マガジンのカバー画像

うたがわきしみの短編小説

52
小説とか童話とか、物語みたいな系の。
運営しているクリエイター

記事一覧

『すする宇宙』

――すする季節。 そう言ってしまって差支えないし、目くじら立てて反対する者もいないだろう。 や、目くじらといっても黒光りする大量の目クジラが直立歩行でずんずん歩いてくるわけではけしてない。そのことだけははっきりさせておこう。 ――で、この際、ありていに、いや、いっそ包み隠さずに言ってしまえば……私は実は花粉症なのだ! フルスイングのカミングアウトでオーバーザレインボー? (まず包み隠す意味がわからないカミングアウト。ボーイミーツボーイじゃなぜいかん? か分からんが、そうい

【詩】破滅日記

町外れのドブ川の水を飲めば 誰でも死ねた しゃっくり三回出たあとに 道はいつもお祭り騒ぎで猥雑で 酔っぱらい達が山車を引き回し 人いきれで空気がお湯になるせいで 車が通れない 体がどんどん小さくなる奇病に侵された娘 珠代 11歳の誕生日 祖母がプレゼントで部屋を埋め尽くす 「またそんなに買って」 妻が無表情で洗濯物を畳む 「バァーバなんだからいいじゃない ねぇ?」 珠代ににっこりと笑い掛け 洗濯物を取り込みにいくような足取りで ベランダに向かう 数瞬―― ドチャッと巨大な

【悪夢】ちょぷっ!

絶対に想像しないで聴いてください 時間は正午くらいだったと思います 雨は降っていませんでしたが 薄曇りで 風がやけに肌に纏わりつき 生ぬるい水槽に浸かっているような 気味の悪い天気でした あなたが散歩に出ると 近くの国道を大型トラックが頻繁に 相変わらずの猛スピードで ビュンビュン飛ばしています ゴツくて大きいタイヤを見つめていると なんだか吸い込まれそうです 実際 体が少し 持っていかれた気もしました ぞくりと身震いがして 背中に嫌な汗が吹

【掌編】びいどろ先生

びいどろ先生 檸檬は将棋に入りますか? 人から目玉が失くなっちゃったよ 多分神様とかのせい 最初みんなただ真っ暗で 盲になっただけかと思った でも顔を触ってみると 目の辺りがのっぺら坊みたいに つるつるで 触って失神する女の人もいれば パニックになって走り出して 車に轢かれる男の人もいた 誰かさんは 口を開けっぱなしの 仮面ライダーみたいになって ひゃめんひゃいだー ってうわ言のように繰り返してた 百々目エノキのせいだね どどめえのき? 人くらいの巨大なエノキで

【掌編】君の赤いマフラー

――その日 一人のホームレスを 純粋に助けた 君 君だけは 救われると思ってた 神様が ちゃんと見てるはずだから なのに―― 富裕層だったから? 髪が金色で美しかったから? 正義なんて不純なものを愛してたから? 見つかって 集団でホームレスに輪姦され ――翌朝 交差点の真ん中で 全裸に剥かれたまま 冷たくなってた 幻みたいなマフラー巻いて 神様 見えますか 見えてますよね 首だけ―― 首だけが赤くて寒そうです ホームレス達が商店街で叫んでる 一枚 また一枚 シャ

『どぅっどぅわー!』

というわけで! どぅっどぅわー!どもども! 小桃沢ももちでーす! よんどころない諸事情かかえて 究極無敵の平凡スーパー女子高生やってまーす! なんつってボクは女子高に通うのはやめちゃって 昼は家を出て作家になったパパの書斎に入り浸り 書物探偵やらかして 夜は仕方なしにママの愚痴を聞いてまーす! そんでもって退屈な日常に対抗すべく よろず探偵はじめちゃったわけで! 近隣の住人からは 無論問答無用で悶絶怒濤の白い目で 見られちゃったりしているわけだけども! そこは傲岸

【短編小説】表現の女王

戦慄すべき自尊心と 類い稀なる万能感をもった彼女のそれは もはや宗教的な主体性の 極限の高みにまで昇華されていた 端的に言えば 「宇宙の全てを決めているのは私だ」 という絶対的な確信 一表現者である彼女が 吐き出した詩群について言えば それが産み落とされた時点で その評価はすでに彼女の中で決定しており それらは終生変わることはない そのせいなのだろう 血を分けた我が子同然であるはずの詩群に 産褥後は驚くほど興味を示さない なぜならそれはもう彼女にとって 【済 ん で

