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madokajee×Azul 010



『 アンビバレンツ 』

「蓮って地味じゃね?」
同じベンチに座ってタバコを吸っていた相方が言う。
「なーんか地味だしさ、すげーきれいな水に浮かんでるわけでもないしさ。ここのベンチに座って蓮見てたら、俺ちょっと気分落ちてくるわ」
明るさと人当たりが取り柄の相方。

おまえ、蓮の花見たことある?
「え、こいつ花なんか咲くの?どうせ地味なんだろ?」
違うんだよ。蓮の花って物凄く綺麗で、ものすごく高貴な花なんだ。おまえどこの宗教でもいいからググってみろよ。蓮の花って女神の化身なんだぞ。
俺もタバコに火をつけながら、ぼそぼそと言う。
「どうでもいい、興味ねぇ。だったらそこを歩いてる脚のきれいな子のほうがずっといいや」
そうだろうな、と俺は苦笑いする。

蓮の花はとんでもなく綺麗な花を咲かせる。
密教では泥の中にあってもその美しい姿を保つと、吉祥天女と同じ扱いだ。
あのとんでもなく綺麗な花を見たのは、もう何年前だろう。
バックパックを背負ってフラフラと、アジアのあちこちへ。
見たこともない光景を一生分見たような気がする。
その中に蓮もあった。

「蓮って要するに蓮根だろ?俺あんま好きじゃねぇんだよな。婆さんが好きだからたまに出てくるけどさ。俺残しちゃうよ」
相方と話していると、どうしても苦笑いが出てしまう。
俺とは真逆の性格。好きと嫌いだけで世の中の全てを決め、派手で流行のものに弱い。もちろん、派手なおねえちゃんにも弱い。

俺は…どうなんだろう。俺はどんな人間なんだろう。
少なくとも通りすがりの女の子の脚より、蓮を眺めていたい人間だ。
すごい勢いで思ったこともぶつけないし、少し考えてから言葉を口にする。
別に思慮深いわけじゃない。元々がそういう性質なのだ。

「なあ、あれあれ!」
相方が指差す方を見ると、蓮の花が咲いていた。こんな時期に珍しい。
深いピンク色に、複雑な花の形。どの宗教でもあの上に女神を乗せたくなるのがよくわかる。
「あれ、蓮の花?」
そうだよ、きれいだろ?
「思ってたよりは綺麗だけどさ、もっとこう、バラとか、カサブランカとかそういうほうがよくね?泥の中に浮かんでる花とか、俺いまいちだな」
そうか、と言ってタバコを消す。

こいつには蓮が女神の乗り物には見えないんだな、と溜息をつく。
人間それぞれだ。こいつのように明るくて人当たりがいいと、すべての好みが派手になるのかもしれないな。

「ちょ、先輩、俺先行くよ。このあとアポ取れてんの。わりといけそうなやつ」
ニヤニヤしながら靴の紐を結び直す相方。
わかったよ、○時になったら俺も会社の前にはいるから、もう少しここで蓮を眺めさせて。そう言って2本目のタバコに火をつける。
「はいはい、でも俺先輩のそういうクソ地味でマイペースなところ、嫌いじゃないよ」
生意気なことを言って相方は去っていった。

蓮の花の色鮮やかさ。泥の中でも失われることのない高貴さ。やはり何度見ても素敵だなと思う。女神を乗せたくなる気持ちもわかる。

さあ、もう時間だ。
今日の契約が上手く言ったら、相方に蓮根挟み揚げでも食わしてやろう、と思いながら、何度も蓮の花を振り返り、ゆっくりと歩き出した。


Title:ちくわ【どんぐり】
Text:madokajee
Photo:Azul+halo