月刊バーバリアン 2022年10月号

平信

・レンシレンジ

驚くべき話を聞いた。
なにやら、電子レンジを「レンシレンジ」だと思い込んでいる人達がいるらしい。
驚天動地、周章狼狽である。よもや茫然自失かと思われたが、そこは不撓不屈の俺であるから、不惜身命の精神で剛毅果断に耐え切った所存だ。
で、なに、「レンシレンジ」!?ど、どど、どおゆうこっちゃ!?
確かに、音で聞いた時に「レンシレンジ」と聞こえる事はある。
だが、これだけ文字が溢れている世の中でその勘違いは不可能に近くないだろうか?
電器屋の広告、TVショウ、インターネット、果ては冷凍食品の裏面や電子レンジ本体等あらゆる場所で目にするし、逆に言えば、普通に生きていて電子レンジという文字列を見ない方が難しい。
例えば、漢字が読めなかったり、音でしか聞いたことがない子供がそう覚えているという話ならおかしいとは思わないが、いい大人が、それも少なくない数で散見されるのは有体に言って理解不能だ。勿論、「有体に言って」等と妙な言い回しをせずとも理解は不能である。
そもそも、そういった人達は「レンシって何?」と思わないのだろうか?得体の知れない単語を当然のように使える感覚が恐ろしいとすらワンチャン思う。
とはいえ、こんなことを言うと「じゃあレンジって何だよボケ」と言い返され、その場合、面食らって「えっえっえっえっ、、、レンジって、レンジッ、あのー、範囲?というか距離?というかそういう意味でしょ。多分。だから電子レンジっていうのは、、、アノッイヤッ俺もよく分からないけどさあ泣」等と答えに窮する可能性があるのでこれ以上の追及は止めておくことにする。

・“それ” と “あれ” について

先日、先輩と会社の倉庫の整理をしていた時のことである。
俺の目の前にはとある商品があった。

「渋谷、“あれ”とってくれ」

先輩は商品を挟んで俺の5mほど向かいに立っており、そう言いながら俺の目の前の商品を指さした。

(え?“これ”の事?)

俺にとっての “これ” は5m離れた先輩にとっては “それ” のはずだ。
まさかな、と思い先輩の指さした更に先、つまり後ろを振り向き、見渡し、俺は訊ねた。

「え?どれですか?」

「“あれ”だよ、“あれ”」

「え?え?どれですか?」

「だから、“これ”だって」

いつの間にか先輩は俺の目の前まで来ており、そう言いながら面倒だなと言わんばかりの表情(ともすれば、本当に小声で言っていたのかもしれないと思わせんばかりの表情であった。)で件の商品を手に取り、目的の場所まで運んだ。
納得がいかない。
“あれ”という指示語を使う場合、その対象物は俺からも先輩からも離れた場所になければダメではないか?
というかこの人、 “それ” という言葉を知らないのか?
もうこの際だから俺が具体的にルールを決めよう。

「人物Aと人物Bを頂点として円を描いた時に、その円の中に入っているもの。加えて、それぞれの人物の半径5m以内にあるもの」

上記の条件を満たすものを“それ”とし、その外側にあるものを全て“あれ”とします。
なお、こんな事を言うと「じゃあ、100m離れていたら凄く大きな円が出来ると思うんですけど、その場合も全部“それ”なんですか?笑」という戯けた質問が飛んできそうだが、常識的に考えて、人は100mも離れた距離で会話をしません。バーカ!(怒らないでよ...。)

・ビールを飲んで「プハー」

ビールを飲んで「プハー」なんて言う輩がたまにいるが、ありゃフェイクだね。欺瞞だよ。
そもそも、酒好きなんて碌でもない奴ばっかりだから致し方ないのかもしれないが(俺は今、とんでもないことを言っている。)。
「プハー」は緊張からの解放を表現しているものと思われる。
「プ」で溜め、「ハー」で解放するのだろう。
子音pは張り詰めたイメージ(パンパン、ペチペチ等)で、母音uは一般的な音象徴の序列「あ、お>え>う>い」で言うと比較的弱いイメージだ。実際に発音するとわかるが、母音uはやはりくぐもった印象がある。
そういった緊張感から、子音hで発散するイメージ(ハッキリ、ホッとする等)と母音a(強い)を合わせることで、一気に解放するという印象を与えるのだろう。逆に言えば、「ポヒー」や「パフー」ではダメなのだ。
まあそんなことはどうでもよくて。
俺が言いたいのは「そんなに緊張するか?」ということだ。
例えば、終業後に飲み会の予定があるとする。
仕事を終え、帰りの準備をして、会場に向かう。
その間、仮に職場と会場が近かったとしても5分はかかるだろう。その間に緊張が解れないことなどあるだろうか?ましてや、席についてビールを頼み、軽い談笑をして、ようやっとビールが目の前に提供される。そんな状態から「プハー」なんぞという文言が出るはずはないだろう。
繰り返すが、ありゃフェイクだ。欺瞞だ。心の底から出ていない。「プハー」と言おうとして「プハー」と言っている。演じていやがるんだ。そう思った次第だ。

・短歌

もうダメか 万事休すか 暇(いとま)明け 眼窩突き刺す 白い太陽

やらいでか 燃やし尽くすぜ この命 誰か着火を 着火してくれ

所得税 払ったからな 俺様は 道路を歩くし 本も借りるぜ

オカピとは どういう動物 だったかな 調べて忘れ 調べて忘れ

抜けた毛を 松の木の葉に 喩ふのは いささか風流 すぎやしないか

それくれる まだ食べるんだ ごめんごめん 余ってるかと 思ったからさ

「難しい」 「わからないのが面白い」 あーいいねえ べんりなことばだねえ

まったくの 無関心では ないですよ そういうつもりで 連絡します

ランジェリー フットボールが 趣味ですね いえ見るだけです とても僕には

えっこれが 目立った傷や 汚れなし それぞれの尺度が あるモンだよな

仕方ない 俺が正義で ある以上 悪は挫く 必要があるから

短歌なぞ これは非常にくだらない 皆頑張って 考察してね



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