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怪我の少ない人生だって良い

「可愛い子には旅をさせろ」とか「若い頃の苦労は買ってでもしろ」とも言うし、自身の人生でも失敗や痛みを伴う経験は成長の糧になってきた。だから子どもはもちろん、人の失敗経験を邪魔するようなことはしない。だけどまた違ったベクトルで思うこともある。


人によって、強さは様々だ。肉体のそれもあれば、メンタルのそれもあるし、感覚だって過敏だったりすればダメージがでかかったり回復もでかかったり、本当に人によって様々だ。だから『苦労』とか『痛み』といってもそのダメージ具合も人によってその強弱も様々だ。


だから思う。繊細で大きなダメージを食らうような人は、別に積極的苦労はしなくていいと思う。日常の些細な出来事で、十分にダメージを食らっている可能性が大いにある。だからいい人だけ選んで付き合っていけばいいと思うし、いい環境だけ選んで生きていってもいいと思う。


私は新潟生まれの東京育ち。若い頃は新宿歌舞伎町でバイトしたり渋谷センター街でバイトしたり、それは裏黒い人も目にしてきた。裏黒い話だって耳にしてきた。気を張って鎧着てガード固めておかないと、若い女は歩けたもんじゃない、と私は感じていた。声をかけてくる男をガン無視しながら気もかけず歩く感覚は、田舎で暮らしている今は使うことのない感覚だ。そして田舎にはそんな感覚を発動させたこともないだろう人がたくさんいる。「人を信じるの早いな~」なんて思うこともよくある。それは生きやすい世界で、私は気に入っている。騙そうとする人間のいる率が全然違う。裏黒いものに対して身を守る感覚なんて、一生発動させないで生きていたっていいと思う。

(ただ東京の都心部以外でも、よく知らないバーやスナックに入るのはオススメしない。普通にボッタクリは其処此処にある。)


私も繊細なほうだ。感覚過敏でいろんなことに気づいてしまうし、色々自分を守りながら生きてきた。よく東京で生きてこられたなと思う。身を守る経験値はついたと思う。失敗も痛い目も経験した。怖い思いもした。それらは人生を豊かにしていく経験値の一つにもなってはいるが、必須ではないと思う。のんびり平和な痛みの少ない人生だって、きっと豊かだと思う。きっと。


人それぞれってこと。

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