見出し画像

遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter7-8


前回までの「ひみつく」は

▼第1話〜順次無料公開中!!

▼新たな挑戦者とミッションが描かれる「第6話」はこちらから

▼衝撃の展開が描かれる「第7話」はこちらから

▼新たに加わる5人の若者とホッパー対抗策が描かれる「第8話」はこちらから

【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。そんな時に、マサカズと伊達の前に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーは大活躍を見せる中、ある知らせをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。弱りきっていたマサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力をたくしてしまい、ゆがんだ暴走の矛先ほこさきは伊達に向けられる。そしてマサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まりつつあった。

※本記事はこちらから見ることができます(※下の「2024年間購読版」はかなりお得でオススメです)

◆「2024年間購読版」にはサブスク版にはない特典の付録も用意していますのでぜひどうぞ!

※初めての方は遠藤正二朗氏の「シルキーリップ」秘話も読める「無料お試し10記事パック」を一緒にご覧ください!

第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter7

 久留間くるまたち五人を会社にむかえてから、最初の土曜日になった。マサカズはその夜、夕飯の買い出しのため小岩駅構内のショッピングセンターをおとずれていた。十二月も中旬ということもあり、クリスマスにちなんだセールの広告や飾り付けが目につき、すれ違う親子連れやカップルたちからほがらかさが増している様な気がする。そのように思えてしまうのは、自分にはクリスマスの楽しいイベントの予定などが、今のところ入っていないからだけではない。つい数日前まではホッパーの襲来らいしゅうはもうないだろうとたかくくっていたのだが、たった一本の浅野からの電話で、死への恐れがぶり返したからだ。
 通り過ぎるこの人々の中に、このような不安をかかえている者はいないだろう。だから安穏あんのんとした様子で、到来するイベントにうつつを抜かせられる。我ながら、なんとも卑屈ひくつすさんだ考え方だ。昨年までは、このシーズンにいだく感情は、充実した生活に対しての羨望せんぼうだけだったが、現在はすっかりねたみにねじ曲がっている。
 マサカズはセンターの中であることに気付き、足を止めた。そこには書店があった。五ヶ月ほど前、自分はここと同じ場所で書店員としてアルバイト勤務していた。しかし店長が殺害されて以来、その書店は休業となり、結局は撤退をし、いま目の前で営業中の、いつオープンしたのかわからないこの店は、別の系列のチェーン店になっている。
 七浦葵ななうら あおいにうっかり鍵を盗まれなければ、自分は今ごろ彼女とクリスマスのデートを約束できたかもしれない。してはいけないミスによって、三つの命が失われた。マサカズは背中を丸め、両手をデニムのポケットに突っ込み、ショッピングセンターをあとにした。
 
 結局、夕飯は牛丼店のテイクアウトで済ませることにした。店内で食べてもよかったのだが、自宅アパートの冷蔵庫に賞味期限が切れたばかりのキムチがあり、それを消化してしまいたいための持ち帰りだった。ビニールに入った特盛り牛丼を手に、マサカズは家路にいた。

