、キャバとかでこの件、ペラったりするんじゃねーぞ」
「なんで?」
「社長の超能力は秘密にしなきゃならねーし、そもそもこいつはちょっとした違法だ。ウチは解体業について、免許を持ってねーしな。たぶん、ここは古いしアスベストなんかも使ってるだろう」
 久留間の説明に、だが浅野は理解が追いついていないようであり、彼はニコニコと笑顔のまま瓦礫がれきを川崎の元に運んでいった。川崎は運び込まれた破片を選別し、彼の基準で一定以上のサイズのものを、ガソリンエンジン式の切断機を使い、火花を散らせて細断していった。流石谷さすがやは川崎の指示に従い、破片をサイズ別に五種類に分類し、あらためて積み上げ直していった。佐々木は懐中電灯を手に周囲の警戒けいかいを行っており、五人の仕事ぶりはマサカズから見て満足できるものだった。

 作業を始めてから四時間ほどが過ぎた段階で、廃工場の外装と柱はすっかり破砕はさいされ、運びやすく加工された。マサカズは南京錠なんきんじょうから鍵をはずすと、切断機の手入れをする川崎のかたわらに座り込んだ。
「予定より、一時間早く終わったね」
「社長、超人っスね」
「これでかしこかったら良かったんだけどね」
「いえ、オレなんかよりずっとキレてますよ」
 川崎にめられたマサカズはちりちり頭をひときすると、ペットボトルのコーラを飲んだ。すると、その背中に瓦礫がれきかかえた流石谷さすがやが衝突した。瓦礫は地面に飛び散り、上体を強く揺さぶられたマサカズは、手元を狂わせペットボトルをひっくり返し、着ていたライダースジャケットに大量のコーラをこぼしてしまった。
「す、すんません!」
 流石谷は両手を宙に泳がせ、顔を青くして狼狽うろたえた。川崎は手早くカーゴパンツのポケットから手ぬぐいを取り出すと、コーラまみれになったマサカズの胸と腹をいた。
流石谷さすがや、気にしないで。落っことしたヤツ集め直しといて」
 何度も頭を下げると、流石谷はマサカズの指示した通り地面に散らばった瓦礫がれきを集め始めた。ぬぐいきれない糖分のベタつきをてのひらで確かめながら、マサカズはこのレザージャケットをクリーニングに出す必要があると感じた。

 それから一時間ほどがち、深い闇の中、三台のトラックがマサカズたちの待つ工場跡地に到着した。マサカズは久留間たちに、瓦礫がれきのトラックへの搬入指示を出した。トラックの助手席から降りてきたジャンプスーツ姿の保司ほしはパナマ帽を脱ぐと、マサカズに頭を下げた。
「中目黒の件、本当に申し訳ございません」
 マサカズは保司に、その中目黒でしでかしてしまった当事者であるホッパーについて、話をしてはいなかった。依頼があった際、自分は疲労の極みにあり業務はできず、代わりの者が遂行すいこうすると伝えていたので、中目黒の殺害がマサカズ以外の誰かの手によることは明らかではあったのだが、保司は特にそこに触れることもなかった。
「依頼先にはさ、知らぬ存ぜぬで乗り切ったよ。発注先がドタキャンしたってうそついたし、まー、サマーリバーは敵も多かったし、そいつらの誰かがやったんじゃないって、そう言っておいた」
「本当に申し訳ありません!」
「よりもさ、なに、あの子たち」
 保司は帽子をかぶると、トラックの荷台に瓦礫がれきたばを搬入していく久留間くるまたちに顎先あごさきを向けた。保司の語調には幾分いくぶんだがいぶかしむような意図が込められているとマサカズは感じた。
「ウチの新しいスタッフです」
「そーなんだ。山田ちゃん、気を付けた方がいいよ」
「え?」
 ズボンのポケットから煙草たばこのケースを取り出した保司は、それをじっと見つめた。
「伊達ちゃんはいいヤツだったよ。オレっちさ、伊達ちゃんと話すときはビンテージタバコって決めてたのよ。地下倉庫に保管してたチェリーって銘柄めいがらをさ、開けるのよ。伊達ちゃんと話すのはオレっちにとってご褒美ほうびみたく感じてたから」
 保司がなにを言わんとしているのかわからなかったマサカズは、腕を組んで再び胸のベタつきを感じた。
「あー、ごめんね。わかりづらくって。オレっちさ、あんたらをベストバディって思ってたんだけどね、あのスキンヘッドの連中、なんか山田ちゃんと合わなくない?」
 それがようやく忠告だということを理解したマサカズは、煙草たばこをくわえる保司に苦々しいみを向けた。
「わかります。ですけど今夜の仕事も無事に済みそうですし、当面は彼らといい距離感で付き合いますよ」
「うん、こればっかりはオレっちも手は貸せないからさ。頑張ってね」
「いやいや、中目黒の件を吸収してもらえただけで、保司さんにはありがとうしかありません」
 軽口を叩きながら搬入を進める浅野たちを背にしたマサカズは、保司に深々と一礼した。

