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小説 『 秋 涙 』最終節

注意) 人様の迷惑も省みず、一度に5本も上げて本当にごめんなさい。どうか皆さんのスキは大事にお使いください。スキは無くても私大丈夫です。読んで頂けることだけでうれしいので。有り難うございます。

小説 『秋 涙(しゅうるい)』・夢殿 ファイナルトランスフォーム 

            飛 鳥 世 一

その四 鉄さんの秘密

昭和三十六年の夏の日でした。この歳の夏はそりゃぁ暑い日が続きましてなぁ。夏入り前の梅雨が空梅雨でしたから奈良県全域に渇水警報いうもんがでましてな、取水制限いうですやろか、お天道様の高い時間帯になると水道が止まってしまって、そりゃぁ往生したものでした。

 そんな七月の三十日も間近のころだったと思います。松枝が嬉しそうに声を弾ませて私の部屋までハガキを届けてくれました。

「お義母さん、鉄さんから暑中見舞いが届きましたよ。また可愛らしい小さな家がたくさん描かれた絵ハガキ。こんな小さな家をようもこんなにたくさん描けましたなぁ、鉄さん」

「ほうかぁ、どれ、松枝はん、ちょっとそこの虫眼鏡取ってくれるか。はい、ありがとさん。どれどれ……、松枝はん…… 、あんた、これ家か ? わたしには黒ゴマさん潰したようにしか見えしまへんわ。ようまぁこんな小さい家をたくさん描きはったなぁ」

「でも、やっぱりあれですねぇ~、本職の画家さんだけあって上手ですねぇ」

「ほうかぁ? そういうもんかいねぇ」

この頃の私は目がよく見えなくなっていたこともあり、チョットボケも入ってきていたんでしょうなぁ、松枝のいうことも分かったような分からぬようなおかしな按配になってきてましてなぁ。

「松枝はん……、悪いけど、押し入れから柳行李をだしてくれるか」

「はいはい、絵ハガキが入ったお煎餅の箱ですやろ?」

「そうそう、はいありがとう」わたしはそう云うと箱を開けて中に直しておいたハガキを出して手に取りました。

 手にした虫眼鏡で一枚一枚の絵ハガキを眺めはじめたものでした。するとそばで見ていた松枝が云うのです。
「お義母さん、鉄さんの画って風景とか景色が多いなぁ…… まあ、季節の挨拶やから当たり前かもしれへんけど」と。

 わたしは云われて改めてまじまじとその絵手紙を見ました。
 わたしはその鉄さんから送られて来た三十枚ほどの絵ハガキを手にしながら泣いてしまっていたのです。

「お義母はん、どうしはったんですか、具合でも悪いんちゃいますの? あきまへん、チョット横んなりはった方がええんちゃいます?」

松枝は一生懸命に気にかけてくれましてな、一生懸命にわたしの背中をさすってくれてましてんけどな……。

「松枝はん……、鉄さん……、寂しいねん。あの人な寂しいんよ…… 」

わたしはハガキを手にしたままオイオイと泣いてしまっていたのです。
 驚いたのは松枝だったでしょう。何も言わずに私の背中をポンポンと優しくはたき、さすってくれていました。

 鉄さんからのハガキに描かれた画のすべてに私は秘密を見つけたのです。
 そりゃぁねぇ、普通にご挨拶を交わすだけのご縁のお人でしたら私もそこまでは感じなかったかもしれまへんなぁ。
 せやけどね、鉄さんとは仏さんや観音様が取り持ってくれたご縁。わたしがもう少しシャンとしてたら店を松枝に任せたまま鉄さんの面倒を見に転がり込んでたかもしれまへんなぁ……。

                 ◆
                
 むかぁしむかーしなぁ、私が尋常小学校から高等小学校に上がった年でしたから、そう一年生でしたやろか、せやから十歳の時でしたわ……

「ぐーにーはん~、ぐーにーはん、お千代のあだ名はぐーにーはん」

ある日を境に、突然降って湧いたように私にあだ名が付けられましてん。最初は私も何のことかわかりしまへんでした。それが毎日毎日、来る日も来る日も云われるようになりましてなぁ。

ある日、学校から帰り祖母のウネに「おカァさんは?」と尋ねると買物行ってるいわはりましてなぁ、なんか私、急に寂しいなって祖母の膝に突っ伏して泣いたんですわ。驚いた祖母は「どしたん?学校でなんかあったか?」そうやさしゅうに聞いてくれました。