 アパート近くの路地までやってきたマサカズは、二つのかたまりが並んでいるのを目にした。右はずみだらけで、左は黒い短髪で、その二つはマサカズに向かって土下座どげざをしていた。落胆したマサカズは迂回うかいするため背中を向けた。
「ワンチャン、ワンチャンですわコレ!」
「いま自分は腹を切る覚悟でキミに頭を下げているっ!」
 背中にぶつけられた言葉を無視して、マサカズは歩き始めた。すると左右の足に、男たちがそれぞれしがみつき、マサカズの歩みを阻止そしした。
「たのんます! たのんます!!」
安達部屋あだちべやには世話になっているのだ! どうかもう一度だけ、たのむ!!」
 鍵の力を使えば、足にまとわりついてきた瓜原うりはら真山まことやまを振りほどくのは容易よういだ。しかしマサカズは思うところがあり、「逃げませんから離して下さい。あと、土下座も止めてください。人に見られたら通報されるかも知れません」と言った。真山たちはたちまち離れ、腰を上げて直立不動になった。マサカズは振り返ると、二人がひどく緊張した様子なのに気づいた。
「何があったんです?」
「もう一戦だけやって欲しいのだ! たった一度でいい!」
「嫌ですよ。もうアレで最後って言ってたじゃないですか。“チョーブシン”にも負けなかったんですよ? 天井だったんですよね? それとももっと強いのが出てきたとか? なんです、その昔のダメな少年漫画の引き延ばし展開みたいなのは? ふざけんなって感じだ!」
 うんざりとはしていた。しかし、ここしばらくかかえていた鬱屈うっくつ消沈しょうちんできる窓口になるような気もする。マサカズはどうすればいいのかまどっていた。
「ごちゃごちゃとうぜぇんだよ!」
 そう啖呵たんかを切りながら、路地ろじの角から黒いジャージ姿の、長い髪の青年が現れた。でっぷりとした体型で、スタッフのひとりである流石谷さすがや似通にかよった外見だったが、彼からは感じられない怒気どき覇気はきみなぎっている。
「山田正一! てめぇは相撲すもう侮辱ぶじょくした! 許されんぞ!」
 心当たりのない言いがかりだ。それでも彼が自分に対していきどおっていることだけはよくわかる。それに対応するすべはたったひとつしかない。マサカズはデニムのポケットに右手を突っ込むと「アンロック」とつぶやいた。
「突っかかるんなら、名乗れよカス」
 これまでは常識的な対処を心がけてきた。けれどもマサカズはもうどうでもよくなっていたので、今回は相手に合わせて礼儀の段階を下げてみることにした。なにやらとても気楽でストレスがない。おそらく久留間くるまたち五人たちもそのような心がけで、すさみきった世界を渡っているのだろう。マサカズは不敵な笑みを浮かべ、長髪の巨体と向き合った。青年は髪をかき上げると、パンパンに張った顔を突き出し、人差し指で自分のほおを指さした。
「知らねぇのかモグリヤロウ! テレビにだって出てんだぞ!」
「知らねぇよデブ! 大食いチャンピオンか?」
「ふざけんじゃねぇよバカヤロウ!」
「ふざけてんのはそっちだろクソデブ!」
 やりとりを重ねるたびに、IQが下がっていくような気がする。しかし切り出した口喧嘩くちげんかを自分から撤退てったいしたくはない。マサカズは周囲に注意を向け、通行人がいないことを確かめた。
「安達部屋の逞竜山ていりゅうざんだ! 前頭まえがしら三枚目じゃい!」
「三枚目? 道化のピエロって意味?」
「ふざっけんじゃねぇ! やってやる! やってやるよ! 親方からもOKはもらってんだ!」
「あのさ、さっきあんた、僕が相撲をバカにしたって言っていたけど、それなに?」
「そこのウリっちから聞いた! 相撲は転んだらオシマイの伝統に胡座あぐらをかいたしょーもない格闘技ごっこだって!」
