ジェーン・バーキンに会いたくて

映画館で映画を観るのなんて一体いつぶりだろう。最近映画館に行ってないな、と思っていた。「最近」を指折り数えてみたら、5年11カ月ぶりだった。

不規則な仕事に追われ、その後は再生産労働に追われ、コロナ禍も挟み……気付いたら映画館は私にとって随分と先の「贅沢」になってしまっていた。あれを片付けてこれをやりくりして準備して、あの人にこれをお願いして、この人にこれを助けてもらって……いくつものハードルを飛び越えなければ、一人で外出することもままならない。そんな日々を過ごしている。自分の体ひとつで気軽に出かけられる自由、それがこんなにも贅沢なことだったなんて!

 それでも私にはどうしても見たい映画があった。いま、どうしても観なければならなかった。
『ジェーンとシャルロット』。ジェーン・バーキンの娘、シャルロット・ゲンズブールが母としてのジェーンと対峙したドキュメンタリーである。この夏、日本でも公開になると知って気になっていたところに、突然の訃報が報道された。ショックと言うよりも、ああ、この人も旅立ってしまったんだなという静かな喪失感が胸に降りる感覚になった。

1999年、15歳だった私はTBSで放映されていた『美しい人』というドラマを観ていた。ドメスティック・バイオレンスとミューズの面影についてのシリアスな描写は、多感な15歳には衝撃的だったが、それ以上にこのドラマの印象を際立てていたのは、ジェーン・バーキンの楽曲だった。『無造作紳士(L’aquoibonist)』と『哀しみの影』(Yesterday Yes a Day)が使われていた。これらの曲の虜になった私は、目を凝らして画面を流れ去るドラマのスタッフロールを読み取り、どうやらこれはジェーン・バーキンという人の音楽らしい、と知った。まちの古いレコード屋さんに行って探したら、果たして田舎の小さなお店にもちゃんとジェーン・バーキンはいた。ドラマ放映に合わせて発売された日本限定のアルバムらしかった。
歌詞カードがジャケットと一体になっていて、小さな絵本のようなデザインのアルバム。それさえもおしゃれで特別で、私はほとんど初めて触れるフランス語の歌詞を一所懸命耳で捉えて、音と文字の対応を指でなぞっていった。『想い出のロックンローラー』『ジョニー・ジェーンのバラード』『バビロンの妖精』など、代表曲がたくさん収録されていて、何度も何度も夢中で聴いた。ただし、『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』は、10代の私には刺激的過ぎて、流れ始める前に次の曲に飛ばしていたのだったが。

大学生になって友人たちとカラオケに行った際、『無造作紳士』があるのを見つけ、フランス語は全くわからないままなのに、耳で覚えていた発音を思い出しながら歌ってみた。あー!聞いたことある、いい曲だよね。あ、知ってる、このドラマ見てた。そう言う人とは仲良くなれたものだった。

ある時は、フランスの帰国子女の友人が、「この曲はフランスの音楽の教科書に載ってるわ」と言って、華奢な指でウェーブのかかった髪をかき上げながら、ネイティブと相違ない発音で歌ってくれたことがあった。美しい美しい響きで、友人の横顔がジェーン・バーキンその人のように見える気がするほどだった。そのときは、ドイツ語学科ではなくてフランス語学科を受験すればよかったかな、と少しだけ後悔した。

『ジェーンとシャルロット』の中で出会うジェーン・バーキンは、これまでイメージしていた彼女とは大分違っていた。なかでも大きな印象をもたらしたのは、彼女の抱え続けてきた「不安」の存在感である。16歳の頃から睡眠薬を常用してきたこと、「優しい言葉をかけて」と夜通しパートナーに言い続ける情緒不安定さのこと、ゲンズブールとシャルロットと暮らした家に残した思い出、最愛の娘ケイトを亡くしてからの肉体と精神の大きな変化、そして、3人の娘たちに対して、フェアであろうとし続ける彼女の完璧主義の、その源泉にあるもの。その切ないまでの「信仰」が、彼女をここまで脆く、強く、精錬し続けてきたのだと思った。

ゲンズブールの不在、“不存在”=圧倒的な存在、が描かれていることも、この映画の大きな特徴だろうと思う。
なぜパパとの間にもうひとり子どもを考えなかったの、とシャルロットが尋ねた際に、バランスが崩れてしまうと思ったから、と答えるジェーン。ケイトとバリー、シャルロットとゲンズブール。そしてルー・ドワイヨン。3人の娘たちとの関係に対して、いつもフェアであろうとするがための葛藤、焦燥感、闘志のようなもの。ああ、そうだよ、そうなんだよ、完璧でありたかったんだよ。その場面を見ながら、私は自分自身の「信仰」のことを思った。涙が止まらなくなった。信仰。

「私は、あなたのために完璧でありたかった!!」。

ジェーンとシャルロットが『ジョニー・ジェーンのバラード』をデュエットする場面がずっと頭を離れない。優しく、切なく、包み込むように柔らかでしなやかな2人の姿が美しかった。2人がこの距離を受け止められるようになるまでに、一体どれほどの時間と努力が必要だったのだろう。

もうひとつの印象的な場面は、ラストシーン近くの、緑の丘の場面だ。
緑の丘の上には白い雲の浮かぶ遠い青空が広がっていて、駆け上っても駆け上っても、永遠の向こう側にはたどり着くことができない。でも、駆け上り続けなければいけない。向かい風のなかを走って、走って。夢中で。生きている限りは。



私は、5年11カ月前にもこの同じ映画館で映画を観たのだったと思い出した。そうだ、最後に映画館に来た時もここだった。何を見たんだっけ。それは忘れたのに、日付は覚えている。だってあれは私の誕生日だったから。苦笑しながら思う。
いま、あの時には存在しなかったものが確実に存在していて、私はその存在に対して責任と倫理を有しているということ。一方的に破棄することの出来ない、この精神を蝕まれるようなプレッシャーと、刻々と時間に追い立てられ続ける日々の生活。私がこの世に、自ら望んで招待した命に対する、愛情という名の義務と責任。その震えるほどの重みと喜び。

「不存在」である者の倫理と責任を問うのではなく、私は自分の自由と人倫との両立を、きっと実践していこうと思う。たくさんの人と一緒に。あらかじめ定められた理想を追いかけるのではなく、現実のなかに見えてくる、まだ見たことのない希望に目を凝らしながら。

ジェーン・バーキンは微笑みながら去ったのだ。
かつての私の「信仰」もまた、彼女の次の言葉を借りて表すことが出来るだろう。私も、それを後悔はしない。

Je voulais être une telle perfection pour toi!

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