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小説『秋涙』 18240字

小説『秋涙』 (夢殿第四形態) 
(2023年1月、分割でアップした作品を一括アップしたものです。はじめての方に楽しんで頂ければ有難いです。 世一)

■その一 満と数えのいろは坂

 その画は、法隆寺の夢殿さんと云われ親しまれてきた八角円堂を描いたものでした。
三重県のお伊勢さんと並んで、一生に一度は訪れる地として称される奈良県は飛鳥地方にある法隆寺。その境内(けいだい)伽藍(がらん)の一つ、夢殿・八角円堂の建設発願者は聖徳太子さんです。「お太子さま・お太子さん」と親しむのは、何もこの町に住む者に限ったことでは無いようで、毎年、一月の二十日を過ぎた頃でしたか、全国の太子堂を持つお寺さんでは聖徳太子をお祀りした太子講が催された様子なども新聞を介して伝わります。

 お太子様の寺づくりに由来されるのでしょう。建築建設に携わる会社や職人さん、物作りを生業(なりわい)とする職人さんたちの間では、揃って無病息災職場安全を祈願し、お太子さんの遺構を称える勉強会も受け継がれているようです。
 人々が暮らす上での様々なまつり事を語る上でも、切っても切り離すことのできないお人であり場所であり… 。画は、そんな聖地とも云えそうな夢殿さんを描いたものでした。
 実はね、私この画を知っているのです。
 いえね、正しく申し上げるのなら、描いたお人と描いていた時期を存じているのです。だってね、描いているときに傍で見ていたのですから。

 今こうして目の前で、出来上がったこの画を鑑(み)ていますとね、それはそれは昨日のことのように鮮明に思い出されてくるのです。めんどくさいことや都合の悪いことは忘れることが出来るようになってきました。昨夜の夕餉(ゆうげ)の献立すら忘れていられるのに、この画のことは忘れないのが不思議でした。
【あぁ… もしも忘れてしもうたらどないしよ、寂しいなぁ… 寂しいことを忘れてしまえりゃ随分と生きやすいんやろうけど、中々そうは問屋も下ろしまへん… 】

だって、夢の中まで出てきはるぐらいです。
これがほんまの夢殿ですわ… 。
 この画を描いているお人の姿かたち。下絵を描く、鉛筆を走らせる白く細くしなやかな指の躍動感。下塗りというもののようです、水に薄っすらと色が着いた程度に暈(ぼ)かした絵の具を塗る様子からは、とてもこんなに美しい画になるとは想像も出来しまへんでした。
 不染(ふせん)鉄(てつ)作・夢殿 完成披露の展示会がこうして法隆寺本堂で行われ、私は幸いにもその完成した画を鑑ることが出来ました。
 冥途(めいど)の土産なんていう例えがありますが…… 、どうでっしゃろう。この歳まで逝(い)かせてもらえなかったのは、ご褒美だからこの画を鑑てからにしなさい。そう、観音様に云われているようにも思えたもので…… 。

「お千代さん、あんたやっぱり来てはったん? 体の按配(あんばい)はもうええの? 大事にせにゃ、あかんよ、あら…… 今日は、松枝(まつえ)さんも一緒なん? ほな安心やわ良かったねぇ」
「はいな、ありがとねぇ…… お里ちゃんも元気そうやね。きょうは亜由美さんもご一緒な。まだまだ寒いから、体を冷やさんといてねぇ…… お腹のお子にさわったらあかんから」

 隣町の古道具屋(ふるどうぐや)の古女将(ふるおかみ)、お里も来ていたようです。高々(たかだか)二つほど若い、かぞえで九十二才というだけでこのいいよう。云うたところで目くそさんが鼻くそさんを笑うようなものでございますのに。私の心配はさておき嫁や孫嫁の癇癪(かんしゃく)取りしてあげなはれ。お前さんが未だに商売にも口を出すものだから、嫁も付き添いの孫嫁も癇癪が溜まっていると愚痴をこぼしているのも評判やないの…… 。
 そんなことを考えていますとね、まるで見透かしたようにお里のところの孫嫁は始末が悪そうに会釈だけを見せました。
 うちの松枝がお里の孫嫁と言葉を交わしはじめた頃合い「ほれ、行くよ」と催促するとスタスタと一人で歩いてゆきます。
【本当に子供のころからそうでしたが、お里の足腰の丈夫さと口の達者さには驚くばかり。道具屋は、目が利いては商売にならぬの例えがあるけれど上手を云うたもの。

そうそう、むかーしこんな話がありました… 。

 うちのお店に古着を持ち込んだご近所はんがいはってね、これでなんとか五十銭貸してくれと云うのです。その様子は、当時十二歳の私でも分かるほど、何かいつもより居丈高(いたけだか)に映りました。大方はね、質草(しちぐさ)もって質屋に行くときは、少しこう… 肩をすぼめて暖簾(のれん)をくぐるのが当たり前の風景でしたから、子供ながらに何をこの人はこんなに威張っているのだろうと思ったものです。
 店番の母は、そんなには貸せない。これぐらいで持ってお行きなさい… そういうのですが、頑として引き下がりません。母は何かの事情や理由があるのだと思わはったのでしょう、なんでそんなに自信があるのか、どう見てもそこらの呉服屋さんの店先もの。そういったのですが……、するとそのお客はんが云わはりましてん。

「ちゃうがなぁ、向こう町の古道具屋の前を通りかかったらな、あっこのおちびちゃん、お里いうたかいな、ほれが、店先に出とってな、偉いなぁ、お手伝いかいいうたら、おっちゃん… この服な買うてって損はないで云うやないか。わしが、なんでや? そんなあほなことあるかいないうたらな、なんでかいうたら、買うてまたそれを売ったらええねん。お千代姉さんのとこやったら、キッチリ値打ち通りにみてくれはるやんか、おっちゃんは買うて損するどころか、儲けがでるちゅう仕組みやねんな~ 。そういいよる。これまた、はしこい子やないのよお… せやから、買うた値段以上で預かってもらわにゃ、わしゃ損するがな、こんなん持って帰ったところで、一人もんのわしにどうせっちゅう話しやねん」 