 逞竜山ていりゅうざんは自分の顔を指していた指を、マサカズのかたわらにいた瓜原うりはらに向けた。瓜原は全身をビクリと反応させて驚き、真山を盾にするようにその背中に回った。確か前回、“超武神”とのやりとりの最中、ルールを確認した際、「転んだら負け? 相撲みたいに。」と発言した記憶がある。おそらくそれを瓜原が伝え、誤解が生じてしまったのだろう。マサカズはそのような予想ができてしまうほど余裕があった。
「真山さん、この力士と戦えばいいんですよね。今回は」
「“今回”と言ってくれのか!」
「どーせ僕に決定権はないんでしょ。それに今回は前回の希望通り、闇討やみうちに近い形になっちゃってますし」
「ありがとう! 本当にありがとう!!」
 マサカズは感謝する真山まことやまを軽くにらみつけると、視線を逞竜山ていりゅうざんに向けた。
「こいよ、チョンマゲもえないトーシローのふんどしかつぎ! テメーから仕掛けてくれないと、こっちは正当防衛にならねーんだ!」
 マサカズの挑発に、逞竜山はジャージを脱ぎ捨て、上半身を師走しわすの冷気にさらすことでこたえた。勢い良く突進してきた巨体を、マサカズは牛丼の袋を持ったまま腰を落として受け止め、手加減を加えつつ、彼を押しつぶす形で胸からアスファルトに叩きつけた。マサカズはゆっくりと身体を離すと、ちりちり頭をいた。
「相撲なら、負けだよね。多分なんだけど僕、横綱とかにも負ける気がしないんで。こーゆーの、二度となしってことで」
 路地にうつ伏せになっていた、ぶるぶるとふるえる幕内の背中に、マサカズはそのような言葉を浴びせた。
「こーゆーことですわ。あんさんでもかないまへん。マサカズさんは次元が違う」
 突っ伏したままの逞竜山ていりゅうざんに、瓜原は声をかけた。逞竜山は右手で拳を作ると、それでアスファルトを何度も叩いた。
「なんでコイツ、力士じゃねーんだよ!」
「バカにするつもりはないですけど、僕は相撲取りなんて嫌です。裸でフンドシなんて、とてもじゃないけどずかしくて」
 うなり声を上げ、逞竜山がくしゃくしゃにゆがんだ顔を上げた。どうやら彼は、信じがたい力の存在を察した様である。気性の激しい彼があさっりと敗北を認め、かなわないという結論に至り、戦闘の継続を往生際おうじょうぎわが悪いと判断しているようだ。マサカズはポケットに手を入れ、南京錠なんきんじょうから鍵を引き抜くと、真山に再び鋭い眼光をぶつけた。
「“次”もこんなシチュエーションでしたら受けてもいいですよ。もうあなたの道場に行く手間はかけたくない。これでも僕は社長で多忙なんです」
 マサカズの言葉に、真山まことやまは深々とこうべれ、「押忍おす!」と答えた。
「幕内、景気づけにキャバでもいこか? ワイのよう知ってる店が、錦糸町きんしちょうにあるんよ」
「お、おう……いいな」
 瓜原うりはらの誘いに応じた逞竜山ていりゅうざんは、ようやく身体を起こした。
「山田さん、一緒にいきません? いいコがそろってる名店ですから。おごりますよ」
 “キャバ”とは、おそらくキャバクラのことを指すのだろう。マサカズは首を横に振ると、牛丼の入ったビニール袋を瓜原に突きつけた。
生憎あいにくだけど先約が入ってるんだ。“いいコ”より、今の僕は“こっちのコ”の方が大切だ」
「あ、じゃーこうしません? いまそれをチャチャッと食べて、そんで錦糸町に行く。ワイら待ちますよ」
「あのさ、せっかく僕なりにカッコつけた名台詞めいぜりふっぽいの言ったつもりなんだから、呆気あっけなく打ち消すような対応するなよな!」
 マサカズの怒気どきにあてられた瓜原は直立不動になり、「すんましぇん!」と叫んで上体をかがめた。

