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【幻想詩文】赤の葬列

この世で一番の赤が死んだ

その葬列は
多種多様な赤き者で埋め尽くされていた
しゃくりあげているのはまだ若い東雲しののめ
焦点の定まらぬ目で遠くを見つめているのは
長老衆と呼ばれる重鎮の一人、蘇芳すおうだろう

――と
蘇芳すおうの真後ろに控えていた者が
やにわに葬列を飛び出し
棺に向かって
まるでそうすることが自分の責務だと言わんばかりに
勢いよく土下座した

ゴンッ!

ぬかづき、割れたひたいから
緋色の鮮血がどくどくと流れ出す

「これ浅緋あさひ
みっともない! おやめなさい!」
「驕ったか浅緋あさひ
寿赤じゅせきは天命ぞ!
お前などが関われるものではないわ!」
周りの者が口々に駆け寄るが
彼女はしかしその態勢のまま
ひたすら肩を震わせ続けた

故人の晩年のお世話を自ら買って出た
側衆そばしゅうの一人であり
なかんずく
今際いまわきわに居合わせた世話係が
この浅緋あさひであった

周囲の者が赤王せきおうたる原種の異変に気づき
慌ただしい足取りで“赤座あかざ”にたどり着いたとき
激しく咳き込む赤王せきおう喀血かっけつ
真正面からまともに浴びていた浅緋あさひの顔は
どこの誰とも判別できぬほどに血に濡れ
青ざめ切っていたという

自分の世話さえもっと行き届いていたら
故人の赤命せきめいは疑う余地もなく
ながえられたのではないか?
答えのない自問が
浅緋あさひ胸奥きょうおうさいなみ続けた

その様子を
一際ひときわ険しい目で
じっと見つめている独眼赤どくがんせきがいた
生まれついての片目で
かつて故人の懐刀ふところがたなと呼ばれていた臙脂えんじだった

しばらく不気味な沈黙を保っていた臙脂えんじ
一度だけ赤眼を閉じると
次に目を開けた瞬間
颯爽ときびすを返し
まるで何事もなかったかのように
あっさりと葬列を後にした

態度こそ千差万別ではあったが
それぞれに
この世でもっとも真に赤だった者の死を心からとむら
いたんでいるようだった

牛歩の如き歩みで
赤霊山せきりょうざんのふもとへと向かっていた葬列の足が
ふいに止まり
声にならないざわつきが隊列を瞬時に駆け抜けた

紅海の如き鮮やかさでどこまでも続く葬列を
抜けるようなちで
稲妻の如く断ち割ってゆく者がいた

前代未聞の珍しい弔問客だった
この世で一番の青――
彼がお共の者も連れず
たった一人で赤の聖域に現れたのだ

のちの世に
“青天の霹靂へきれき”として伝わる
その由来となった大変事だいへんじである

長老衆の蘇芳すおうが場の喧騒を制し
故人が眠る棺を参道に置かせると
目顔で一族全員を少し離れたところまで下がらせた

即座に抗議しかけた浅緋あさひを眼圧のみで射殺し
慇懃いんぎんな態度で深々と一礼すると
蘇芳すおう自身もまた静かに身を翻した

長い空白が満ちた
時おり舞う赤い砂塵だけが
故人と青の間を行き過ぎていく

青は
ここまで 一呼吸もせず止めていた息を吐くように
ふぅと長い息をついた

間髪いれず
どかっと腰を下ろし
棺をじっと眺める

「長い旅でござった」

数千年、せき止められた湖のおりのような
あるいはそのみきった上澄みのような
複雑な響きだった

「この世で最初に生まれた最古の色が
ぬしとわしであった」

一陣の赤い風
巻かれて映える青き芯がぽつり
さながら幾千年の時を経て地上に穿うがたれた
深き穴のようにも見える

「互いに
やりたいように生き
犯さねばならなかった罪も多い」

赤い民は身じろぎもせず
固唾かたずをのんで見守っている

数瞬とも
永遠とも思える時間の重みが
周囲の磁場を支配していた

ぬし
手酌をわせる日が来る
そう遠くない未来だ」

言って青は立ち上がり
腰に巻いていた青瓢箪の栓を抜くと
大胆にそれを赤棺せっかんに振り撒いた

瞬時にわっとなりかけた赤い民を
蘇芳すおうの杖が押し留めた

吸い込まれるような青空の下
この世で一番赤い棺から
虹色の飛沫が飛んだ

まるで赤子を見つめるように
青がすっと目を細めた

<了>

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水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。