 なんと売り付けたのはお里だったようです。お客はんはその口上の余りの巧みさと、お里の人たらしの術中にはまってしまったようでした。
 この時、確かお里は満で九つぐらいだったはずです。わたしはお里の逞(たくま)しさに驚き、なんという利発な子だろうと思ったと同時に末恐ろしくさえ思ったものでした。ただ、母は違ったようです。この話を聞くや否や、持って帰るか、お店の言い値でおいてゆくか、さぁ、どっちになさいます… と畳みかけたのでした。
 お客はんはその剣幕に驚きはったんですやろなぁ、渋々母の言い値で預けてお帰りになりました。暖簾を右手でパシッと叩(はた)き、肩をすぼめて出ていかはった姿は来た時とは対照的に映りましてん。

 母は預かった質草を前にすると大切そうにブラシを当て綺麗に折りたたみ、虫よけのショウノウを挟むと飴色に艶をみせる大きな柳行李(やなぎこうり)に仕舞いながらこういうのでした。
「この箱はね、預かりものやけど… 多分引き取りには来ない人たちのものだからね、将来、お千代にあげるからね… 」と。その行李の横腹には、十二月十二日火の用心と墨で書かれた短冊がボロボロになりながら張り付いてましてん… 】
そんなことを思うと知らぬうちに懐かしくて頬と口元が緩みますねんなぁ。

                 ◆

「お義母さん、大丈夫ですか、少し座って休みはったらどうですの? 」次男の嫁の松枝が私の手を取りながら声をかけてくれます。
「うん。大丈夫よ。もう少しだけお前の体を掴(つか)ませたってな… もうちょっと鑑ていたいから… 」
「はいはい、じゃぁここの腰のベルトの処を掴んで下さいな… 」松枝はそういうと、コートの裾をまくり上げるとベルトを出して私の手を掴んで導くのでした。
 私と歩く松枝は踵(かかと)の高い靴を履く処を見たことはありません。いつも、踏ん張りの利きそうなペッタンコの靴ばかり。そして立つときはお相撲さんのように股を開いて踏ん張るのです。
 その姿は、新婚旅行で行った高知桂浜の土佐(とさ)犬(いぬ)の土俵入りのようでしたから、摑まっている私は随分可笑しいやら申し訳ないやらの思いで眺めるのが常でした。

「松枝はん、あんた幾つになりはったん? 」
「何ですの急に」松枝はそういうと口に手を当てながらワッハハと大笑い。

 人目も憚らずという言葉がありますが、私は松枝のチョイと後ろから手綱(たづな)(ベルト)を掴んでいましたから、傍から見ればそれはさぞかし面妖(おかし)な光景でしたやろう。私達の横を通り過ぎていかはる招待客の皆はんが、その光景を眺めニコニコしながら頭を下げていかはります。
 私は松枝の手綱を握ったままそれをグイグイと左右に振り、小声で「チョット、松枝はん、笑い声が大きんとちゃうの、もう少し声を落としなはれ。みんな見ていかはるから」
 通り過ぎてゆくお人の殆どが顔馴染みいいますか、お知り合いみたいな方たちばかり。中には心やすくお声を掛けていかはるお人もいらっしゃいました。会場のあちらこちらでお辞儀が大流行りです。

 画をめでる会ですから言うまでもなくみんなお喋りは小声です。
 そこに土佐犬さんよろしく踏ん張りをきかせた松枝。後ろから手綱を引き締めた強力(ごうりき)の私。手綱(たづな)を横に振る姿はまるで犬を落ち着かせるための仕草にも見えたかもしれまへん。
「お義母(かあ)さん… あんまり横に振るとお腹の皮が擦れて痛いですやん」というと口を尖らせ斜め後方の私を見ました。すると、また噴き出して笑い始めたのです。余程、私の顔が恥ずかしそうにしていたのでしょうか「はいはい、ごめんごめん」というと、松枝は正面を向き直り「ちょっと前に六十三になりました… あっ、満でね、満で」というのでした。「ほな、数えでいうたら… 」私がそこまでいうと、松枝は「はいはい、六十五です」と先に回っていうのです。
「お義母さんのその癖は治りしまへんなぁ… 」松枝は優しそうな笑顔を見せると振り返りながらそういうのでした。
「せやなぁ… 自分の歳云うときは満でしかいわへんのに、人の歳聞いたあと必ず満か数えか確認するものなぁ… 」
「そうそう… でもね、その気持ち私も分かる様になってきましたわ」
「そうですやろう… そうなってきますねんて… 私、観音さんにも歳聞くと思うわ… 」
「お義母さんのことやから、多分、数えで教えてやって云いはるんでしょうなぁ… 」
 松枝はそういうと首をすくめてみせるのでした。

 次男の雄介は四十八歳の年(とし)に労咳(ろうがい)を患い早逝。二十歳の長男を頭(かしら)に、十七歳の次男、十五歳の長女と残したままの鬼匣(きばこ)いりでした。
 親より先に逝くとはなんと親不孝… そうも思ったものです。せやけど一番しんどい思いをしてたのは嫁の松枝でしょう。
 子供三人を抱えて松枝も悩んだ時期もあったようでしばらくは夜になると一人泣きしていたのでしょう、朝には泣き腫らした目を伏せながら、子供たちの準備をする姿が見られたものでした。突然残され、まるで放り出されたように、何から何まで自分でやらなければならなくなりました。家業の質屋は早逝した雄介が継いでくれていましたから、松枝は嫁に嫁いできていたものの雄介が他界した後はやはり心細かったのでしょう。
 しばらくはかける言葉にも苦慮したものです。それでも孫三人も、今ではみんな立派な釜戸(かまど)持(も)ち。その中の長女が家に残り、入り婿を取ってくれたのでした。
 そんな私も早くに主人を亡くしてましたから、松枝の気持ちや大変さは痛いほどわかったものでした。

