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【短編小説】五月病ドライブ (後編)

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 そもそも健吾は車に興味はなかった。
 大学時代、取れる時に取っておこうと免許を取得し、せっかく免許をとったのだからと中古車を買った。
 トヨタのカローラアクシオにしたのは教習車と一緒だからだ。教習所で慣れた車の方がその後乗りやすいという理由だけだった。
 今でもあれに乗ってみたいとか車種にあまり興味がない。大学の周りの連中は背伸びをしてSUVを買ったり、中古のスポーツカーに乗ってる奴もいた。

 だが今ではこのカローラに愛着がある。
 免許を取り立ての頃、四人でよくドライブに行った。一番遠くへ行ったのは『富士急ハイランド』までで、免許を取り立ての健吾にとってそれは大冒険だったが、四人でいればそれも楽しかった。
 その後修二も免許を取ったが、運転はほとんど健吾だった。

 白のカローラで浦和駅まで二人を迎えに行く。
 この車を買った頃は「セダンなんておじさん臭い」と二人は言っていたが、何度もドライブに行くうちに健吾と同様愛着が湧いたようだった。
 助手席に琴葉が乗り、その後ろに明里が乗った。あの頃と同じ配置だ。ただ、修二だけがいない。

「さて、海に行きますか!」
 琴葉が高らかに宣言したので、健吾は発車した。
「予定通り九十九里でいいかな?」
 ペンギンBARであの後どこの海に行くかで激論になった。一杯で終わるつもりが結局あと二杯飲んだところで九十九里浜に落ち着いた。
 一応、確認のため健吾が訊ねると二人は「いいとも!」と答えた。

「しかし埼玉、千葉論争の話になるとあいつら必ず海ないじゃんとか言ってくるよね」
 琴葉が今日もテンション高く口火を切る。
「そうそう、そもそも海がないことをそんなに引け目に感じてないのに」
 今日の明里は明るい。というか、いつもの明里に戻った気がする。
「だいたい千葉の海なんて全然綺麗じゃないじゃん。羨ましくもないわ」
「おいおい、これから行く海のことそんな風に言うなよ」琴葉の言葉に健吾がすかさずつっこんだ。
「まぁ、千葉とどっちが上なんてそんなに気にしてないんだけどね。何か言われたらムカつくから言い返すけど」
 明里が捨て台詞を吐くようなトーンで言った。高校時代、近寄りがたいとか美人すぎて怖いとか言われていたのを健吾は久しぶりに思い出した。

 車は国道298号に入った。
「音楽かけていいかな?」
 健吾は再び確認を取ると、信号待ちで音楽をかけた。『So Far Away』のイントロが流れる。
「キャロル・キングだ、懐かしい」琴葉がいち早くリアクションをとった。
「ドライブに行ってた頃、この車でよくかかってたよね。修二がその都度曲の解説とかしてさ」
 琴葉のその台詞で明里がどんな顔色をしたか、健吾はバックミラーで一瞬確かめた。

 四人でドライブに行く時音楽の担当は修二だった。自前のセットリストを車中でかけて曲の解説なんかをしてたので車中ではみんなDJと呼んでいた。
 修二は70年代の洋楽が好きで、おかげで三人もその時代の音楽に詳しくなった。もちろん四人とも生まれてもいない時代の音楽だったが、ある意味新しく、同時に懐かしさも感じる音楽だった。たまにCMで聞いたことのある曲が流れると修二に解説をみんなで頼んだ。そして今日はその頃の音楽を健吾が用意した。

「昔、四人で富士急に行ったじゃん」
 明里が話し出すと曲はジョニ・ミッチェルの『All I Want』に変わった。車はすでに千葉県を走っている。
「修二、高所恐怖症で富士急でずっと青い顔してたよね。二人ずつ乗り物に乗るじゃん、その間ずっと私に怖い怖いって言ってたんだよね。それ見て初めて修二のことかわいいって思った」
 明里が車窓を眺めながらつぶやくように話す。
「それでさ、私たちが次はあれ乗りたいって言うと結局全部付き合ってくれたよね。自分は苦手なのに。その姿見て改めて好きって思ったな」
 健吾がバックミラーで見ると、明里は寂しそうな顔をしていた。
「帰り道まで青い顔してたよね。そのくせ曲の解説だけはしっかりやってた」
 琴葉が笑いながら言うので二人もつられて笑った。

 修二のことを過去の人みたいに話すので、健吾までもう修二には会えないんじゃないかとそんな気がしてきた。
 三人はしばらくの間、無言で音楽に耳を傾けた。

「俺がさ、前の会社で病んじゃってた時、修二にも一度相談したんだ。あいつも大阪で自分のことで手一杯だったろうけど親身になって聞いてくれたよ。周りはさ、早く辞めろ辞めろって意見ばかりだったけどあいつだけだったな、もう少し頑張ってみればって言ったの。社長もさ、理不尽なところはあるんだろうけど、結局は言ってることをやれないから怒ってるんだろ? ちゃんと求めてることを汲んで結果が出るように頑張ってみたらって言ってた」
「なんだか修二っぽいね」琴葉が頷いた。
「でもさ、結局辞めちゃったじゃん。それも修二に報告したんだよ。そしたら、やれるだけやったならしょうがないじゃんだって。お前に能力がなかったんじゃなくて求められてるものが合わなかっただけだから次行けばいいじゃん、どの環境が自分に合ってるかなんて分からないけど、どこに行ったって出来るのはやるべきことを全力でやるだけだよって言ってた。俺、それ聞いて少し気が楽になったんだ」