私は泣きながら祖母に聞いたものです。

「おばぁちゃん……、あんな、学校でなぁ、みんながぐーにーはん、ぐーにーはん云うねん。ぐーにーはんって、なんやろか?……」ほうしますとな、祖母が大きな声で笑い出しましてん。
私はなんやビックリしてしまいましてなぁ。
なんか面白い漫談か何かのことかもしれない思うたぐらいでした。

ほうすると祖母は急に真面目な顔になると……。
「いいかお千代、今から云うことよう聞くんやで。これからなお千代が大きゅうなってくわな、するとな、いろんな知恵がついてくる。ほしてな、周りの人間達からかけられる言葉はもっと厳しゅうなる。言葉が無ければもっと厳しい、そりゃぁ恐ろしい態度を取られることもある。ええか、負けたらあかん。せやけどな、おばあちゃんがいう負けたらあかんちゅうのは、喧嘩をせっちゅうこっちゃないで。大人の言葉にな、臍を噛むいうてな、どうにもならない悔しさを顕した言葉があるんや」

「ほぞ? ほぞってなんやの?」私がそう聞きますとなぁ、祖母は私のお腹のおへそをチョンチョンとつくと「ここやがな、お臍さんや」というのでした。

「お千代、おまえさんは自分で自分のお臍を噛むことが出来ますかな。……そうや、できしまへんやろ噛めない臍を噛みたくなるほどの悔しい気持ち。それを大人たちは臍を噛む云うてますのんや。でもなお千代。噛むのは臍やないで。唇や。それもなあんたの心の唇や。うちとこのお商売はなぁ、お金を借りてくれるお人がお客はんや。ええこと教えてやろか、お千代がなぁ、大きゅうなった時にな、必ず、必ず見たことあるお人が、ほれ、あの暖簾をかき分けて入ってくる。必ずや。」

祖母はそこまでを云うと首だけをしゃくり上げるようにお店の暖簾を見たのでした。私には祖母が何かを思い出している様に見えたもんでした。

「おばぁちゃん、それは私の知っている人ちゅうこと?」

「そうや。同級生かもしれへん。年下のほれ……、なんちゅうたかいねぇ……、せやせやお里ちゃんかい。かもしれへん。どこの誰がいつお客はんになるかもしれへんのや。お千代……、人間の勝負処云うのはな突然来る。その時のために今は心の唇をグッと噛み締めて色んな知恵を溜めなはれや」そう笑って言うのでした。

「わかった。わかったけどわからんのがな、ぐーにーはんってのはなんやの?」

「あぁ、それは質屋のこっちゃ。むかーしな、質屋云うもんは博打場のすぐそばにあってなぁ、博打で負けて借金こさえた人や、もうひと勝負したろおもた人たちが、身ぐるみあずけていったところやったんやなぁ。博打場ではな、五という数字をグ云うてたんやな、ほして二は、にのままや。ほしてな、奇数を半、偶数を丁いうて二つのサイコロや花札でな、出た数字の丁半を決めるいう博打があった。五と二を足すと七やろ、ほしてそれは半の目になる。せやからぐーにーはんなんやなぁ…… 
これまた、こまっしゃくれたガキやなぁ」

祖母はそういうと声をたてて笑うのでした。

 次の日、私が学校へ行くといつもの子達が徒党を組んで「ぐーにーはん」と私のあだ名を呼ぶのでした。
 そこへなぁ、いつもは教室でもひとりでおる男の子が現れるやいなや、三人の男の子たちを一瞬でけり倒してしまったのです。
 私はその光景にあっけにとられ何も言うことが出来ずただ眺めることしかできしまへんでしたのや。

 その日の午後の休み時間のことでしたか、私が教室に戻ってみると男の子二人が言い合いをしてましてん。言い合いしてる一人は、私を助けてくれた男の子でした。もう一人方は町の相談役をしている家の小倅でした。

「偉そうなことぬかすんやったらな、家の家賃払ってからにしてもらおうか」
「お前になんの関係がある!親のこっちゃないかい。わしに関係あるかい!」

そう言い合っていたのでした。どうやら私を助けてくれた男の子の家は窮していたようであり、教室の中でも何となくそんな話は出ていましたが、その話を聞きつけた小倅が朝の仕返しとばかりにみんなのいる前で窮状を暴露してしまったのです。
 そうなのです。朝蹴り飛ばされた中にはその小倅も入っていたのでした。
それからもその男の子は教室で一人でいることが多かったようで、気になり時折みると、いつも教室の窓のそとに広がる空を眺めているようでした。雨の日も晴れの日もでしたなぁ。

