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愛されたいと願った日

 私が砂に溶けたいと思った日、あなたは突如現れた
何者にもなれなくて、もういっそ何にもならなくていいやと
諦めようとしていたのに。

あなたが登場したことで、私の身体中の細胞が揺らめき、方向性を変えた。

無数の砂の内の一粒になって、地底に溶け落ちていくのを辞めた。
水を得て、陽を浴びて、まとまって、転がって、しがみついて。
何かの形になろうとしてみたくなった。

何かになりたくなった。
地球を美しいと思えるようになりたくなった。

そうなってしまったのだ。

体中からそう叫ばれては、従うしかない。
その声のままに地球で歩いてみた。

水に映る自分が思っていた自分とてんで異なる姿であることを知った。
少し可笑しかった。
陽を浴びることで、その日最初に出逢った花にいつもより元気に「おはよう」と言えることを知った。
自分で統率するには大変なくらい、沢山の自分の面を知った。
時の流れを気にせずに芝生の上でころころすることの悦を知った。
鍵をかけて、誰にも開けてもらいたくないような感情に言葉をつけて、
あなたに差し出すために必死になることの幸せを知った。

こうして過ごした地球での日々は美しくて、美しくて。

もう濁ったあの砂の中には戻れないと思った。
私は私になりすぎてしまった。
あなたが現れたことで、私になりたいと強く願ってしまった。
私になるために生きてしまった。

もう無数の内の1つにはなれない。

でも、私になったところで、目の前にあなたがいない今何も意味はない。
あなたの前で唯一になりたかったのだ。
あなたがいないのならば、数あるうちの1つのままでよかった。
こんなに色々な自分を知らなくてよかった。

こんなに地球が美しいことを知らないままでよかった。

愛されたいと願う自分を知らないまま、
砂でいればよかった。





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