 カーステレオからはダニー・ハサウェイの『What's Going On』が流れている。
「そろそろ海が見えてくるはずだよ」
 健吾がそう告げると琴葉は「海! どこー? ハマグリ食べよう! 焼きハマグリ!」と、はしゃいだ。

 九十九里浜に着き、三人は砂浜を歩いて海を眺めた。
「思ったよりは綺麗じゃん!」
 琴葉がそんな減らず口を叩く。
 岩礁もない海岸は、地平線だけでなく右も左もどこまでも海が続いているように感じた。
 しばらくの間三人は何をするわけでもなく海を眺めていた。

「ねぇ、近くに貝焼き屋があったよ。ハマグリ食べ行こ!」
 スマホをいじりながら琴葉が提案したので貝焼き屋へと向かった。
 店内は家族連れやらカップルでなかなか盛況していて二階席に通された。芸能人のサインとやらも貼ってある。
「いい雰囲気だねー、早くハマグリ食べよ!」何回ハマグリって言うんだよと健吾はつっこみながら店員を呼ぶ。
「二人は飲んでいいよ。俺は運転だから」
 健吾がお酒を勧めると、二人は「えー、わるいよー」と顔を合わせ「じゃあビールで!」と笑顔で言った。

「信じられないぐらい美味しいね、このハマグリ」
「よかったね、念願のハマグリが食べられて」
 二人のやりとりを明里もビールを飲みながら笑顔で聞いていた。
 確かにハマグリもホッキ貝もホタテも美味しいし、何よりそのビールが美味しそうだと健吾は心の中で思った。

「実はね、修二と別れてLINEをブロックされた時、一人で大阪に行ってやろうと思ってたの」
 貝を焼きながら明里が言った。
「でもね、好きな人が出来てLINEをブロックしたってことはそういうことでしょ。そんな中、無理矢理会いに行っても何にもならないし。それに私が望んでいるのは必ずしも恋人に戻りたいんじゃなくて、友達でもいいからまた会いたいって、また四人で遊びたいことだって気づいたの。だから、そのうち健吾にでも連絡が来てそんな話になったらそれでいいって思ったの」
「うん、そのうち連絡は来るよ。俺からも連絡してみるし。もし連絡来なかったらその時は三人で大阪に乗り込んでやろうぜ」
 えっ? という目で二人は健吾を見た。
「だから、このまま連絡来なかったら夏ぐらいに休み合わせて大阪行こうよ。三人で車でさ」
「車で?」琴葉が聞き返す。
「うん、今日久しぶりに運転して楽しかったし、新しく車買おうと思ったんだよね」
「何? 車買うの? いいじゃん!」
「あのカローラにも愛着はあるんだけどね、ローンで新車買って仕事を頑張るモチベーションにしようかなってふと思った」
「次はミニクーパーみたいなかわいいやつにしなよ」琴葉が提案する。
「いやいや、アルファードぐらい大きいやつでキャンプ行こうよ」明里も参戦した。
「それでさ、その新しい車で今から大阪行きまーすっていきなり修二にLINEしようよ。途中のサービスエリアでも写真とって送って、だんだんと大阪に近づいてる実況するの」
 健吾が楽しそうに説明すると「何それ、メリーさんみたいで怖い」と明里が笑った。
「それで最後は、あたし明里。今あなたの後ろにいるのって言うんでしょ?」笑いながら琴葉も言った。
「やだー!」明里が叫んだので三人は爆笑した。

「ねぇ、ビールおかわり頼んでもいい?」
 琴葉が上目遣いで健吾にお伺いを立てる。
「いいよいいよ、好きなだけ飲みなよ。それに俺の奢りじゃないから許可なんていらないよ」
「えー、奢りじゃないのー?」
 琴葉はムスッとした演技をした。
「じゃあ、イワシの刺身も追加で!」
 肩の前まで手を挙げて明里が笑顔で言った。



(了) 





青春小説というのを書いてみたくて今回チャレンジしてみました。
自分が送ってきた青春とは程遠いものですが、だからこそ書いていて楽しいものがありました。
唯一、作中に出てきた音楽は当時の私が聴いていたものです。
もっとマニアックなものを登場させようとも思いましたが、それはまた別の機会で。出てきた音楽は有名なものですがどれも素晴らしい曲なので、機会があれば聴いてみてください。

『話には出てくるけど登場しない人物』ってのも一度やってみたくて、試してみたらこちらも楽しかったです。
今後も短編でいろいろとチャレンジしてみて、いつか長編小説を書いてみたいなと思いました。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

最後まで読んでくださりありがとうございます。サポートいただいたお気持ちは、今後の創作活動の糧にさせていただきます。