鮎村咲希

小説新人賞への応募を続けています。主に書いているのはミステリですが、ほかにSFやファン…

鮎村咲希

小説新人賞への応募を続けています。主に書いているのはミステリですが、ほかにSFやファンタジー、ショートショートを書くこともあります。 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!

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墜ちた男 第1話

【あらすじ】  刑事の春名皓平は、友人の藍沢十哉を招いた夕食の席でとある殺人事件の話をする。それは、周囲に高い建物のない場所で男が墜落死するというものだった。  容疑者として浮かんだのは二人。被害者の元妻と、被害者から金を借りていた男だ。どちらも動機があり、アリバイも不完全だった。 春名に挑発された藍沢は、この事件の謎を解こうと推理を始める。しかし、思いつきは春名によって次々と否定されていき……。 「待たせたな」  春名皓平がキッチンから戻ると、藍沢十哉は弾かれたように顔を

    • 墜ちた男 第6話

      「正解だ」  数秒の間のあと、春名は溜め息とともに洩らした。無意識に呼吸を止めていたらしく、軽い酸欠を起こしたように頭が痛む。耳の奥では、犯人を指摘する藍沢の声がまだ響いていた。 「それはどうも」  藍沢は澄ました顔で会釈し、膨らんだ胃をぽんと叩く。気づけば、テーブルの上の皿はすべて空になっていた。 「なかなか面白かったよ。とっておきのデザートって感じでさ」  現実の事件も捨てたもんじゃないね、と藍沢は感心したように言う。 「今のは例外だ」  春名は呆れ声で応じた。不可解な事

      • 墜ちた男 第5話

        「久保塚も容疑者二人も、カメラに映ってないのか……」 「受けて立つ」との宣言から五分後。藍沢はほとんど骨だけになった鮎をつつきながら、独り言のように洩らした。 「ってことは、久保塚と犯人は廃工場経由で現場に行ったってことだよな……」  どうやら熟考しているらしい。箸先は鮎の骨を引っ掻いたりつまんだりしているものの、藍沢の視線は皿の上ではなく宙に向いていた。 「普通に考えればそうなる。問題は、現場に墜落死するような高い建物がないってことだ」  春名は手をつけていない自分の鮎を、

        • 墜ちた男 第4話

          『悪いことってのは重なるもんですね』  事情聴取が始まるなり、高尾は溜め息まじりに言った。肩につくほどの髪を掻き上げ、傍らに視線を移す。その先にあるのは、事務机に立てかけられた二本の松葉杖だった。 『仕事はなくなるし、怪我はするし、久保塚さんは死んじゃうし』  お祓いでもしてもらったほうがいいんですかね、と冗談めかして笑う。その声にも笑みにも、力はなかった。  足首を捻挫したのは、事件の三日前とのことだった。趣味のボルダリング中に、うっかり足を踏み外したのだという。 『よりに

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        墜ちた男 第1話

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        • 墜ちた男
          6本
        • 水溜まりの中のインク
          9本

        記事

          墜ちた男 第3話

          『あの、まだ帰れないんですか?』  繰り返される質問の一つ一つに律儀に答えたあと、槙はそう訊ね返した。口調こそ遠慮がちだが、ひそめた眉は不満を物語っていた。 『事情聴取って、けっこう面倒なんですね。こんなことなら名乗り出なきゃよかった』  まとめ髪の毛先を弄び、溜め息をつく。丸くて大きな両目のせいか、それとも卵を思わせる輪郭のせいか、槙は実年齢より五歳は若く見えた。  彼女が久保塚と結婚したのは、事件からちょうど二年前の夏だった。二人は勤務先の会社で知り合い、交際から結婚まで

          墜ちた男 第3話

          墜ちた男 第2話

           男の死体が発見されたのは、よく晴れた早朝のことだった。  正確には、午前五時半すぎ。季節は夏とあって、辺りはすでに明るかった。春名が現場に着いた午前七時には早くも気温が上がりはじめていて、半袖シャツの背中がじっとりと汗ばんだのを憶えている。  現場は南北を公園と廃工場とに挟まれた片道一車線の道路だ。車道の両脇には一段高くブロック敷きの歩道が整備され、その境には背の高い雑草が生い繁っていた。公園の植え込みに面した南側の歩道が比較的開けた印象なのに対し、百メートル以上にわたって

          墜ちた男 第2話

          水溜まりの中のインク 第9話

           夕暮れの広場に軽快な音楽が響いている。初めて聴くリズムなのに、どこか懐かしく思えるのは、使われている楽器がリノンの故郷のものと似ているからだろうか。 「トラット。これ美味しいよ」 「どれどれ――あちっ! なんだよ、まだ冷めてないじゃない!」  配られた料理をつまみながら、リノンとトラットは祭りの様子を眺めていた。昨日修理されたばかりの櫓からは、真新しい木の匂いが漂ってくる。櫓の前では二つの村の全住人が、境界線の左右に分かれて楽器を奏でたり、舞を披露したりしている。エルゼも嘘