 あれから二十年が過ぎたころですやろか。暖簾を……、そう、こう肩をすぼませ首を前に突き出してくぐるお客はんがいらっしゃいましてなぁ。
時計をひとつポンと番頭席にぞんざいに放らはると「二千円貸してくれ」云いはります。品物をみさしてもらいましてな「七百円」しか貸せませんいうと、大きな舌打ちをするとそれでいいいわはりましてん。

「ほな、何か名前の分かるもん出してください」私が云うて出さはった身分証をみて驚きました。町の顔役・相談役の小倅でしてんなぁ。
 向こうは知ってか知らずか、私の顔など一切みいしまへんでした。
お金を渡すと肩で暖簾を切るように、颯爽とお店を出ていかはりました。

【おばぁちゃん、あんたは偉いお人やったなぁ……、来ましたで、来よりましたがなぁ】

私は一人そう笑ったものです。
 私は鉄さんを見ていると一人でいたあの男の子のことを時折思い出していたのです。どうしてはるやら……、良い一生を送ったであろうことを観音さんに祈るのでした。

                ◆

 鉄さんから送られ来る絵手紙の秘密、それはどのハガキにも一人の人間も描かれていなかったことだったのです。
 人が住んでいる集落や、田畑が描かれたもの、そして山間の小径、冬の雪道……。どの画にも人が一人も描かれていなかったのです。

寂しいんやろうなぁ。苦しいんやろうなぁ。なんて寂しさを抱えたお人なんやろう。わたしはそう泣いたものでした。
その後、鉄さんの画集が発売になると聞き、わたしはその画集を買わしてもらいましてん。
小さな字で説明が埋め尽くされていましたから松枝に読んでもらいました。すると。

「立派な画や大作を描こうとは思わない。寂しいんだから寂しい画を描きたい」と鉄さんの言葉が載っていたのです。

「お義母さん、鉄さん寂しかったんですなぁ」松枝がそう言葉にしました。

「寂しかったんとちゃうねん、あの人は今でもずっと寂しいままやねん」そういうと私はまた声をあげてオイオイ泣いたものでした。

               ◆

その五 ことわり

 なんですやろなぁ、なんかねぇ色んな声が聞こえてきますねん……。とおーくのほうなんですやろなぁ。これまたおかしな按配になってきましたなぁ~、たしか私、画を鑑ていたはずなんやけどなぁ。
ベンチに座らしてもろうて。

いろんな声が「お千代はん、お千代さん、お千代ちゃん」いうて呼んではることはわかりますねんけどお顔がみえへんよって。

なんやの、お里の声もしてるやないの……、フフッ、お里ちゃんあんたのことは声を聞いただけで分かるわ。お嫁さんたちには優しくしてやりや、せやないと、あんた、閻魔さんにいじめられるで。

「お義母さん、お義母はん……、しっかりしてください、お義母はん……」松枝でっしゃろうなぁ、私のスポンのベルトを緩めようとでもしてるんやろうけど、不器用なこでしてなぁ。
なんやベルトが取れしまへんのかいな……、松枝はん、あんまりほうして振ると、お腹の皮が擦れて痛いですやろ……。
あちゃあぁぁ あかんかぁ……痛ないわぁ。

 ん? なんて、松枝はん、なんていいはったん? 鉄さん?

 こりゃあかん、あきまへん。おきにゃぁ……、松枝はん、あんたうちのズボンどうしてくれはりましてん、チャンとズボンはかせてますやろなぁ。

「お千代さん……、わたしですよ、鉄です。画、観てくれましたか? いい画でしたか…………。夢殿さんのね、扉口の明かりはね千代さん……、あれはあなたに貰った明かりなんですよ……  」

鉄さん……、あんたなんで泣いてくれてはるの……。あんた……、また寂しいっていいはるやないのぉ……。

微かに見えていたはずの鉄さんのお顔が次第に暗がりに堕ちてゆくと、周りの声も聞こえんようになりましてん。

ほうしましたらな、目の前がぱぁぁっと明るくなったとおもたら……、その光の中に観音さんがおわしてなぁ、こういいよる。

「お千代、進むとき来たり」と。

「お迎えでしたんかぁ……、ああ、せやったわぁ。ところで観音様……
あんさん幾つにならはったんかえ、えっ?満か数えかて……
そな細かいこと気にしはりますかいな、あの世の理(ことわり)で」



                             了

あとがきにつづく


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