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[Ep.2] 自意識と思春期の深い森

▶️ Beside the Seaside はこんな番組

人も事象も生き方も、決して一面からだけではとらえられない。
A面の裏には B面、 はたまたC面だってある。
そんなB side, C sideについて、ゆるーい雑談を通して言語化してみたり、笑い飛ばしてみたりして、味わう。
生まれ故郷・茨城の海沿いの街と、東京とを行き来する2人がみなさんと作りあげたい、言語化 × 雑談プログラムです。
毎週水曜 17時配信。

感想、コメント、扱ってほしいテーマなど、お便りはこちらからどうぞ!bcside2@gmail.com

お便りが番組中に読まれた方には、今後ステッカーなどお送りできたらいいなと思っています。

▶️ 配信の視聴はこちらから

今回は、自分からの目線・他人からの目線の話から始まって、お互いの幼少期〜思春期の話題へと展開していきます。
紆余曲折の果てに脱線気味のトークをお楽しみください。

▶️ 文字で読みたい方はこちらをどうぞ

▶️ B面のはなし

自意識と思春期の深い森を後にして猛省


死の淵からほうほうの体で戻って参りました。髙橋です。
この回の配信翌日、自分の instagram でも投稿したことですが、個人的には今回のEp.2と次回のEp.3の2回を、神回ならぬ「魔回」、そして魔界だと思っています。

というのも、私が今回、全くうまく言葉にできず、話の収集がつかない状態になってしまったという…。相方の真代さんに話の矛盾を指摘され、ウッてなってアワアワっとした結果、言葉にできない状態が続き、終盤、彼女に話の視点を変えてもらったりしている様は、もはや心理カウンセラーと患者の会話のようでした。

自分、この話題についてはもっと言語化なり、考えを整理できているつもりでいましたが、「頭の中で考えているだけ」というのと「実際言葉にして話す」のとの間には、大きな隔たりがあるのだなと痛感しました。

今回の収録で、真代さんは「外的な障害がなければ躊躇なく行動できるタイプ」で、私は「外的な障害以前に、自意識が障害になって行動できないタイプ」という違いが明らかになって面白かったのと同時に、収録後、私の自意識のしつこさに辟易としました。(近年は多少マシになってるとはいえ)

「自分が他人を気にしてばっかだから、他人も自分を気にしてると思って動けないんだもんね!」「自分で作った毒で勝手に苦しくなるパターン」

これは、最近ふと目にした「ラランドYoutubeチャンネル」のショート動画へのコメントですが、本当、コレでしかないのよな…。
自分がそもそも他人をそういう目で見てるから、自分に対してもそういう目でしか見られないというね。

もともとの性格がそうなのか、過去の経験が何か影響してるのか…。

実は後日、この収録の醜態を反省し、その自意識ってどこから発生したのか?などを改めて考え、紙に書き出してみたのですが、その模様や結論はまた別の機会に、ということで今回はおそまつ。

番組継続を応援したい!と思ってくださる方は、よろしければサポートをお願いします。収録時の会議室やスタジオ代のほか、番組ステッカー・グッズ制作などの活動費に使わせていただきます。