 一時間ほどかけてトラックに瓦礫がれきを搬入する作業を済ませたマサカズたちは、ライトバンに乗り込み、山中から市街地に向けて移動していた。運転を担当する佐々木はときおり欠伸あくびはさみつつも安定した運転で、法で定められた以上の速度で峠道とうげみちを走らせていた。時刻は六時を回っていたのだが、十二月も後半であったため、周囲はまだ薄暗かった。
「みんなさ、眠いだろうけど聞いてくれ。今日はありがとう。明日から……もう今日か、土日はゆっくり休んでくれ。今後だけど、こういった解体仕事はまあまぁ入るから」
 保司と別れ、ライトバンの後部座席に腰を落としてから、マサカズはダルさと眠気と空腹をともな疲労感ひろうかんおそわれていた。
「まさか力仕事とは予想してませんでしたよ」
 久留間の軽口を皮切りに、運転担当の佐々木を除く四人は雑談を始めた。その内容は、新しくオープンした風俗店や、つい先日、中東のテロ組織に武器提供の仲介をした容疑で逮捕された、芸能プロダクション代表についての話題といった、いつもの通り淫猥いんわい物騒ぶっそうなものだった。それに参加せず、ライトバンにられていたマサカズは、以前よりずっと余裕をもって、自分とはえんの遠いおしゃべりを聞き流していた。
 慣れたわけではないと思いたい。これは自分が経験を重ね、距離感のはかり方を習得した、成長によって得られた結果だ。何度か小さく首を回したマサカズは、対面に座る流石谷さすがやが腹にかかえていた、食べかけのポテトチップスの袋に目を向けた。
流石谷さすがやさ、それひと口くれる? 腹減っちゃった」
 マサカズからそうたのまれた流石谷は、操作していたスマートフォンの手を止めた。
「ピリピリチリ味ですけど、いい?」
「辛いのは好きだから。いいよ」
 笑顔でうなずき返した流石谷さすがやがポテトチップの袋をマサカズに差し出そうとしたところ、車体が大きくれた。流石谷はスマートフォンを手からこぼし、それはポテトチップの袋に落下した。
「あー、ピリピリチリチリスマホ味になっちゃった」
 流石谷は我が意を得た自慢じまんげな様子でそう言った。マサカズは首を横に振ると、「“チリ”一個増やしてるのはドサクサ過ぎる」と笑いじりに返し、手を伸ばすと流石谷のスマートフォンを袋から引きげた。
「流石谷、言っておくけどよ、スマホとポテチは最悪のマッチングだぜ」
 川崎の注意に、流石谷だけではなく、佐々木と助手席の久留間を除いた後部座席のマサカズたち三人が興味を示した。
「あ、社長、知りませんでした? スマホのGPSって、アルミが天敵なんですよ。導電性の金属って、まぁ拡張アンテナになって電波の通りが改善されることもあるんですけど、すっぽりと四方を囲んだら逆効果になる」
 そう述べた川崎は、マサカズの手から流石谷のスマートフォンをまみ取ると、手ぬぐいであぶらだらけのそれをぬぐった。マサカズも含め、三人は一様に「へー」と感心の声を上げ、川崎は「まー、流石谷がやらかさなきゃ、こいつの居場所とかどーだっていーんだけどよ」と、楽しそうに言い放った。それに対して最もうれしそうに反応したのは、汚れた手を叩き合わせる流石谷だった。