【詩小説】一匹の春の話

一匹の春をつかまえた それはまだ小さく か細く 頼りない 人差し指に満たない ともしびだった それでも これまで起こった すべての悲しみが 仮面をはずして そっと手を握ってくれたような 優しい溜め息に似た風を感じられた 春 春 はらら 誰にも言えなかった悲しみが ひと肌の涙を流せたとき 生命の温度を思い出すように 一匹 また一匹と 春がととのっていった 春 春 うらら そっか 冬が春になろうとする力のことを 春っていうんだ 薄桃色した一匹の女王春がエンジンとなり

『ラストクローン』

百万回蘇生を繰り返して、 生きながらえてきました。 もう一度貴方に会いたくて……。 でも、 そろそろ記憶の劣化が限界に達したようです。 もう、あなたの顔も声も思い出せません……。 ただ、あなたの欠片のような温もりだけ、 まだ、胸の奥にあります。 どれだけこの日を待ちわびたことか。 ついに、貴方が目覚める日が来たのですね。 なのに、それを、心から、喜べないなんて…。 だから、神様は、私に意地悪をしたのですね。 次のクローニングで、 「貴方を知ってる私」は 完全に消えること

【短編】カロリー探偵 禅空寺三成

俺様の名は カロリー探偵 禅空寺三成 昨日に引き続き今日も呼び出しとは 少々節操がないな? ふ、まあいい 今宵も貴様のカロリーをゼロにする 禅ヘキサグラム推理を迸らせてやろう …で、貴様が食べたものは? ふむ、マカロニグラタンか (この時間に食すには中々に重いな…) シャアァァァァァーーーーーーン!!(錫杖の音) フハハハハハハハッ! 真実の迸り! 智慧の光明! 今我が手に宿れり! いいかよっく聞け! 貴様が食べたホワイトソースグラタンは確かに とてつもなく重量

『僕と金魚と星降る夜と』

大のクジラが二足歩行で歩いているのだから ワニだって二足歩行で歩いていい。 こんな星降る夜なら特に。 口をあけて 星を食べると 金平糖のように甘い味がした。 霜の降りた道に 静かにバスが停まり、 魚たちが降りたり乗ったり 僕も乗らなきゃいけないはずなのに 体が動かない。 バスが去ってゆく。 赤いテールランプが峠の向こうにかすんで消える。 金縛りがとけて走り出す。 駆けても駆けても景色は同じ。 力尽き ただ白い息を吐き続ける。 長い影が大勢こっちに向かってくるのが見えた

【ホラー短編小説】髪

自室に入り部屋の電気をつけると 髪の長い女がPCデスクに 座っていてギョッとした ディスプレイは点いてないが キーボードの上でなにやらもぞもぞと 一心不乱に両手を動かしている 「あなた、お帰りなさい…」 妻だった ようやく私の気配に気付き 妻が振り返る 前髪が顔に垂れているせいで 表情はよく見えない 「何をしてたんだ、私の部屋で。電気もつけ――」 私が話している横を何も言わず すっと妻が横切り、部屋を出ていった 問い詰めようと後を追おうとしたが なにか良くない予感

【SF短編】有機的波紐生々流転

彼女は右腕が丸ごと狐になっているため 自分のご飯は左手で口に運び 右手の狐には何らかの雛の肉を 勝手に食べさせていた 彼女の子供は鼻から上が 鴉の頭部になっており いつもキョロキョロしながら 白目のない目をぱちくりさせている 子鴉が「人の心を齧りたい」と鳴いた どんな味がするのかは分からない 「もう崩れてもいいよね」 彼女が子鴉に応える風でも 訊ねる風もなく呟いた 子鴉は黒目だけの目を濡らし ただひと声「くあ…」と鳴いた 親子のエントロピーが発生し 彼女達は形を崩し

【短編小説】絶望ごっこ

絶望ごっこ。 この遊びの話は誰にもするつもりがなかった。 今の今までは。どうやら今日は気が触れたらしい。 目は暗く沈み、命の灯も消えかかっている。 絶望ごっこを始める時間だ。 …………………………………………………………………………… 私は陸の孤島、ポツンと一軒家に住んでいる、という設定から始まる。 その日、世界で戦争が起き、人類はあっけなく滅びてしまう。まったく阿呆ばかりで他愛もない世界だ。 藁一筋の奇跡で私の家だけがなぜか無事だった。名実ともに、私は人類唯一の生