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知床へ流氷を見に行こう②

2/24  
旅程2日目。

朝の網走湖

網走 
「ア・パ・シリ(我らが・見つけた・土地)」
または網走港頭にあるカムイ・ワタラ(神の岩)を漁民のアイヌが崇拝し、木の幣(イナウ)を捧げたことから、チパ・シリ(幣場のある島)と呼ばれ、それが訛って「アバシリ」になった と語源は諸説ある。

遠近感が狂う

まっさらの新雪が積もっていたので満足するまでひたすら足ででたらめな絵を描く。

キツネかな

知床・斜里方面へ出発。
途中の天都山にある北海道立北方民族博物館へ立ち寄る。

トナカイの毛皮を使ったロシア・チュクチの防寒具
カナダ・イヌイットの女性用衣装。背中に垂れる大きなフード。全体に色鮮やかなビーズが縫い付けられている

北海道、サハリン、アムール川流域、アラスカ、グリーンランド、スカンジナビア、極地圏。世界中の北方諸民族の歴史や民俗、伝承、精神文化を対象とした展示をみることができる。

ひと口に高緯度低温の北方といっても、内陸、海岸、森林、ツンドラなど地域によって環境や利用する資源のグラデーションは多様にわたる。海獣か、魚か、トナカイを獲るか。温暖な地域に比べてどうしても限られる素材をいかに余すことなく使い切るか。長く厳しい冬と夜を乗り越えるために育まれ語られてきた豊かな精神世界を覗き見る。

全てが凍りついている海上で、イヌイットの男性が完全な素手でささっと小さな工作をして、息継ぎのために水面に一瞬顔を出すアザラシを鮮やかに仕留める動画をみた。羽毛と紐、木片と銛一本。がさがさとした手の皮フの厚さ、硬さ、たくましさ。と同時に工作物に貼り付けた羽毛一本で氷の下のアザラシの息遣いひとつを感じ取る感覚の細やかさに恐れ入った。

北方に暮らす人々の衣装や持ち物の細工にはさまざまなものが織り込まれる。性別、身分、属している集団、交流の証としての他民族の装飾品。これらの模様を縫い込むひと針ひと針の時間の流れを想像する。

今回は次の予定の時間が迫っていたので、駆け足で細かい部分をよく見ることができなかった。きっと何度見ても新しい発見のある重厚な展示だと思う。

博物館を出て車を進める。

ひたすらにいい天気

知床・斜里に到着。
写真家・石川直樹さんの展示をみる。

映画「斜里 昭和ノ映写室」

知床・斜里の住民の方が個人的に所有されていた8ミリテープを映画監督の三好大輔さんが収集して編集、映像化した連作の記録映画。今回の上映会では劇中で音楽を担当された寺尾紗穂さんも来られていて、実際に映像を見ながら即興でつける生のピアノの音を聴くことができた。

暗闇の中で石川さんがシャッターを切っている。
カ  シャと露光時間の長い音が聞こえる。会場にはテープを提供した方も何人か来られていて、懐かしい、あれは誰々さんだ、あの祭りだね、と笑い合いさざめく声が聞こえる。スクリーンに映写した強い光が照明を落とした広いホールの床にゆらゆらとこぼれ落ちていて、これはかつて誰かが見た木漏れ日だと思った。見知らぬ人の記憶の光が今現在の光と混ざり合って、記憶の澱が揺り動かされ、浮かび上がり、また新しい光になってその場にいなかった人とも共有されていく。眩くて目を細めた。とてもいい映画だった。

寺尾紗穂さんのライブがその日の夜に近くで開催されるとのアナウンスがあり、そのままエイヤッと飛び込むことにした。

陽が暮れる前に、石川さんがウトロ方面にはまだ流氷がぎっしりあったと話しておられたので見に行く。

青い海がどんどん白くなっていく
遠くには知床連山がみえる

流氷のある海はとても静かだ。外洋の大きな波が氷に吸い取られて岸まで届くことがないからだ。流氷どうしが擦れ、重なり、砕けるキシキシとした音だけが聞こえる。流氷が鳴くともいうらしい。

流氷の向こうに陽が沈んでいく


寺尾紗穂さんのライブに向かう。
場所は斜里のペンション「しれとこくらぶ」。

中央に大きな暖炉
赤々と薪が燃えている


寺尾紗穂さんの曲を初めて聴いた。初めてがライブなのはかなり贅沢だったと思う。
寺尾さんの歌は音楽としての強さと、言葉としての強さが両立していた。自分の足で立ち、聞き、話す人の歌声だった。文章にすると多分言いたいこととどんどんずれていくような気がするので、ここには書かない。帰ってきてからも何度も繰り返し聴いている。

夜9時にフライを食う。うまぁ〜
疲れすぎていて画角が終わっている。


ホテルに帰り、力尽きる。

最終日に続く!

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