 ライトバンの後部座席の車窓に、峠道の代わりえのしない風景が流れていく。マサカズはふと、山梨県で伐採仕事のあと、兄が運転するレンタカーの助手席で寝落ちから起こされたことを思い出した。あのときのように、全身が重い。そして、肉体労働あとの夜明け前だと言うのに、車内は高いテンションで盛り上がっている。
 川崎が少年院で知り合った先輩のやさしさを話した。次に浅野が、川崎が過去に自分のため、敵対する反社会勢力を徹底的に叩きつぶし、強要されなければ目も向けない部位を男同士で口にくわえさせたことを話した。佐々木は聞いたことがない向精神薬こうせいしんやくの話題で場を冷たくし、流石谷はがいま食べているポテトチップがどれだけからいかを主張し、久留間はただひたすら笑っていた。マサカズは、その会話の全てに薄く参加し、誰もがその発言を尊重し、一定の敬意をもって接してくれた。
 腕力がきっかけだったのは間違いない。超人的な破壊力におそれとあこがれをいだかれたのは確かだ。これは一種の成功体験だ。“彼”が不在でも今後はこの手段を、自分らしさをもとにアップデートしていき、完成度を高めていく。成功をつかみ、勝ち組になる。そして“彼”と目指した夢を、必ず実現する。
「社長、どうしました?」
 となりに座っていた川崎から声をかけられたマサカズは、首をかしげた。すると、ひざに涙がこぼれ落ちた。それに気づいた途端とたん、彼は背中を丸め、嗚咽おえつらし、窓にひたいをつけ泣きじゃくった。
 ようやく、“彼”のことが可哀想かわいそうだと思えた。もういなくてもなんとかなりそうだ。だが、ずっといて欲しかった。自分などより、ずっと必要とされていた人だった。価値のある人間だったのに、自分はもう“彼”がいなくとも、だましだましでもなんとかできてしまう。その存在は、とうとう過去のものになってしまった。それがひどくさびしく、心細い。
 マサカズは伊達隼斗だて はやとをようやくともらい、人目もはばからずむせび泣いた。

第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter10完結

 最後にクリスマスを特別に思ったのはいつだったか。少なくとも大人になってから、クリスマスとは平日か休日かのいずれかでしかなく、誰からもさそわれず、 自分からイベントに参加することもない。ただの十二月二十五日だった。
 月曜日の朝、マサカズが真っ先にこの日の用事としたのは、救世主の生誕を祝うことではなく、金曜日にコーラで汚してしまったダブルのライダースジャケットを、駅のショッピングセンターのクリーニング店に出すことだった。クローゼットからテイラードのジャケットを取り出したマサカズは、それにそでを通した。これを着るのは庭石にわいしと料亭で初めて会って以来のことになる。年末と言っていい時期ではあったが、快晴の今日は気温も例年と比較して高く、コートやセーターで暖かさを担保たんぽする必要はないと感じられた。
 マサカズは自室を出ると、小岩駅に向かった。路地から途中の喫茶店きっさてんに目を向けると、窓際の席に佐々木の姿があった。彼は今日、自宅の監視班であり、彼は午前中ここからホッパーの出現を見張る手はずになっている。この自宅の監視実務については、先々週の水曜日から五人に言い渡していたものの、誰ひとりとして実行するものがおらず、今日のこれが初めての目撃だった。マサカズがうれしそうに会釈えしゃくをすると、窓越しの佐々木もそれを表情のないまま返した。

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