■その二 錫(すず)メッキのブリキ缶

 この画を眺めていると、描いてはった情景までも思い浮かべることが出来ますねん。
 それは去年の秋のこと… 昭和四十一年の九月も半ばを過ぎた頃… 。

 毎年のことやけどなぁ、斑鳩の地を濡らす秋の長雨は夢殿さんを朧(おぼろ)の中に包み込みますねん。伽藍周辺さえもけぶるようにうつります。
境内に敷き詰められた玉石は水にふやかした黒豆さんの様子を見せながら、伽藍の一部になったようにピクリともしまへん。
 中秋の柔らかな陽ざしさえあれば、白地に薄く藍を溶かし込んだ石の姿は、訪れる参詣者の足元に心地よい旋律を奏で響かせるに一役買ったことでしゃろう。

 さながら天と地が繋がった合図を想わせるようで、雨をおとすお空も同じ色を見せています。それは黒豆さんをふやかした後の水で塗りつぶしたようですねん。

 太く、切れ目なく堕ちる雨垂れは、吉野の平宗(ひらむね)さんの葛(くず)きりをお空から突き出したようにみえ、それは救世観音菩薩の功徳の顕しのようにも思へ、数多(あまた)患い事(わずらいごと)からの救済を試みる蜘蛛の糸にも見えるようで、時には下から上へ降っているようでもあり、昇ってゆくようでもありと映るのです。
 まるで足元から踏み板を外されたように、心細く頼りなくも感じられます。

「お千代。さて、この先どうする。進んでみるもよし、退いてみるもよし」と突きつけられてもいるようで、些かハッとさせられたものでした。

【あぁ… 何でしょう、思い出したら平宗さんの葛きりが食べたくなってきましたよ。こんな歳になっても食べたいは衰え知らぬもののよう。あぁ… 今夜の夕餉は平宗さんの柿の葉寿司にしましょうか。松枝と帰りに買ってゆきましょうか… 】
 私がここにお参りに来るようになってから幾度の秋を迎え送ったことでしょう。秋雨に眺め入ると現(うつつ)と夢を行き来するようで些(いささ)か心もとないのでございます。
 境内を埋める玉石の隙間は地面からの雨水が浮かびあがっています。雨は間断なく木立や伽藍、地を打つものの、境内を取り巻く仏性が幸いしてるのでしょう静寂に馴染みをみせているようです。
 今また一人の老男がいつもの様に長靴を履き、纏わり(まとわり)憑く(つく)雨水すら慈しむように、伽藍むこうへやってきました。

 この御仁、名を不染鉄というそうで、どうやら画描きを生業とするそうで足しげく通い来ては法隆寺や夢殿の画を描いてはったようです。境内で顔を合わせるようになってから既に四十年が経ちましたか。毎日毎日、雨の日も風の日も片道一里半(6キロ)の道のりを歩いて通っていたようです。
 しばらく見かけぬなと思へば、長野に行っていたと善行寺土産を私のお店まで届けてくれる心優しきお人… 私が数年前に大病を患ってからというもの、顔を合わせるたびに私を気遣い声をかけてくれるのですが、どうにも私よりも鉄さんの方が儚(はかな)げな按配を感じさせるのでした。

 聞く処によると、東京小石川(現在の文京区)にある浄土宗の寺、光円寺の住職の倅ということではあったものの、そのくせ背筋のシャンとしたところは覗えず、とても仏の道と近いとは思えなかったものです。
 ところが人は見てくれではわからないものでございます。話は聞いてみなければわからぬもの。なんでも昭和のはじめ頃には僧侶になるための検定試験である、律師なる試験も修めていると聞かされたのには随分驚かされたものでした。

 第二次大戦後の混乱期には女学校の校長も務めていたようで、とき折、地元の女学生数名を従えてお参りする姿を見受けたものの、境内で私を見つけた途端、その気配、引率からは甚だ遠く俯き加減に歩く様子からは、引率されている気恥ずかしさが滲んで見えたものでした。
「よう降りますなぁ…… 」
「はい。本当に…… 」
 どうということもない当たり前の挨拶が毎度のこと交わされます。

 鉄さんは風呂敷包を開くと道具箱を取り出しイーゼルを立てます。そこに古新聞で何重にも挟み込んだ画紙を置くと画を描き始めました。粗末な空き缶を降りしきる雨の下に何個か並べますと、立ちどころに仏性がかき消され缶を打ち付ける雨音が広がります。
 缶の大きさがそれぞれ違うせいでしょうか。凡ての缶から流れる音が違うのです。
それはまるで声明(しょうみょう)のように境内に響きました。
【あ… 、かき消されたと思った仏さんの声は姿を変えただけなのだ、缶を打つ雨音さえ愛おしく思えるのは、観音さんの成せる御業(みわざ)なのでしょう… 】
カン、キン、コン、カチャ、ヒチャ… 缶の中に水がほどほど溜まりだすと音が止みはじめます。
雨のかからない庇(ひさし)の張り出した下、鉄さんは夢殿を描いてはりました。

「いやぁ… これはやはり描きにくいなぁ… カンバスが湿気を吸って鉛筆が走らない」
誰に云うとは無く鉄さんが肩を落として呟きます。
「下色だけ入れておくとするか… 」
雨を受けていた空き缶を軒下に運び込むと、三十分も経っていないのに一番小さな缶には水が溢れんばかりに溜まってはりました。
「随分溜まりはったね… お水… 」
「そうですねぇ。チョット薄めすぎですが、まぁ、下塗りなのでやれるでしょう」
鉄さんがはにかんだ笑顔を見せ答えます。
「あら、鉄さん、絵の具は入れしまへんの? 」鉄さんは四つの缶にそれぞれ絵筆を放り込むと、グルグル水をかき混ぜてはったのです。
「荷物になるし雨が降っていますからね、絵の具チューブをダメにしては大変なので、予め缶の中に絵の具を塗りつけて乾かしておいたんですよ」

