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うつ沼から這い出たきっかけ

強そうで、明るく、言いたいことを言って笑っているというのが外から見た私のイメージだ。最近はうつの認知度も上がってきて、そういう類いの人もうつになることがあると理解されてきている。

そう、私は10年少し前にうつになったことがある。

直接的なきっかけはなんだったのかももはやわからないが、喪失がその頃の私に次々と降りかかった。初めの症状は「眠れない」ということ。ただこれがのちに「うつ」の原因になるとはつゆとも知らず、とにかく眠れない。
それが何日も続き、なんとも言えぬ不安が夜に始まり、さらに朝になるとより強く不安は襲ってきた。このままずっと朝が来なければいいのにと思いながら生きていた。朝が来るのが怖いのでその前に命を終わらせてみたくなるような気分さえあった。(実際そんな勇気はなかったが)

そのころはサラリーマンだったので、元来の真面目な性格から「必ず会社には行く」という自分なりの決まりがあった。だから寝れない夜を越え、恐ろしい朝を迎えても会社には行くことにしていた。
会社でもどんなに良いことがあろうと、心は何も感じなくなっていた。誰かの話は上の空。頭では理解できるものの、心がないという感覚だった。

私にとって会社があったことは幸いだった。会社にいることは他人と言葉を交わす必要もあるので、心の中では悶々としていたとしても、少しはそれが軽減されていたため、唯一の救いだった。

ただ「空虚」だった。

うつ経験のあった親友に状況を話すと「うつかもしれないから心療内科に行ってみなよ」と説得された。
気が進まず、親友の何回目かの勧めでようやく心療内科へ足を運んだ。会社の近くにあった心療内科に行くと「こんなにいるのか」というくらいに診療を待つ人が溢れていた。何度も行くが、処方される薬がなかなか合わず状況が良くなる方向に向かうことはなかった(そんなに簡単に状況は改善しないことは、今にして思えば当然だ)。
気持ちは焦るばかりだったが「治る」という糸口は身体の病気や怪我と違い、医師も自分も誰もわからなかった。
思い悩む回路が脳みその中をうずまき、その回転のようなネジがグイグイと自分を苦しめているような感覚だけがわかるようになった。だからこのネジが現れて回りそうななったら睡眠導入剤を飲むタイミングだと段々とわかってきた。
だからと言って、このネジが出てきて回転する根本の不安や苦しみを取り除くための方法は見当たらなかった。

恐ろしさは夜だけではない。週末はもっと恐ろしかった。

自宅で長時間誰にも会わず悶々としてしまう問題に打開案が見つかった。「我が家のリビング」と勝手に名づけていた新宿御苑にひたすら行くことにした。年間パスポートを購入し、シートと本と温かい飲み物が入った水筒を携え、自転車で向かった。たとえそれが寒い冬だったとしても、朝から夕方まで寒空の中ブランケットに包まって本を読んだり、空を見て寝ていた。
外にいる時だけ不安は少し軽減されていたが、家に戻るとまたネジが回り始めた。

薬を飲むとドッとだるさが入り、ネジは逆回転して「どうでもいいか」という気分になる。薬が強すぎると起きた時のだるさが抜けないので、心に加えて身体も辛くなった。薬の加減が難しい。

心配した友人が会ってくれようとするのだが、一度に会う人数は1人か2人しか受け付けない。2人でもギリギリだった。誰かに気を遣うことが辛くなったり、会話のバランスをとることが難しいと感じるようになってしまい、自分の融通のなさにも落ち込んだ。

ある日、良い薬をもらえるかと、別の心療内科を試してみようと訪れた。
病院の受付で名前を聞かれると、それだけで涙が出て答えられなかった。自分の行動が意味することを理解できなくなった。

その心療内科では、臨床心理士とのインタビューと医師の診察のセットで、インタビューは1時間あり、臨床心理士は私の心のどす黒い部分を聞いてくれた。その後、医師の診察の流れなので診察室に呼ばれると、先生の後ろに女性の看護師なのか医療事務のスタッフかどちらかわからないが、先生を見守っていた。
私と同じくらいの年齢であろう先生は一通り私の話を聴き「軽うつだね」と診断した。
そして、先生は激しく机の前にあるボタンを連打した。まるでテレビゲームで佳境に入っている人がボタンを叩くような速さだ。ボタンは診療室の外の受付につながっており、けたたましくブザーの音が鳴っていた。受付と診療室を区切る小窓が開き、先生が連絡事項を受付に伝え、また小窓がさっと閉まって診療が終わった。2回目のインタビューと診察に行くと、前回同様すごい速さでボタンを連打をしていた。

先生は明らかに私よりぶっ壊れていた。

心療内科から出て、帰宅する道中ふと頭をよぎった。「先生がぶっ壊れている場所に行くと、2回でディズニーランドに行ける金額なんだよな」と。

私はその時を境に心療内科に行くことはなく、それまでもらっていた薬でなんとかうつの状態から抜け出した。ディズニーランドにもその後一度も行ったことはない。そのまま段々と薬を飲む回数は減り、怖かった朝も怖くなくなった。次第に自分がうつだと言うことすら忘れていった。

あの心療内科はもしかすると名医ではないだろうか。


注意 
これはあくまで私の経験であり、この方法が多くのうつに功を奏すとは限らない。


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