          水溜まりの中のインク 第9話

          水溜まりの中のインク 第8話

          「そうよ、私がやったの」  エルゼはリノンの問いにきっぱりと答えた。ただし、彼女は嘘つき村の住人なので、「やっていない」と否定したことになる。 「あなたの考えは見事に当たってるわ。名探偵、って呼びたいくらい」  言葉とは裏腹に、エルゼの表情は険しかった。二人のガイドが同一人物だと聞いたときは驚いたような顔を見せたものの、自分が疑われていると知ると、とたんに敵意の塊と化してしまった。小さな顔をこれでもかというくらいにしかめ、こちらを睨みつけてくる。  その背後には、盆を手にした

          水溜まりの中のインク 第8話

          水溜まりの中のインク 第7話

           翌朝、正直村に戻ると、リノンとトラットは監視カメラのある壁を抜けて広場へと入った。夜のうちにアイエラと連絡を取り、カイの家に二人の人物を集めてくれるよう頼んでおいたのだ。  家の扉を開けると、ソファの端と端に座っていた二人が同時に顔を上げた。片方は杖を手にした痩せっぽちの老人、もう片方はおかっぱ頭でずんぐりとした体型の老女だ。  ――あの人たちは、村で〈長老〉と呼ばれているわ。  アイエラの言葉がよみがえる。彼女やサルダリの親世代に当たるという二人は、老いた身体に不思議な貫

          水溜まりの中のインク 第7話

          水溜まりの中のインク 第6話

          「ねえ、もういいんじゃない? 被害者はカイってことになったんでしょ」  背後でトラットがぼやいた。キバの住む家には電気式の暖房が据えつけられていたが、さすがに暖炉ほどの威力はなく、トラットはさっきから鼻をすすっている。 「そうだけど、一応こっちも調べとかないと。証拠は多いほうがいいしね」  クローゼットの中を眺めながら、リノンは答える。キバの服は見事に黒で統一されていた。下着やベルトなどまで黒一色だったが、カイのものと違ってサイズのばらつきはない。下着の中にタオルでも詰め込ん

          水溜まりの中のインク 第6話

          水溜まりの中のインク 第5話

          「失礼します」  リノンはこの場にいない家主に断り、簡素な木机の引き出しに手をかけた。引き出しはすんなり開いたものの、入っていたのはありきたりな文具と虫刺されの薬だけだった。犯行をほのめかすメモでも見つかればと思ったのだが、そう簡単にはいかないらしい。  少しでも手がかりを得ようと、ガイドたちの住む家の調査を始めたはいいが、今のところ収穫と呼べるものはなかった。空き巣でも入ったかのような室内の惨状に罪悪感をおぼえるばかりだ。 「トラットも手伝ってよ」  リノンは暖炉のほうを振

          水溜まりの中のインク 第5話

          水溜まりの中のインク 第4話

           翌朝、トラットを抱いて眠っていたリノンは、枕元に備えつけられた端末の着信音で目を覚ました。点滅する青いランプは、外部からの通信であることを示している。眠い目をこすって画面に触れると、見憶えのある女性の姿が現れた。 『サクラギさん? よかった、まだ出発してなかったのね』  画面の中でほっとした笑みを浮かべたのは、正直村の村長、アイエラだ。迫力ある体型は相変わらずだが、自慢の巻き毛はあちこち絡まったように乱れている。リノンは状況がつかめないまま、「おはようございます」と会釈した

          水溜まりの中のインク 第4話

          水溜まりの中のインク 第3話

           翌日は嘘つき村を案内してもらうことになっていた。 「今日はひどい天気だな」  キバと名乗った嘘つき村のガイドは、カプセル型の車を器用に運転しながら言った。昨日、西側の道を上ったときもそうだったが、ろくに舗装もされていない山道では、自動運転機能は使いものにならないそうだ。突き上げるような揺れに身体は跳ね、カーブに差しかかるたびに窓に頭をぶつけそうになる。トラットもジャケットの中でつぶれたような声を上げていた。 「ほんとですね」  リノンは舌を噛まないよう注意して答える。昨日と

          水溜まりの中のインク 第3話

          水溜まりの中のインク 第2話

           旅を始めたばかりのころ、宇宙船で隣の席に座った薄青い髪の男性は、気さくにこう話しかけてきた。  ――若いお嬢さんが一人で宇宙旅行とは、度胸があるね。どこの出身だい?  ――地球です。  ――へえ、ずいぶん遠くじゃないか。旅費も馬鹿にならないだろうに。もしかして、高貴な身分の方かい?  ――そうだよ! ボクは惑星――の王子さ!  男性の言葉に反応して、ジャケットの襟元からトラットが顔を出す。  ――ちなみにこっちのリノンは、宝くじで当てたお金で旅してるただの平民だよ。一人じゃ

          水溜まりの中のインク 第2話

          水溜まりの中のインク 第1話

          【あらすじ】地球人のリノンは、猫型異星人のトラットとともに宇宙旅行をしている。惑星ケルダに降り立った二人は、ガイドの案内で遺跡の村をめぐるが、やがて事件に巻き込まれてしまい……。  宇宙船から降り立って見たのは、一面の青だった。宇宙港を取り巻く草原はその向こうにある林へとつながり、さらに奥に見える小山へとなだらかに続いている。目の覚めるような青色の植物に覆われた大地は、凪いだ海のようにも見えた。 「地球に似てるって聞いてたけど、本当にそんな感じ」  胸いっぱいに息を吸い込み

          水溜まりの中のインク 第1話