 水がたまった四つの缶は、一つの缶を除いてどれも同じように黒豆さんをふやかした水のように薄黒く見えているのです。
「どれも同じ色に見えるけど、鉄さんに違いは判るの? 」鉄さんはニコリとすると、缶の側面を指さし「ほら、お千代さん、ここ見えますか? 」といいました。
杖を頼りにチョイと前屈みになり眺め観ますと、缶の側面は「赤」「黒」「青」「白」と、釘か何かの鋭利なもので彫られているのが判りました。

 銀色の缶の肌が少し錆びつき、所々茶色くザラついて見えています。そこに傷つけられたところだけがピカピカと金彩を放って観えました。
「鉄さん… ごめんなさいね、うるさくて。白っぽいお水は缶の横腹に白って彫ってはりますけど、これも下塗りに使いはるんですか? 」
「使いますよ… 今日は雨が強いですから画紙が湿気を吸っているので判り難いですが… 半乾きの処にポツポツと白を置くと滲(にじ)みや暈(ぼか)しが花火のように広がるんです」
 鉄さんは嫌な顔を一つも見せず、この歳よりの質問に機嫌よく答えてくれるのでした。
「なんだか綺麗ですねぇ… 缶の彫ったところだけがピカピカ光ってはりますねぇ… 」
「今では珍しくなりましたからね、錫(すず)メッキのブリキの缶は… 」
「錫メッキのブリキ缶ですか… そんなものがあるの… 」
そこまで云って、私は思い出しましたよ… 私は錫メッキを知っていたのです… 。

                ◆

私が十三、四のころでしたか、その日の店番は祖母のウネがしていました。
「お千代、茶の間の戸棚の上から二番目の引き出しを開けておくれ… そうそう、そこを開けるとね、鋏なんかがあるだろ? 」
 祖母の云う通りに戸棚を開けると、そこには裁縫道具の針や糸、そして鋏やら篭手などが几帳面に整然となおされて(・・・・・)いました。
「そこに針が引っ付いた、まぁるい平べったい石みたいなものがあるかい? 」
「うん。ある… 」
「そこの針箱に針を外して入れたらそのまぁるいのをこっちに持って来ておくれ」
 そこには確かに針が引っ付いたまま散らばることのない、まぁるい平べったい石のような物がありました。
 針を外しお店の祖母のもとへ持ってゆくと、西洋風の立派な身なりをし口ひげをたくわえたおじさんが立っていました。
「はい、ありがとさん… 」
 私は何が始まるのかと好奇心が抑えられず、店の番頭席を離れることが出来ずに祖母の手元を正座をしながら凝視するのでした。
 ふと目をお客さんのひざ元の上がり框(あがりかまち)に移すと、そこには綺麗に銀色に輝く「茶道具一式」が整然と並べられていました。
【綺麗… おてんとうさまの光を受けてピカピカ光ってはるわぁ】
 とも箱もあり、筆字で箱書きが書いてあるところを見た私は、なにか途轍もないお宝が持ち込まれたと思ったものです。
 祖母は平べったいまぁるい石の玉を自分の前に置くと、急須を手に取りそのまぁるい石のようなものの上にかざしました。
「カチン! 」
 するとどうでしょう。その平べったい石の玉は急須に飛びつくように張り付いたのです。
「あちゃぁぁぁ… あかんかぁ… 」
「あきまへんかぁ… 」
 声を発したのは祖母とおじさんが同時でした。
 私はその光景を見ていて何のことか皆目でした。なにがどうなっているのか、なにがあかんのかが気になって仕方がありませんでした… 。
 せやけどね、そのお客さんの落胆の様子を見ていると、その場で祖母に聞くことが躊躇(ためら)われたのです。
「お千代、これを元あった場所に戻しておいてちょうだい」
 その言い方からは、戻したらお店には戻ってくるなという調子が感じられましてん。
 程なくすると、お店から呼ぶ声が聞こえてきました。
「お千代、さっきの石の玉を持っておいで… 」
「はぁい」私はこの瞬間が大好きでした。祖母や母は、ことある毎に新しい知恵を授けてくれました。
「お千代、これはな、磁石云うてな、鉄ととても仲がええねん」
 そういうと、先ほどのお客さんが置いていかはった急須に近づけると、それは祖母の指先から飛び出すように急須に張り付いたのでした。
「お婆ちゃん、私もやってみたい… 」
「よしよし、ほなな、こうして下に置いて… こうして急須を近づけてみなはれ」
祖母は質草に傷がつくことを懸念したのでしょう。急須の底をかざすことしか許してはくれまへんでした。
「… せやけどな、この磁石っちゅうもんはな、値打ちの高いもんとの相性は良くないねん。せやから金や銀との相性は今一つちゅうこっちやな… 。ほれ、そこからその簪(かんざし)を持って来てごらん、幾つか並んでる箱がありますやろ… そうそう、それをここへ… 」
 箱を祖母の前に届けると、祖母はその磁石というものを簪の上にかざしはじめました。
「これは銀やな… これは鉄、これはええもんやねぇ… 金細工や… 」
 そう云いながら磁石をかざして真贋の見立てを教えてくれるのでした。
「さっきのお客さんのこれはなんやの? 磁石が引っ付いたちゅうことは鉄なんやろう? なんでこんなにピカピカ光って綺麗なん? 」
「錫(すず)メッキいうてな、鉄の上から錫でメッキをかけてはるねん… せやから、磁石が吸いついてしもうたんやな… 」
 祖母はそういうと簪の並んでいる箱から金細工の施された簪を取ると、私の潰し島田に足りない結髪(ゆいがみ)に刺しながら「お千代な覚えておきなはれや。人の相性云うもんはな、得てして磁石みたいなもんと思うて惹きつけられるもんを有難く思いがちやけどな、そうやないで… 結局は目を養わなあかん。澄んだ目をもちなはれや… お千代が金や銀のように値打ちの高い人間になれば、磁石は寄ってきいへんから安心やけどな… 」そう言いながら優しく笑うのでした。