 全ては鍵の力だ。地下格闘技の王者を一喝いっかつできるなど、幕内力士を地面に叩きつけるなど。しかし今夜の出来事で段々とわかってきた。受け入れて、相手のレベルに自分の心持ちを調整してしまえば、違和感や戸惑とまどいは随分ずいぶんと軽減する。それによって失ってしまうものがあるのかも知れないが、そもそもが負け組の生きざまだったので、今さら自分らしさなど固執こしつする必要もない。アパートまで帰ってきたマサカズは、ポストに封筒ふうとう投函とうかんされていたのでそれを取り出した。差出人に伊達の父親の名前がしるされていたので、その心はわずかにだがざわついた。

 部屋に戻ったマサカズは、キムチを乗せた牛丼を食べながら、封筒を開けた。それには一通の手紙と鍵が入っていた。手紙には「隼斗はやとの使っていた単車の鍵です。山田さんにおゆずりします。先日は大変申し訳ありませんでした。まだ遺体いたい監察かんさつですが、葬儀そうぎの日程が決まりましたら電話します」としるされていた。
 伊達の乗っていたバイク、SRX-400は今も事務所の前にめられたままとなっている。ゆだねられたとしても所有者が死亡した場合の手続きなどわからず、そもそも自分には免許もない。ひとまずこの件は保留にしておくしかない。バイクの鍵を腰のポーチに入れたマサカズは、牛丼を食べながら、伊達の後ろにタンデムしたかつての日々に思いをせていた。今の自分は、伊達がいたら反対されるようなことばかりしている。彼は自分などより、よほど“山田正一”という人間を理解してくれていた。しかし、き者にはたよりようもない。せいぜい伊達隼斗だてはやとならどうしたのだろう、と想定をするぐらいしかないのだが、人間としてのレベルが違い過ぎるため、手が届いてくれない。鍵の力と合わせて、伊達と知り合ったのも自分にはあまりにも過ぎた幸運だと言ってもいいだろう。
 牛丼を食べ終えたマサカズが、容器を台所まで持っていこうと立ち上がったところ、カラーボックスの上に置いていたスマートフォンが振動した。通知画面には、浅野としるされている。今日は土曜日で事務所には誰もおらず、この自宅アパートの監視も命じていない。一体なにがあったのだろうか。まさか、ホッパーにからんだ報告だろうか。マサカズは壁に背中を付け、牛丼の容器を床に落としてしまった。深呼吸をし、彼は恐る恐る電話に出た。
「どうした浅野。今どこだ? 家電屋? は? PS5ピーエスファイブをリモートプレイできるヤツが売ってる? なんだそれ? はぁ? 経費で買えないかだって? バカかお前。却下きゃっかだ却下。切るぞ」
 電話を切ったマサカズは、壁を背にしたままズルズルと腰を落として尻を床に着けた。言っていることもその意図も一切わからない。ただ、無駄むだなおねだりをしていることだけはわかった。まだめられているのか、単なる知性の欠如からくる不可解な行動なのだろうか。
 苛立いらだったマサカズが壁を叩くと、即座に壁越しから「うるせーぞ! ブチ殺すぞ!」と、隣人の男から荒々しい抗議の声がね返ってきた。いつもならあやまることで事なきを得るマサカズだったが、今回の彼は勢い良く立ち上がるとサンダルをいて部屋を出て、隣の部屋のとビラった。すると扉が開き、スポーツりの、目付きが悪くジャージ姿の青年が姿を現した。その背後には下着姿の若い女性の姿も見えた。青年は怒気どきをマサカズに向け大きく首をかしげ「はぁ? なんだテメー」と、酒臭い息でき捨てた。
「女がいてカッコつけてんだろーけど、こっちはさっき幕内力士一匹つぶしてきたばっかりで気が立ってんだ! めてるんならテメーもペシャンコにつぶすぞオラ!」
 鍵の力を借りず、マサカズは隣人を脅迫きょうはくした。その気迫に気圧けおされたのか、青年はか細い声で「静かにしよーよな。互いに」と返してきた。
「静かに? これからテメーらがなにすんのか知らねーけど、せいぜい“静かに”たのみますわ」
 下品な笑みを浮かべたマサカズは、ケタケタと笑い声を上げながら自分の部屋に戻った。そして彼は土間でひざを着き、ぐったりとうつ伏せになり、顔をくしゃくしゃにゆがめた。

第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter8

ここから先は

5,471字

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?