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【ピリカ文庫】なんで私が菊池寛!


片山利都リツは県内でも上位の進学校に入学した。
この高校は母に薦められ、自分でも憧れていた。しかし実力的にはギリギリの合格だったと思っている。
入学後、生活習慣が緩んでいた自覚はあったが、2年生になると学力の急降下に呆然とした。

利都は学校では息を潜め目立たないように過ごした。同じ中学の出身者は少ない。それでも出来るだけ避けていた。
成績優秀で生徒会で活躍していた自分が遠い別人のように思える。友達を作るのにも臆病になり、休み時間は一人で過ごすことが多くなった。

そんな自分にだんだんと慣れて来た学期末。
昼休みに文庫本を読んでいると声をかけられた。
「いつも本読んでるね」
2年生から同じクラスになった大崎慎也だ。にこにこしている。親しげな笑顔と優しい声に、利都の心臓がビクンと跳ねた。
「別に…いいじゃない」
そう言って不機嫌に本を伏せると、慎也は笑顔のまま通り過ぎて行った。

大崎慎也はいつ見ても誰かと絡んでにこにこしている。決まった友人もいないようだが、誰といても親しげな雰囲気に見える。
人に対して何の構えも感じられない。
ふわーっと風が通り過ぎていくみたいな笑顔だった。


窓際の席で歓声と笑い声が上がった。
「おばさんみたいじゃないか!」
「漱石おばさん!」
「さすが美術部!」
「これ美術っていうかぁ?」
教科書の顔写真に、慎也が落書きをして笑わせている。絵が好きな慎也は、よく似顔絵やいわゆる「ラクがお」を友だちからせがまれる。

慎也がみんなに囲まれている時、利都は孤独だった。今まではむしろ一人が気楽だったのに、無意識に慎也の姿を探すようになっていた。本に向かっている時も、慎也が声をかけてくれないだろうかと、本は上の空になっている自分に気づくのだった。


夏休みに入ると利都は1週間の夏期講習を受けることになった。成績が下がったと知った母が、強く勧めて来たのだ。母に心の中で毒づきながら、不安に後押しもされて、渋々家を出るのだった。

そんなある日の午後、コンビニの駐車場でパプコを食べていると、自転車が止まった。
「片山さん」
大崎慎也がにこにこしていた。
「講習、遅れる!」
ドギマギして利都は立ち上がった。
「何言ってんの、もう終わったよ。俺いま帰り」
利都は「あー」と言ったまま照れてしまった。
「サボっちゃった」
苦笑して、再び縁石に座った。慎也もニヤニヤしている。

「片山さん真面目そうだから、サボるなんて意外」
慎也が言うと、利都は「真面目じゃないよ」とつぶやいた。
「お母さんの言いなりで講習行くのもう嫌になっちゃって。お母さんなんか、自分が安心したいだけなんだ」

なぜこんなことを言っているんだろう。
慎也は静かな目をしてこちらを見ている。
もっと話していたいけど。
利都は、2個イチのパプコのもう1個を慎也に手渡して、「じゃあね」と離れていった。


2学期が始まり、利都はほっと一息ついた。学校にいる間は、母の小言や見栄っ張りに付き合わなくていいからだ。
二言目には妹の玲奈レイナと比べて、あなたは努力が足りない、やればできるのに、なんて言う。
賢くて見目麗しい玲奈は母のお気に入りなのだ。弟のガクはまだ小学生だが、すでにわが道を行くような気配で手に負えないことがあり、母は心配し始めている。

「お向かいの真亜子ちゃん、夏休みは図書館ばっかり行ってるようよ。あの子にまで追い越されたらどうするの!」
どうする?こっちが聞きたいわ!なんなら追い越されてあげようか?
利都は心の中で文句を言う。
顔を合わせたくないので、休み中は、部屋に閉じこもっていたのだった。


2学期になると間もなく、学園祭の準備が始まる。利都は帰宅部だが、母と顔を合わせたくなくて、文化部の準備の様子を見ながら校内でうろつく。
足の向くまま、美術部前の廊下に差し掛かった時、
「慎也、転校するらしいよ」と話す声が聞こえた。
「そんな遠くじゃ、なかなか会えないかもね」
利都は時間が止まったような気がした。

学園祭当日、利都は美術部の展示に行き慎也の作品を探した。
どこだろう?風景画、人物画、抽象画、デザイン画、どこを見ても見つからない。もう一度、とゆっくり見て歩くと、あった。
抽象画が並んだ中に、小さめの額に収められて。
「心象・その1」というタイトルだった。
重苦しく、暗く、救いのないような画面だった。
光の当たる場所はどこにある?空気が通いそうなところは?出口は?
利都はその絵を見続けることができなかった。

いつもこういう絵を描くの?今まではどんな絵を描いてきたの?
聞きたい。あの絵の意味を。どんな気持ちで描いたの?
会場を回って慎也を探したが、どこにも彼の姿はなかった。

学園祭の代休が明け、朝の会で、慎也はすでに転校して行ったと話があった。家庭の都合という理由しかわからない。
クラスではさまざまに憶測が飛び交ったが、どれもふわっと消えて行った。
あの作品も話題にはなったが、普段の慎也からの想像が追い付かず、いつも明るくて親しげだった慎也は、風が通り過ぎたように、クラスからいなくなっていた。


衣替えも終わり、秋らしくなったある日の国語の時間。
今日からは「下」の教科書だ。毎度置きっぱなしの教科書を机から出し、パラパラと何気なくめくる。と、憶えのない落書きを見つけた。それは誰が見てもわかる利都の似顔絵になっていた。
「ラク顔!」
心臓がビクンと跳ねる。
そこには、薄い紙を二つ折りにしたメモが挟んであった。

いつも一人でいられる片山さんが羨ましかった。俺はみんなが笑っていないと不安で焦るから。学校にいると疲れた。でも家に居ても辛かった。
片山さんは無理に笑わなくてもいいし本心で話せそうだから、もっと喋りたかったな。
俺は母親が遠くの施設に入ることになるんで、そっちの高校に通うことになりました。母親の実家があって、そこから通学するんだ。
そんな話も片山さんとならできそうだったけど。急な出発になりました。
いつかまた会えることがあったら、いろいろと話したいです。
ではでは。元気でね。

ps:ラク顔描いた 「心象・その2」 傑作w


「もう…大崎慎也!なんでラク顔こいつなんだ、何が傑作だ!…似てるけど」
利都は腹が立った。さっさと行ってしまったこと。辛いときもあんな笑顔でいたこと。
しかし、利都の似顔絵に「心象・その2」というタイトルをつけていることが、ほんのりと嬉しかった。

また会えるといいな。会ってもっと話がしたい。
「会ったら問い詰めてやる…なんで私が菊池寛キクチカン!」
利都は、授業中、笑いを堪えるのに苦労した。



おわり



       *    *    *


【ピリカ文庫】にお招きいただいて、とっても嬉しかったです。
ありがとうございました。
お題は「教科書」
・・・難しかった。
私自身も、子ども達も、もうだいぶ遠ざかったので。
それでも、最近書いた創作から、学生の利都を引っ張って来て
がんばってもらいました。

教科書といえば、ラク顔(※個人の感想です)。
今時の教科書に、菊池寛はさすがに載っていないとは思いましたが。
今は誰が国語の教科書に取り上げられているんでしょうね。

私は音楽の教科書に載っていた、ムソルグスキーの写真に落書きしたのを覚えています。「禿げ山の一夜」という曲を鑑賞する時間でした。
授業中何やってんでしょう笑
やっぱり、ど派手なおばさんみたいになりました。





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