 あの簪が祖母の形見となるまでに、それほど時間はかかりまへんでしたなぁ。

 あら… 鉄さん… そういうたらあんたも鉄やないの、ほな、私が磁石かい? あんたが引き寄せるんだか、私が引き寄せられるんだか… どちらにしても引っ付きたがるんやろうなぁ… あんたも私も大事な人を早くに見送ってるから… なんや他人ごとちゃうねんやろなぁ… きっと… 。


■その三 鉄さんの憂鬱

「お義母さん、大丈夫ですか? しんどいんちゃいます? 無理しんと休んでくださいねぇ」嫁の松枝がよう面倒みてくれはりましてえ、私もこうして鉄さんの描いた画を眺めに来ることができまして。それはもう本当に有難いことですわ。

「松枝はん、ゴメンねぇ… いつもこうして摑まらしてもろて。あんた大丈夫か? 重たいことあらしまへんか? 」
「何いうてますのん。手綱引いてもろてるだけですやんか。なーんもしんどいことありません。あっ、お義母さん、いい席が空きましたで~ あそこに座って眺めさしてもらいましょ」
 不思議なものです。こういう時は足がこう… シャシャシャシャいうて動きますねん。丁度画の正面。少し距離はありましたけど、座ってみることが出来るベンチシートが空きました。
「あ~ これはいい按配だねぇ。これで少しは落ち着いてみられそうやねぇ」そういいながら松枝を眺め観ると、私が摑まっていた腰回りのゴタゴタを直しておりました。

 鉄さんの描かはった夢殿さんは、秋の長雨の中に佇む夢殿さんを描かはったものなんやけどね、太~い雨が幾筋も幾筋も画面いっぱいに垂れ堕ちてましてなぁ… それが按配寂しそうに見えるのです。ただね、扉障子にほんの少しだけ中からの明かりが挿してましてな、その明かりがそりゃ可愛らしゅうて、可愛らしゅうて… 。

「あぁ… あの明かりは鉄さんの魂なんやろなぁ… 早くに奥さんなくしはって、寂しい気持ちを顕した鉄さんの魂なんやろなぁ」そう思えたものでした。
 夢殿さんの南の空には雲を割るように横一条の光明が射してましてな、それがまた打ち立ての真綿のように柔らかでやさしい光でした。
「松枝はん… いい画やねぇ~私この画を鑑ているとなんか泣けてきますわ。ねぇ?」
「お義母さんは鉄さん贔屓やからねぇ~ 私なんかこの画を観てると、葛きり思い出しましてん(笑) はぁ… なんや葛きり食べとうなってきますわ」
 私は吃驚しましたよ。この子に読まれたんちゃうやろか… 思うて。
「松枝はん… あんたなぁ… 似てきはったねぇ~ 」
「誰にですのん? 」
「私にやないの(笑) 私もな、さっき平宗さんの葛きり思い出しましてん… 」
「(笑) お義母さん… ほな、帰りに食べて帰りましょ。晩ごはんに柿の葉寿司をこうて帰りましょ… 」

 長いこと一つ屋根の下、苦楽を共にして来たお蔭でしょうか、観音さんの粋なお計らいでしょうか。考えることは寸分違わずを思わせます。
「そうそう… たしか家に鉄さんの画が一枚だけありましたなぁ… 、富士山を描かはった立派な画。お義母さんあの画はどこに直しましたん?」
もう二十年以上前に鉄さんから私が買うた画のことを松枝は思い出したようです。
「あのな、私の柳行李わかるか? そうそう… あの柳行李や。何いうてますのん捨てますかいな。お婆ちゃんに祟(たた)られるわ。私の部屋の押し入れにちゃぁんとはいっているから… あんたぁ、ちゃんと引き継いだってなあの行李」
「はいはい」ほういうと松枝は私の隣に座りながら足を優しくさすってくれてます。
人の手ってな… 、なんでこうして温かくて柔らかいんですやろ… 。
 私は孫やらひ孫やらそしてこの松枝やら… 、たくさんの温かくて柔らかい手に囲まれて過ごせてますけどな、鉄さんを想うとねぇ~ 自分の手しかあらしまへんやろ… なんぼお坊様の修業したゆうても、そりゃぁここまで寂しかったですやろなぁ… … 。

                ◆

「ごめん下さい… ごめん下さい」
「はぁい… おや、鉄さん。どないしはりましたのこんな寒い日に」

 今から二十年以上前… 昭和二十年の師走も半ば。鉄さんがうちの店を訪ねて来ましてん。最初に対応に出たのは早くに逝去した次男の嫁の松枝でした。
「やぁ、松枝さん。ご無沙汰してます。面目ない。じつは年末を迎えるに窮してしまい、ついては画を一枚"かた"に預かってもらえぬものかと… 」
「わかりました。ほな、お義母さんを呼びますからチョットだけまってくださいねぇ」
 松枝が奥の私の部屋に来るや早口で仔細を告げるのを聞くと、私は「ありがとう」と一言発しお店まで転げるように出てゆきました。シャシャシャシャ… と。

