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⑫過去の将来の夢とか、スケジュール真っ白の人生とか

※今日の文章は長いですが、読んだ人をそこそこポジティブにできるかもしれないです。
※文中では話をニ旦(二度、一旦)置きますがご了承ください。


友人って

友人と、電話した。

最近、友人と電話することが多い。突発的な電話が可能な友人は初めてなので、不思議な感じ。いや正確に言えば、自分が突発的に電話してもいいや、と思える人が少数なので、それが一致している点で珍しいのかもしれない。中学で、とある友人と出会ってから、高校ではもう自分にとっての深い友人はできないんじゃないかと思っていたけれど、出会っていくものなのだと電話した友人のことを考えるたびに思う(そう思っているのは彼女も同じだった)。私たちは、会うと、とにかく話し続ける。二人ともマシンガントーカーなので、あまり言葉にしたくない心の奥底にある欲から、世の中に対して思うことまで、抽象度も様々。数日前の電話では、ミセスのMVの良さや、歌詞の意味について語ったり、互いの行動の由来を分析しあったりした。

友人ってなんだろうって考えた時に。自分の気づかない部分の分析を無意識にしてくれている時、その人が本当に自分のことを見ているんだなという気持ちになって少し救われた気持ちになる。ただ人は、無意識に「この人はこういう人」と少し自分の都合で解釈することもある。でも本当に親しい人は、その解釈を会話するたびに少しずつ訂正して、額縁を作らないでいてくれる人なんじゃないかな。これもなんか誰かと話したな。

まぁその話は一旦おいておこう。

中途半端ピーポーにできること

昨日は、自分たちの中途半端さについて話していた。彼女は、小学校の途中で日本に戻ってきたため、どちらにも「なりきれていない」感覚があるらしい。これは帰国子女の大半が通る道だと分かっていても、でも、どちらの国のこともわかっていないんじゃないかと思うこともあるそう。そういう私は、学校で親の話をすれば「可哀想」、社会的には「恵まれてる」と言われる部類。結局のところ、私の学校に多くいるタイプの人たちの苦しみも、児童相談所と関わってきた人たちの苦しみも、どちらも分かるようで、どちらも分かれない中途半端さによって、自分の言葉に説得力を見出せず、何も言えない時がある。
そんな話を通して私たちは「どの立場にもなりきれない/ 分かれないと“理解“している必要はあるかもしれないけれど、それを“理由“に自分を抑え込む必要はないかもね。中途半端ピーポーにできることを探していこう」という仮の答えを出した。

過去の将来の夢 ー二つの楽しさー

今日は、過去の将来の夢について話した。忙しない高校生活から解放されて時間ができると、本当に好きなことに立ち返るよねという話から始まった。私たちは多分「生きがいの楽しさ」「骨が震える楽しさ」の二つを持ち合わせていて、将来に悩む高校生の間は、職業のことも意識して思考する。すると、好きを仕事にしていい場合と良くない場合もあるだろうと思って、どうしても「生きがいの楽しさ」ベースで思考する気がする。自分以外の他者との意義を見出せるようなものを将来の夢として思い描く。私個人が楽しさを見出しているものは、その楽しさを「やらなきゃいけないもの」にしたくないから。

私も自分の胸に手を当てて、過去の将来の夢を思い出してみる。

建築士
空間デザイナー
コピーライター
CMの制作
映像の制作
映画の予告の制作
コミュニティデザイン



教育系

一体どんな化学変化だよ、とつっこみたくなるかもしれない。矢印より上は「骨が震える楽しさ」ベースでの将来の夢だった。人の心を震わせるもの、今その瞬間の幸せを噛み締めて、今日その日を前向きに生きれるような何かを「つくる」人になりたかった。とにかく制作とか創造への欲がとても強い人間だから不思議ではない将来の夢。
ではなぜ教育なのか。その経緯だけでも数万文字は書けるけれど、この文脈に限定をして話をすると、教育に興味はある。それはもちろん教育社会学や教育哲学、心理学等を勉強してみて(学部生のレベルにも及びませんが)興味が芽生えたということもあるだろう。でも「教育が好き」というわけではないと思う。何か自分の中で思い描く社会があって、苦しかった思い出や、少しでも幸せな人増えて欲しいという何かしらの理想があって、それを考えるにあたって、その手段として「教育よいな」とか「教育が障害になっているな」と感じて、教育学を志そうと思ったのだと思う。実際私は、制度としての教育に「救われた」経験と、「縛られた/ 殺された」経験がどちらもある。と認識している。それらの克服のために高校生活の3年間は研究や草の根的な活動を私なりにしてきた。けれど前述のように、そんな忙しなかった高校生活から一歩外れると「骨が震える楽しさ」を思い出す。実際共通テストが終わってから私はひたすらに言語化をした後、1番最初に手に取ったのはスケッチブックだった。でもその、ある意味対立している、あるいは同じ平面状にない二種類の楽しさを掛け合わせたり止揚することも違う気がしている。その二つは独立しているからこそ生きていける気もしている。どうしたら良いんだろう。将来の夢って、何なんだろう。過去の将来の夢を友人と振り返りながら、途方に暮れた。

