「わたしの松本人志論」


これまでnoteで書いてきたことは、自分の思い浮かんだことや行ってきた先のことなどについて自分の思いつくまま、てらいもなく書いてきました。

が、noteでお世話になっていた方が「大人のせたがや作文教室」と銘打って久しぶりに"ここ"に復活を遂げられました。

そこで文章の添削をなさっていただけるとのことなので、僕の書く文章の文法や構成力がどの程度なものか、お言葉に甘えて少しチャレンジしてみようと表題にも書いた「お題」についてちょっと考えてみたいと思いました。


でも、少しドキドキしますね😅


では、まいります。




僕は「松本人志」という個人について、特別な思い入れがあるわけではありません。

週刊文春で書かれた記事は複数の女性が彼からひどい目に遭わされたというものらしく、それが事実であるかどうかも、当然僕には分かりかねます。

なのでこの「お題」を出されなければ正直「窮地に立たされているな」程度ですので、このように文章として自分の思いを書き出すこともありませんでした。

ただ、僕は日本の漫才を含め笑いの構成は「この人によって変わった」と思っています。

というか笑いの構造の変化に「一番うまく乗った」と言った方が適切でしょうか。

かつて漫才は、話芸を通じて笑わせるいわゆる「しゃべくり」が定石でした。

漫才は"芸"ですので、他の芸事と同様「師匠が弟子に伝える」ものでした。

しかし、「この人」は「大阪NSC1期生」。

笑いの原点である「緊張と緩和」。

それを師匠ではなく”学校で学んだ”のです。

ですので「この人」は、笑いを伝承から個人のセンスが問われる瞬発力や定型化(大喜利の際フリップを使う手法や、写真を見て一言という手法等)することへと「パラダイムシフトさせた人物」と思われます。

しかし「この人」に「漫才は芸事」と伝えられる人は、いませんでした。

それは「この人」の才能を伸ばしはしましたが、才能を誉めそやす人ばかりで「戒められる者もいない」ことにも繋がったのではないかと思います。

その結果が、「今」ということなのかもしれません。













この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?