「鉄さん、寒いところわざわざ来てくれて有り難う。なんか松枝の話しでは画を一枚預かって欲しいとか… 」
 取り次いだ松枝は店に顔を出しません。このあたりは本当によくできた嫁でした。
「お千代さん、申し訳ない。恥を忍んでなのですが、この年の瀬、なんとも窮してしまい、無理を承知でお訪ねしました」
 さぞや居心地が悪かったのでしょう。鉄さんは顔を赤く染めながらそういうのでした。
「鉄さん… 私とこのお商売は、値打ちがはっきりついているものにしかお貸しすることは出来しまへんね。せやから、美術品や工芸品という文化的付加価値を評価する物差しは恥ずかしながら持ってませんねん。まずそこを許したってくださいねぇ」
「そうですかぁ… 」鉄さんは肩を落としていました。
「でもね鉄さん… もしも鉄さんが良ければ、私がその画を買わしてもらいましょ」
「ええっ! 買ってくれるのですか、私の画を」
「お友達の画を一枚買うぐらいがなんですの… チョット遅いぐらいですわ。はい、ほななんぼで買わしてもろたらええのんやろね」

 鉄さんはモジモジしてました。言いにくそうにモジモジと下を向いて。意を決したようにお顔をあげると… 
「では、お千代さんの好意に甘えて八百円で… いや、七百円で… 」
「珍しいお人やなぁ(笑)」
「はぁ… 」
「うちとこ来るお人は皆だんだんに高向(たこう)なっていかはるのに… 鉄さんは安うなっていかはる… そんなお人聞いたことありまへんわ(笑) わかりました。ほな、これで買わしてもらいましょ」

 私が番頭席の上に用意したお金は「千五百円」でした。これでも高いか安いか分かりません。ただ七百円、八百円はギリギリですやろ。年の瀬を迎えるに窮しての七百円… 、ほな新年を迎えるには足らしまへんなぁ。私はそう云いながら鉄さんの手に千五百円を握らせました。
「お千代さん… あなた画をまだ鑑てないではないですか。鑑てからにしては如何ですか」
「鉄さんがお客はんなら、勿論みさせてもらいます。せやけど鉄さんはお友達です。私はお友達の画を買わしてもろただけ。その風呂敷に包まれた画は、あとでゆっくりみさしてもらいます… 、松枝はーん、はいな悪いけどね、あったかーいお茶を一杯いれてここまで持って来てくれるか。ほして、この包みを仏間へ持っていておいてな… 」

「あんなぁお千代。よーく覚えておくんやで。お商売先からものを買うときはな、絶対に値切ったらあかん。びた一文たりとも値切ったらあかん。」
祖母のうねの教えでしてん。
「でも… みんな闇市で買い物するときに、まけてくれまれてくれっていいはるよね」
「そや。でもな、うちとこのお商売はな逆なんや。もっとくれ、もっと貸してくれ云われるやろ?」
「うん… 皆言うなぁ」
「仏さんが教えてくれる世界にはな、餓鬼道ちゅう世界があってな、この世界はとにかくもっと、もっと… もっと、もっというて欲しがる世界でな、もっとまけろ、もっと高く… それは欲のキリのない世界なんや」
「お婆ちゃん… 私もなぁお母さんに時々言うてるわぁ… もっとお飴さん頂戴て… 」
「ほうか… ほしたらなお千代、お母さんにお飴さんもろたらな、今度はもっと頂戴って云わんときや。ほしてなお爺ちゃんのところへ行ってな、お飴さん頂戴て云うてみ。きっとお爺ちゃんもくれるから。ほしたらお千代、倍に増えるやろ。お飴さん。ほしたら誰からも小言いわれんですむやろ」
「ほな、お婆ちゃんにお飴さん頂戴云うたら… わたし… 大儲けやね(笑)」
「あかん… この手はお婆ちゃんには通用しまへん(笑)… 」
「ええか、闇市で買うものいうたらな、大概値段ははっきりしてるもんが多い。高かろうが安かろうが高々知れたものや。要はお商売先の儲けちゅうこっちゃな。だから値切ったらあかんのや。私らが値切らずに買い物したらな、お商売先がうちの質屋に来た時に、もっとくれ、もっと出してくれ… 云えんくなるやろ。人様の声いうもんは千里を走るいうてな、ほれがお商売の評判ちゅうもんになるねん。せやからな、まけてくれとは言うべからずが鉄則なんや」

 事実、祖母が買い物先でまけてくれという言葉を使ったところは見たことが無かった。
逆にうちの店にきはったお客はんは、みな、祖母の顔を見るとあきらめたように自分で金額をいうことは無く、祖母が提示したお金をもって帰りはった。

 昭和二十一年正月の松もまだとれぬ頃… 鉄さんからの年賀状が届きましてなぁ。
ハガキの裏には朗々とした感謝の言葉と共に縁起物の画が微に入り細にわたって描き込まれてました。

「お義母さん、大切に… 画と一緒に直しておきましょうか。将来、もっと値打ちが出るかもしれまへんから(笑)」
松枝が楽しそうに言葉にしました。その年から年に二度、鉄さんからのハガキが届くようになりました。
 私が鉄さんの画の秘密に気が付いたのはこのハガキの画を観るようになってからでした… 。

■その四 鉄さんの秘密

昭和三十六年の夏の日でした。この歳の夏はそりゃぁ暑い日が続きましてなぁ。夏入り前の梅雨が空梅雨でしたから奈良県全域に渇水警報いうもんがでましてな、取水制限いうですやろか、お天道様の高い時間帯になると水道が止まってしまって、そりゃぁ往生したものでした。

 そんな七月の三十日も間近のころだったと思います。松枝が嬉しそうに声を弾ませて私の部屋までハガキを届けてくれました。

「お義母さん、鉄さんから暑中見舞いが届きましたよ。また可愛らしい小さな家がたくさん描かれた絵ハガキ。こんな小さな家をようもこんなにたくさん描けましたなぁ、鉄さん」
「ほうかぁ、どれ、松枝はん、ちょっとそこの虫眼鏡取ってくれるか。はい、ありがとさん。どれどれ……、松枝はん…… 、あんた、これ家か ? わたしには黒ゴマさん潰したようにしか見えしまへんわ。ようまぁこんな小さい家をたくさん描きはったなぁ」
「でも、やっぱりあれですねぇ~、本職の画家さんだけあって上手ですねぇ」
「ほうかぁ? そういうもんかいねぇ」