話を一度ここで切る。(論理だった文章が書けない私のよくないところ)

濁りのない「ありがとう」

電話中、お互いの関係性の話にもなった。彼女と私は、お互い本当に似ているよねと、お互いに言い合っている。好きなものが一緒とか、そういう部分もあるかもしれないけれど、なんか本能的に、似ている。思考の傾向、汚い部分も含めて似ている。エゴを言葉にできる相手って、結構貴重だったりする。でも、相手に関する発言の着地点はポジティブであるから、そこが私の親子関係の「似ている」と違う点。そして似ているからこそ、違う面が見えやすくて、そこについて話す時間も面白い。「結果的な思考形態はとても似ているのに、その由来は違うよね。そんな私たちが出会って、こうやって話しているのって奇跡だよね。」と。だからいつも会話の締めは「出会ってくれて、知り合ってくれてありがとう」。この「知り合ってくれて」という言葉が実は大事で、私たちは3年間同じクラスで、一年目からいわゆる同じ「グループ」にいたけれど、本格的に話して「知り合った」のは二年生からだった。たった一つの出来事がきっかけで、こんなに話すようになった。だから、些細なことや一言で関係性が大きく変わったことを自覚しているから、この関係性への奇跡を噛み締めている気持ちが大きいのだろうと思う。

電話中に、今まで人からもらった手紙を引っ張り出して読み返す会が始まった。手紙って、色褪せるものだと思っていたけれど、全然そんなことない。当時の私に向けられた言葉なのに、まだ、生きていた。三人の手紙をとってあったのだけれど、それぞれ「あぁ、この人から私に向けられた言葉だな」と思った。三人とも、はじめは浅い付き合いで、いつメンではあるけれど、お互いに対して劣等感みたいなものを感じながらのスタート。そこから知り合って、築いてきた関係性だった。多くの手紙に「はじめは〇〇だったけど」みたいな文章も多くて、なんだか面白い。特に下の二つは、沁みた。

今まで嫌いだった人を急に応援しだすとか、自分でもなんだかよくわかんないし理不尽だと思ってた。でも人を信頼して、応援して、友達になるのに理由なんているか!って思って、現在に至るわけです笑

友人Aから私への手紙の一部

自分自身のことなんて一生かけても理解できないんだから、親が子どもの気持ちや言動なんて理解できるわけない。だからそれに振りまわされるのは時間の無駄。あなたの大切な時間は、自分を前に進ませるために使ってね。

友人Aから私への手紙の一部

そうしたら電話相手へ私が綴った手紙も出てきた。

今は良いこと全然ないって思っているかもしれないし、今がどうしようもなく辛いだろうし、私がしてあげられることなんてあんまりない。だからこれは励ましじゃなくてただの勝手な予約なんだけど。これからおばあちゃんになるまでの何十年、多分一回くらいは嬉しいことがあると思う。流石にね。その時、あなたの隣にいれたら嬉しい。だからこれからあなたに降りかかる嬉しいことの隣の席は、私に座らせてほしい。あ、でも、誰かにその席取られたら嫌だから、嬉しくない時もずっと隣にいて、その席を確保しておくね。あなたが席を立ち上がりたくなるくらい嬉しくなるその日まで、ガーナのチョコでも一緒に食べながら、一日一日やり過ごそっか。

私が彼女へ書いた手紙の一部

恥ずかし嬉しい音読会だったけれど、不覚にも、当時私が色々悩んでいる彼女に対して書いた言葉に、今の自分が救われた。きっといつかいい事起こるかもしれないマインドで、やり過ごせばいい。

時折、なんで18年間も生きて来れたんだろうと思う時があるけれど、手紙を読み返して、この人たちがいたからだと、単純すぎるくらいに腑に落ちた

三人からの手紙には、もちろん私を褒めて肯定してくれる文章も多いのだけれど、最終的には決まって「自分を信じて、大切にして、抱きしめて、撫でてあげてほしい」というような言葉が綴られていた。彼女たちは、私をたくさん愛してくれていて、それに本当に助けられている。そしてそれと同時に、彼女たちはいつも、私が私を愛することができるように隣にいてくれる人たちだった。本当にありがとうって、こんなに濁りのない「ありがとう」という気持ちが湧き上がること、言える相手がいること。それだけで本当に幸せ。

幸せのハードルを下げよう

共通テスト後、周りにどう思われるのかに怯えて不安に思う夜ばかりだったけれど、もう復活した。復活というか、リニューアルオープンって感じ。今は、肩書きのない「私」を見てくれる人たちを大切にして、「人生のスケジュールが未定な私の人生、これからもっと面白くなる予定なので、楽しみにしておいてください!」と言えるくらいのメンタルです。まぁなるようになる。なせばなるのではなく、なるようになる。

一時期、友達との会言葉(会ったら言う言葉)が「今日も幸せのハードル下げてこ!!!」だった時があるんですけど、上記の幸せは十分ハードル高い気がしてきた笑笑。

この文章を最後まで読んでくださったあなたの今日の幸せは何でしたか?あ、不幸せでも全然いいですよ🙆‍♀️

本質的に能天気で自由奔放な私より

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