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親愛なるジュンコへ 7/8話

7 変わり果てた純子


前回のお話はコチラ↓


目の前の光景はゴミ屋敷そのものだった。

純子は、散乱するゴミをかき分けながら部屋に入っていった。
「お茶入れるからそこに座って」
と言われたけど、もはや座るところなんてなかった。
「お、お茶は大丈夫。も、持ってきたから」と私は純子に言った。
相変わらず純子の目は虚ろで無表情のまま、清潔とは言えないマグカップにペットボトルの紅茶を入れて持ってきた。

純子は大量にあるゴミ袋を無造作にどかしてスペースを作り、テーブルを出してその真ん中に紅茶をドンっと置いた。目の前にはこの部屋には似つかわしくない真新しい大きな液晶テレビが置かれていた。
「アヤP、テレビでも見て」
純子はテレビを付けてテーブルの前に座り紅茶を飲んでいた。
私もゴミをどかしてテーブルの前にスペースを作り座った。娘も座らせた。
心なしか床がベトベトしているような感じがした。

純子は虚ろな目で無表情のままボーっとテレビを見ていた。
徹子の部屋だった。
すると急に純子は何かを思い出したように、

「アヤP、私・・・旦那から毎日犯されてるの。セックスを強要されてるの。私、妊娠してるのに、こんな身体になってるのに、毎日毎日旦那が襲ってくるの。アヤP、私どうしたらいい?どうしたらいい?」

この部屋で?
あの旦那が?
それは現実のことなの?

疑問に思いながら何も答えられずにいると、純子は
「あ、薬飲まなきゃ」
と言って、マグカップに紅茶を注ぎ、薬を一気に飲みほしていた。

「アヤP、ゆっくりしていって。あ、テレビ見てね」

相変わらず虚ろな目でそう言って、そのまま純子は徹子の部屋をぼーっと見ながら、そのうちゴミ袋を枕にして眠ってしまった。気付いたらイビキまでかいていた。

純子・・・
いったいどうしちゃったんだよ・・・

純子が眠っている間に私は部屋を見渡した。
20畳程のスペースはあるだろうか?
部屋は広いが、全体的に袋詰めになったゴミ袋がそこらじゅうに散らばっていた。
ここはもともと旦那さんの部屋だったのだろうか?
むき出しのクローゼットのようなものが部屋の真ん中に置かれていて、そこに純子の服が何着かかけられてあった。11月の季節にそぐわない夏物の服ばかりだった。そういえば目の前にいる純子も、夏物の服を何着も重ね着している。

壁には昭和のアイドル、中山美穂やら菊地桃子のポスターなどが色あせて青くなっていたものがグチャグチャと貼られていた。そして、あらゆるものが散乱していてその中には初期のファミコンすらも無造作に置かれてあった。
部屋全体が床も壁も天井もタバコのヤニで黄ばんでいて、妙にべたついた感じもしていた。

ここはどこなんだ

目の前には、太ってイビキをかいて寝てる変わり果てた純子がいて、私はバカみたいに着飾って、2歳の娘もお出かけとめかしこんできたのに、招かれた所はゴミ屋敷。

私は誰なんだ

自分の置かれた状況が理解できなくなり、だんだんと息苦しくなってきた。
私は2歳の娘の手を取り、純子に気付かれないように部屋を出た。
傾斜角度75度の階段をゆっくりゆっくり降りた。

無事1階に降りて、もう一度純子が寝ている2階に目をやった。

「純子、ごめん」

私は心の中でつぶやいて、母屋を後にした。

急いで車に行き、娘をチャイルドシートに乗せて一気にエンジンをかけた。
早くこの場から立ち去りたかった。
純子に気付かれないように、私は純子から逃げたかった。
アクセルを思い切り踏んで、急いで車を発進させた。
何ヘクタールにも広がる畑を後にすると、バックミラーには90度に腰の曲がったお姑さんの姿が小さく見えた。


はぁ

車の中で大きく息を吐いた。
それまで私はずっと息を止めていたことに気づいた。
不潔な純子から放たれた異臭と、ゴミ屋敷の異臭、そして何よりもあの家の閉鎖的な空気感に、私は息を止めずにはいられなかった。

車に乗ってやっと解放されたと思ったが、ふと、トランクに純子が畑から引っこ抜いてきた人参と長ネギが入っていることに気付いた。

長ネギの匂いが鼻についた。
それと同時に私の目から涙がこぼれた。

変わり果てた純子の姿と、その場から逃げてしまった自分と、そして長ネギの匂いの刺激で、私の涙は止まらなかった。



車を発進してしばらくすると、私の携帯が震えた。

純子からだった。
急に私が居なくなってしまったから驚いたのだろう。

私は運転中だったし、純子と話をする言葉が出てこなかったので、そのまま携帯は震わせていた。
しばらくしておさまったが、その後すぐに一度だけ携帯がブルっと震えた。
メールを受信する音だった。
私は一旦車を停車させて、深呼吸をしてからメールを見た。そこには、

「アヤP、今日は来てくれてありがとね」

一言だけだった。
なぜ勝手に帰ってしまったのかなどは一切書かれてなかった。
私はどう返信していいか迷ったが、

「黙って帰ってごめんなさい。元気な赤ちゃん産んでね」

そう返したが、純子からの返信はしばらく来ることは無かった。


帰宅後、私は家のパソコンで純子の病気「統合失調症」について調べた。調べるだけ調べまくったら、私の知識はその辺の研修医レベルにまで達した。それほどまでに私は調べ尽くしたが、散々調べつくした結果、どの文献にも共通してこんな事が書かれてあった。

「友人付き合いはやめた方がいい」


そして、訪問から2カ月程経った頃に私の携帯が震えた。
表示を見ると「純子」と書いてあった。開いてみると赤ちゃんの画像付きのメールだった。

「〇月〇日、無事に〇〇グラムの元気な女の子が産まれました。名前はアヤカです。」


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