 この頃の私は目がよく見えなくなっていたこともあり、チョットボケも入ってきていたんでしょうなぁ、松枝のいうことも分かったような分からぬようなおかしな按配になってきてましてなぁ。

「松枝はん……、悪いけど、押し入れから柳行李をだしてくれるか」
「はいはい、絵ハガキが入ったお煎餅の箱ですやろ?」
「そうそう、はいありがとう」わたしはそう云うと箱を開けて中に直しておいたハガキを出して手に取りました。
 手にした虫眼鏡で一枚一枚の絵ハガキを眺めはじめたものでした。するとそばで見ていた松枝が云うのです。
「お義母さん、鉄さんの画って風景とか景色が多いなぁ…… まあ、季節の挨拶やから当たり前かもしれへんけど」と。
 わたしは云われて改めてまじまじとその絵手紙を見ました。
 わたしはその鉄さんから送られて来た三十枚ほどの絵ハガキを手にしながら泣いてしまっていたのです。

「お義母はん、どうしはったんですか、具合でも悪いんちゃいますの? あきまへん、チョット横んなりはった方がええんちゃいます?」
 松枝は一生懸命に気にかけてくれましてな、一生懸命にわたしの背中をさすってくれてましてんけどな……。
「松枝はん……、鉄さん……、寂しいねん。あの人な寂しいんよ…… 」
わたしはハガキを手にしたままオイオイと泣いてしまっていたのです。
 驚いたのは松枝だったでしょう。何も言わずに私の背中をポンポンと優しくはたき、さすってくれていました。
 鉄さんからのハガキに描かれた画のすべてに私は秘密を見つけたのです。
 そりゃぁねぇ、普通にご挨拶を交わすだけのご縁のお人でしたら私もそこまでは感じなかったかもしれまへんなぁ。
 せやけどね、鉄さんとは仏さんや観音様が取り持ってくれたご縁。わたしがもう少しシャンとしてたら店を松枝に任せたまま鉄さんの面倒を見に転がり込んでたかもしれまへんなぁ……。

                 ◆
                
 むかぁしむかーしなぁ、私が尋常小学校から高等小学校に上がった年でしたから、そう一年生でしたやろか、せやから十歳の時でしたわ……

「ぐーにーはん~、ぐーにーはん、お千代のあだ名はぐーにーはん」
ある日を境に、突然降って湧いたように私にあだ名が付けられましてん。最初は私も何のことかわかりしまへんでした。それが毎日毎日、来る日も来る日も云われるようになりましてなぁ。
ある日、学校から帰り祖母のウネに「おカァさんは?」と尋ねると買物行ってるいわはりましてなぁ、なんか私、急に寂しいなって祖母の膝に突っ伏して泣いたんですわ。驚いた祖母は「どしたん?学校でなんかあったか?」そうやさしゅうに聞いてくれました。
私は泣きながら祖母に聞いたものです。

「おばぁちゃん……、あんな、学校でなぁ、みんながぐーにーはん、ぐーにーはん云うねん。ぐーにーはんって、なんやろか?……」ほうしますとな、祖母が大きな声で笑い出しましてん。
私はなんやビックリしてしまいましてなぁ。
なんか面白い漫談か何かのことかもしれない思うたぐらいでした。

 ほうすると祖母は急に真面目な顔になると……。
「いいかお千代、今から云うことよう聞くんやで。これからなお千代が大きゅうなってくわな、するとな、いろんな知恵がついてくる。ほしてな、周りの人間達からかけられる言葉はもっと厳しゅうなる。言葉が無ければもっと厳しい、そりゃぁ恐ろしい態度を取られることもある。ええか、負けたらあかん。せやけどな、おばあちゃんがいう負けたらあかんちゅうのは、喧嘩をせっちゅうこっちゃないで。大人の言葉にな、臍を噛むいうてな、どうにもならない悔しさを顕した言葉があるんや」
「ほぞ? ほぞってなんやの?」私がそう聞きますとなぁ、祖母は私のお腹のおへそをチョンチョンとつくと「ここやがな、お臍さんや」というのでした。

「お千代、おまえさんは自分で自分のお臍を噛むことが出来ますかな。……そうや、できしまへんやろ噛めない臍を噛みたくなるほどの悔しい気持ち。それを大人たちは臍を噛む云うてますのんや。でもなお千代。噛むのは臍やないで。唇や。それもなあんたの心の唇や。うちとこのお商売はなぁ、お金を借りてくれるお人がお客はんや。ええこと教えてやろか、お千代がなぁ、大きゅうなった時にな、必ず、必ず見たことあるお人が、ほれ、あの暖簾をかき分けて入ってくる。必ずや。」

祖母はそこまでを云うと首だけをしゃくり上げるようにお店の暖簾を見たのでした。私には祖母が何かを思い出している様に見えたもんでした。
「おばぁちゃん、それは私の知っている人ちゅうこと?」
「そうや。同級生かもしれへん。年下のほれ……、なんちゅうたかいねぇ……、せやせやお里ちゃんかい。かもしれへん。どこの誰がいつお客はんになるかもしれへんのや。お千代……、人間の勝負処云うのはな突然来る。その時のために今は心の唇をグッと噛み締めて色んな知恵を溜めなはれや」そう笑って言うのでした。
「わかった。わかったけどわからんのがな、ぐーにーはんってのはなんやの?」
「あぁ、それは質屋のこっちゃ。むかーしな、質屋云うもんは博打場のすぐそばにあってなぁ、博打で負けて借金こさえた人や、もうひと勝負したろおもた人たちが、身ぐるみあずけていったところやったんやなぁ。博打場ではな、五という数字をグ云うてたんやな、ほして二は、にのままや。ほしてな、奇数を半、偶数を丁いうて二つのサイコロや花札でな、出た数字の丁半を決めるいう博打があった。五と二を足すと七やろ、ほしてそれは半の目になる。せやからぐーにーはんなんやなぁ…… これまた、こまっしゃくれたガキやなぁ」

