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【短編小説】表現の女王

戦慄すべき自尊心と
類い稀なる万能感をもった彼女のそれは
もはや宗教的な主体性の
極限の高みにまで昇華されていた

端的に言えば
「宇宙の全てを決めているのは私だ」
という絶対的な確信

一表現者である彼女が
吐き出した詩群について言えば
それが産み落とされた時点で
その評価はすでに彼女の中で決定しており
それらは終生変わることはない

そのせいなのだろう
血を分けた我が子同然であるはずの詩群に
産褥後は驚くほど興味を示さない

なぜならそれはもう彼女にとって
【済 ん で し ま っ た こ と】
だからだ

世間の風に触れ
虐待されようと
無視されようと
煮るなり焼くなり
どうでもござれと言った塩梅で
ありとあらゆる毀誉褒貶は
彼女にとって何の意味も為さない

どう転がろうと
彼女が産み落とした時点で
その評価は彼女自身の手によって下され
それは永遠に彼女の中で
一ミリたりとも揺らぐことがない

その態度は
「俺の絵を、どう思う?」などとは聞かず
「俺の絵をどう思うかはお前の勝手だ」と言っていた
天才ピカソのそれと酷似している

詩群のみならず
そもそも彼女の彼女自身に対する絶対的評価が
金剛不壊の如き堅固さで
彼女のデビュー後
筆者の知るところでは
それが僅かでも揺らいだことは
かつて一度もない

どれほど口汚く罵っても
露ほども傷つけられず
あるいは誉め殺しても破壊不能
であれば
それはやはり神の領域であり
もはや我々凡人が
どうこう取り扱える次元ではない

果たして
表現者たるもの
皆その境地に立てたなら
どれほど狂喜乱舞することだろう
あまりの嬉しさに
発狂すらしかねないのではあるまいか
(少なくとも筆者は狂気に陥るだろう)

とはいえ
その実、重要なことは
【神はそれで食べていけるのか?】
というところではなかったか

自分を自画自賛し
天才とうそぶくだけなら
誰にでも出来る

「出る杭は打たれる」この厳しき世界で
そのような傲岸不遜な態度の輩が
果たして生きていくことが出来るのか?

……

結論から言えば
確実に
「生 き て い け て い る」

事実
彼女は人気も実力も名実ともに
未だトップクラスに君臨し続けている

バッシングを受けないわけではない
アンチも大勢いる
ところが奇妙なことに
それらが蚊トンボのさえずりに聴こえてしまうほど
俄然ファンの方が圧倒的に多いのだ

芸術で食べていけるかいけないか
という話でいくと
逆説的に、と論じられるほど
むしろ我がままで、傲慢で、
自分勝手で自己中な人間の方が
不思議と図太くしたたかに
そして確実に生き残っている

無論
謙虚で真面目で優しい人間もいるにはいるが
どちらかと言えば少数派で
表面上の気質はともかく
ひとたび作品自身に目を向けてみれば
自分というものの輪郭を
握りしめている強さは尋常ではない
本質的には前者と同じ領域で
表現展開されているように思えてならない

してみれば
我々表現にかじりついている者にとっては
最終指標的に――あるいは翻って
目指すべきスタート地点として
みな自分という器をどこまで強く、図太く、
そして逞しく磨いていけるかに
かかっている気がしてきてならない

愚にもつかぬ私見を長々と述べてきたが
終わりに
彼女――弁財天鬼美子が直近のインタビュー記事で
最後に語った言葉を記載しておく

「幸も不幸も
世界も宇宙も
この命にどう映るかは
私が決める」

弁財天鬼美子:近影

《了》




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水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。