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黒陸奥宗光

行き着けの魚屋にて黒ムツ発見。目がぎょろりと大きく、こちらを射貫いてくるよう。このまま買って自分で下ろすのは、睨まれているようで怖いので、その場で三枚下ろしにしてもらい、持ち帰り。
これを煮よう。


材料

黒ムツ   1尾分
牛蒡    3本
生姜    1欠け
蜂蜜    大匙1
醤油    大匙3
味醂    大匙2
黒摺り胡麻 適量

ムツと言えば宗光だろうということで、陸奥宗光を妄想しつつ料理開始。
天保十五年(1844)紀州徳川家家臣の家に生まれた伊達小次郎が後の陸奥宗光。8歳の時に父が藩内抗争に敗れて失脚。生活困窮。
それでも学問で身を立てるべく江戸に出て儒学者、安井息軒に弟子入り。しかし都会は誘惑が多いもので、遊郭通いがバレて破門。


生姜を細切り。

その後、彼にとって運命的な出会い。坂本龍馬。
以後は神戸海軍操練所、亀山社中、海援隊と常に龍馬の傍。
その頃には陸奥陽之介と名乗っていたようですが、いつ改名したのか、由来もよくわかりません。
出身の伊達家は独眼竜政宗と同族。駿河に移り住んだ伊達支族の末裔。先祖は陸奥の人だから陸奥?或いは龍馬の愛刀は陸奥守吉行。刀と同じ位に傍にいたいという気持ちの表れ?
龍馬も才気煥発な陸奥を気に入っていたようで、
「二本の刀を捨てても食べていける才覚があるのは、あしと陸奥だけぜよ」と言っていたとか。
ただ、生意気な奴と仲間からは思われることもあり、嘘つき小次郎という綽名もありました。
これは悪質な嘘をついたということではなく、口先だけの男位の意味。


皮に十字の切り込み、熱湯を掛ける。

陸奥がよく語った龍馬の思い出話に、西郷に龍馬が新政府の役職に誰を充てるかという案を示した逸話。
どの役職にも坂本龍馬の名がないので、西郷が不審に思っていると、
「あしは窮屈な役人にはならず、世界の海援隊をやります」との返答。
傍に居た陸奥も多いに感動。


熱湯を掛けた後、氷水に漬ける。生臭さを取るためです。

龍馬が暗殺された時、陸奥は紀州藩の三浦休太郎が犯人と見て、大阪の天満屋に居た三浦を仲間達と襲撃。護衛の新選組と乱闘。
龍馬亡き後、岩倉具視の推挙で新政府に出仕。
幕府がアメリカに発注していたストーンウオール号という軍艦。
完成した時には幕府が瓦解。国内は内戦状態。アメリカは局外中立を宣言して、軍艦を旧幕府側にも新政府側にも渡さない。
陸奥はこれと交渉。新政府が引き取ることを了承させました。更に代金を大阪商人達から借り受けることにも成功。
口先だけの男と言われていた嘘つき小次郎が、正に口先だけで大きな仕事というべきか。

好みの長さに切った牛蒡を酢水に漬けて灰汁抜き。変色を防ぐため。

兵庫県知事、神奈川県令、地租改正局長を歴任。
明治十年(1877)に政府転覆を謀ったことにより逮捕、山形監獄に収監。
明治十六年(1883)に特赦で出獄。以後、留学を経て政界復帰。外務省に。
駐メキシコ公使として、メキシコ政府と交渉し、日墨修好通商条約を締結。これは幕末に幕府が諸外国と結んだ条約とは違い、平等条約。
外務大臣となった後も諸外国と交渉、不平等条約の改正に尽力。治外法権の撤廃に成功。
日清戦争後、下関で行われた講和会議には伊藤博文と共に出席、ここでの交渉により李氏朝鮮は清国の属国から離れて、大韓帝国として独立。朝鮮半島は緩衝地帯にしておいた方が日本の国益に叶うから。賠償金もがっぽり。
こうした輝かしい功績を遺したことから、外務省には陸奥の銅像。
しかし、この記事の題は黒陸奥。実は彼にも黒歴史が幾つか。
先に述べた逮捕歴だけではなく、政治家としてどうなのか?という履歴が幾つか。


調味料と生姜を煮立てる。

明治五年(1872)横浜港に停泊していたペルー船籍のマリア・ルス号から苦力として実質的な奴隷労働を強いられていた清国人が逃亡。イギリス軍艦に助けを求め、イギリス側は日本政府に対し、清国人救助を依頼した事件。
この時、地元である神奈川県の県令が陸奥宗光。
彼はペルー政府ともめ事になるのを嫌がり、さっさと辞任。逃げたということです。


叩いて柔らかくした牛蒡、黒ムツを投入。再沸騰させる。

足尾銅山鉱毒事件という公害問題。御存知の方も少なくないかと思います。
明治二十四年(1891)、田中正造が帝国議会に質問主意書を提出。
陸奥は質問の趣旨がわからないと回答。これまた逃げを打った。


キッチンペーパーで落し蓋。弱火で十分煮る。

こうした逃げの姿勢ですが、陸奥からすれば、国策上、あまり触ることが出来ない案件だから、そうしたのかもしれません。
発足して間もない新政府には外交問題は荷が重い。
公害問題についても、諸外国に追いつけ追い越せというのが当時の国是。殖産興業のためには、多少の犠牲には目をつぶるしかないと考えた?


黒陸奥宗光

黒摺り胡麻をたっぷり掛ける。
淡白な黒ムツに甘くしょっぱい煮汁がよく沁みている。ひび割れた牛蒡も同様。いい味。黒胡麻の香ばしさが一層、甘じょっぱさを引き立てる。
湯を掛けて冷水でしめただけではなく、生姜も入っているので、魚臭さは微塵もなし。魚のタンパク質、牛蒡の食物繊維をたっぷりと頂けます。

すべての人を救うことは出来ない。大多数、或いは国益にとって最善なことをしなければならない。それが政治家という者だとすれば、陸奥宗光の行動に芯は通っていると思います。
不平等条約という幕府の負の遺産を解消した功績は確かに大きく、カミソリ大臣と言われただけのことはあります。そんなことを妄想しながら、黒陸奥宗光をご馳走様でした。



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