祖母はそういうと声をたてて笑うのでした。

 次の日、私が学校へ行くといつもの子達が徒党を組んで「ぐーにーはん」と私のあだ名を呼ぶのでした。そこへなぁ、いつもは教室でもひとりでおる男の子が現れるやいなや、三人の男の子たちを一瞬でけり倒してしまったのです。
 私はその光景にあっけにとられ何も言うことが出来ずただ眺めることしかできしまへんでしたのや。
 その日の午後の休み時間のことでしたか、私が教室に戻ってみると男の子二人が言い合いをしてましてん。言い合いしてる一人は、私を助けてくれた男の子でした。もう一人方は町の相談役をしている家の小倅でした。
「偉そうなことぬかすんやったらな、家の家賃払ってからにしてもらおうか」
「お前になんの関係がある!親のこっちゃないかい。わしに関係あるかい!」
そう言い合っていたのでした。どうやら私を助けてくれた男の子の家は窮していたようであり、教室の中でも何となくそんな話は出ていましたが、その話を聞きつけた小倅が朝の仕返しとばかりにみんなのいる前で窮状を暴露してしまったのです。
 そうなのです。朝蹴り飛ばされた中にはその小倅も入っていたのでした。
それからもその男の子は教室で一人でいることが多かったようで、気になり時折みると、いつも教室の窓のそとに広がる空を眺めているようでした。雨の日も晴れの日もでしたなぁ。

 あれから二十年が過ぎたころですやろか。暖簾を……、そう、こう肩をすぼませ首を前に突き出してくぐるお客はんがいらっしゃいましてなぁ。
時計をひとつポンと番頭席にぞんざいに放らはると「二千円貸してくれ」云いはります。品物をみさしてもらいましてな「七百円」しか貸せませんいうと、大きな舌打ちをするとそれでいいいわはりましてん。

「ほな、何か名前の分かるもん出してください」私が云うて出さはった身分証をみて驚きました。町の顔役・相談役の小倅でしてんなぁ。
 向こうは知ってか知らずか、私の顔など一切みいしまへんでした。
お金を渡すと肩で暖簾を切るように、颯爽とお店を出ていかはりました。

【おばぁちゃん、あんたは偉いお人やったなぁ……、来ましたで、来よりましたがなぁ】

私は一人そう笑ったものです。
 私は鉄さんを見ていると一人でいたあの男の子のことを時折思い出していたのです。どうしてはるやら……、良い一生を送ったであろうことを観音さんに祈るのでした。

                ◆

 鉄さんから送られ来る絵手紙の秘密、それはどのハガキにも一人の人間も描かれていなかったことだったのです。
 人が住んでいる集落や、田畑が描かれたもの、そして山間の小径、冬の雪道……。どの画にも人が一人も描かれていなかったのです。

寂しいんやろうなぁ。苦しいんやろうなぁ。なんて寂しさを抱えたお人なんやろう。わたしはそう泣いたものでした。
その後、鉄さんの画集が発売になると聞き、わたしはその画集を買わしてもらいましてん。
小さな字で説明が埋め尽くされていましたから松枝に読んでもらいました。すると。

「立派な画や大作を描こうとは思わない。寂しいんだから寂しい画を描きたい」と鉄さんの言葉が載っていたのです。
「お義母さん、鉄さん寂しかったんですなぁ」松枝がそう言葉にしました。
「寂しかったんとちゃうねん、あの人は今でもずっと寂しいままやねん」そういうと私はまた声をあげてオイオイ泣いたものでした。

その五 ことわり

 なんですやろなぁ、なんかねぇ色んな声が聞こえてきますねん……。とおーくのほうなんですやろなぁ。これまたおかしな按配になってきましたなぁ~、たしか私、画を鑑ていたはずなんやけど・・・・・・ベンチに座らしてもろうて。
 いろんな声が「お千代はん、お千代さん、お千代ちゃん」いうて呼んではることはわかりますねんけどお顔がみえへんよって。
 なんやの、お里の声もしてるやないの……、フフッ、お里ちゃんあんたのことは声を聞いただけで分かるわ。お嫁さんたちには優しくしてやりや、せやないと、あんた、閻魔さんにいじめられるで。

「お義母さん、お義母はん……、しっかりしてください、お義母はん……」松枝でっしゃろうなぁ、私のスポンのベルトを緩めようとでもしてるんやろうけど、不器用なこでしてなぁ。
なんやベルトが取れしまへんのかいな……、松枝はん、あんまりほうして振ると、お腹の皮が擦れて痛いですやろ……。
あちゃあぁぁ あかんかぁ……痛ないわぁ。
 ん? なんて、松枝はん、なんていいはったん? 鉄さん?
 こりゃあかん、あきまへん。おきにゃぁ……、松枝はん、あんたうちのズボンどうしてくれはりましてん、チャンとズボンはかせてますやろなぁ。

「お千代さん……、わたしですよ、鉄です。画、観てくれましたか? いい画でしたか…………。夢殿さんのね、扉口の明かりはね千代さん……、あれはあなたに貰った明かりなんですよ……  」
 鉄さん……、あんたなんで泣いてくれてはるの……。あんた……、また寂しいっていいはるやないのぉ……。

 微かに見えていたはずの鉄さんのお顔が次第に暗がりに堕ちてゆくと、周りの声も聞こえんようになりましてん。
 ほうしましたらな、目の前がぱぁぁっと明るくなったとおもたら……、その光の中に観音さんがおわしてなぁ、こういいよる。

「お千代、進むとき来たり」と。
「お迎えでしたんかぁ……、ああ、せやったわぁ。ところで観音様……
あんさん幾つにならはったんかえ ?   えっ?満か数えかて……
そな細かいこと気にしはりますかいな、あの世の理(ことわり)で」

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