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始まらなかった恋 ⑥/6 「忘却」

前回の話はコチラ↓

1995年4月

「アヤちゃん・・・久我が死んだ」

その電話を受けたのは、久我くんとの電話から3日後だった。
そろそろ久我くんに電話をしようと思っていた日の夕方、珍しい時間に電話が鳴ったと思ったら友人のY子だった。

最初、何を言っているのかわからなかった

Y子は付属の短大で、同じ高校からの持ち上がりのMちゃんという子に突然声を掛けられた。

「K高の久我くんて知ってる?」

Mちゃんは、例の背中にタトゥーのあるT男に惚れていた口の一人だった。
T男から突然の訃報を受けた際、アヤという名前のヅラ女にも伝えて欲しいと言われ、彼女は卒業アルバムから私を探し、同じクラスだったY子に声を掛けた。

私はY子から電話番号を伝えられて、顔も知らない、喋った事もない元同級生のMちゃんに電話をした。そこで彼女から、

久我くんがバイクの事故で死んだことを聞いた。

飲酒運転だったこと。
トラックにひかれて何十メートルも引き摺られたこと。
その後後続車にもひかれて、病院に着いた時には既に亡くなっていたこと。
葬儀告別式は〇月〇日で、
場所は板橋の〇〇セレモニーホールで、
最寄駅は、、、


何がなんだかわからなかった


久我くんが死んだ?
電話したの確か3日前だったよね?
その久我くんが死んだ?
え?
何の話?
私誰と電話してたの?
え?

アドレス帳のK欄には、書き足したばかりのTELとBELLの番号が書かれてあった。

これは誰の番号なの?


何が本当で何が嘘なのかわからなかった



私は頭の中がふわふわしたまま、S美とY子と3人で久我くんの葬儀に向かった。

葬儀場に着くまでの道のりに、黒枠で囲まれた「久我家」の張り紙を見た時は、もしかして今自分は、久我くんの身内の誰かの葬儀に向かっているのでないかという思いがしたが、久我くんのフルネームが書かれた大きな看板を見て、やはりこれが現実なんだと打ちのめされた。

お経が流れ、多くの人の啜り泣きが聞こえる中、沢山の花に囲まれた大きな祭壇の真ん中に、久我くんの遺影写真があった。

「久我くんてこんな顔してたっけ」

そう思うだけで、涙も何も出なかった。

私達3人は、葬儀場を後にしてから駅に向かうまで終始無言だった。
いつもなら「このまま池袋でラーメンでも食べにいくか」となるのに、そうはならなかった。S美とY子は告別式には行かないと言って別れた。

翌日の告別式は、Mちゃんと約束して一緒に行った。
何をしゃべっていいのかわからなかったから、2人とも無言だった。

昨日と同じ葬儀場に着いて、また同じ久我くんの大きな遺影写真を見たけど、何度見ても「こんな顔してたっけ」と思うだけで、やっぱり涙は出なかった。

それにしても凄く大きな花輪があるなと思って見たら、○○大学歯学部と書いてあった。久我くんは数日しか大学に行ってないのに、大学から花が届けられるんだと思った。


焼香の順番に並んでいると、見た事のある顔が何人もいた。

久我くんと初めて会った時の合コンにいた男子達で、その中でも一際崩れんばかりに号泣していたのが幹事のS田だった。
S田は、もうその場に立って居られない程泣き崩れていた。
その少し離れたところに、T男率いる元K高の男子達もいた。みんな手で涙をふきながら、声を殺して泣いていた。

そんな中、男子たちの近くにいた喪服の派手なギャル達に目がいった。ギャル達はみんな揃ってオイオイと泣いていた。一体誰にアピールしているのかというほど、大きな声で、皆でオイオイと泣いていた。
それを見て、私は不謹慎にもこう思ってしまった。


なんだよアレは
何のアピールだよ
誰に向かって泣いてんだよ

そう思ってしまうと、今度は自分自信に向けて思った。

自分はここで何をしているのか
こんな所で自分は何をしているのか


一滴の涙も出ない、悲しいのか何なのかわからない、あの喪服のギャルたちのようにふるまえない私は、一体何をしに来たのか。

そう考えると、
私は久我くんの事なんて、別に好きとか付き合おうとか言われた事もないし、言った事もないし、そもそも2回しか会った事ないし、こんな所で泣く程の関係ではない。

そう思ってしまった私は隣にいたMちゃんに、

「ごめん、私もう帰るわ」

と言った。
Mちゃんは、火葬場行きのバスに一緒に乗るつもりでいたから、ビックリした顔をしていた。

私の中で、

私はあのギャル達と同じではない

という思いが浮かんだ。
どうしてこの場でそんな思いが湧き上がってしまったのかわからないけど、恐らく私の中で、あのギャル達に対する何らかの敗北感を持ったのかもしれない。

私は久我くんの事を何も知らない
あのギャル達よりも知らない
だから私は悲しむべき立場にはない

そう思ってしまったから、もうその場には1秒足りとも居たくなかった。

Mちゃんも、
「じゃあ、私も帰ろうかな」
と言って、T男に一言声を掛けてから、私の後についてきた。

なんだかこのまま帰るのも寂しかったので、Mちゃんと2人で河川敷を歩いた。歩きながらMちゃんがポツリと呟いた。

「久我くんて元気だったよね。いつも元気だったよね」

私は、

「そうだね。元気だったね」

と言った。

「私、T男君の事が好きだったんだけど、T男君ってあの通り物凄くモテるから、私いつも久我くんに相談してて、いつも話聞いてもらって、、、」

それからMちゃんは、久我くんとの思い出話と、T男に対する思いを切々と私に語った。どれほどT男がかっこいいか、どれほどT男がモテたのかを切々と。

「悪いけどT男君って、Mちゃんが言うほどカッコイイとは思えないけどwww」

最後はお互い笑ってしまった。

だけど私はそんなMちゃんに対しても、得体の知れない敗北感を感じていた。

だから私は無理やりこう思うことにした。

私はそこまで久我くんと親しくなかったから私は悲しくないし、だから死んでしまっても別にどうってことない。
ただ合コンで2回会っただけで、そのまま会わなくなっただけ。
そんなのはよくあることだし、別にどうってことない。

そう思ったら、そう無理やり思い込んだら、久我くんのことなんてすぐに忘れてしまった。
S美もY子も思い出さないように私に気を遣ってくれたけど、そんな気なんて遣って貰わなくても、私はすぐに久我くんの事なんて忘れてしまった。





忘れてしまったと思っていた
ずっとそう思っていた

だけど、何年経っても、今現在30年経っても、あの時久我くんがいた高校の名前、K高校という名前が出てくるだけで思い出す。

初めてカラオケで会った時のこと
教室で女友達と盛り上がったこと
夜に電話が来たこと
ヅラ合コンをしたこと
そして、桜が舞い散る日、電話ボックスの中で小さくガッツポーズをしたこと

それらを思い出す度に、私の心はなんだかポカッと温かくなって、それと同時に胸がキューッと締め付けられる。 

恐らく私は恋をしていたのだと思う。
あの時、私は確実に恋をしていたのだと思う。

別に好きだと伝えたわけでもないし、付き合おうと言われたわけでもない。
それこそ何にも始まらなかったけど、2人の仲は一つも始まらなかったけど、それでも私はあの時、確実に久我くんに恋をしていたのだと思う。

始まらなかった恋

これが私の始まらなかった恋の話

もうずっと忘れられない私のストーリー



もし久我くんが生まれ変わっていたとしたら、どこかの誰かと恋をしていたらいいなと願う。そのどこかの誰かが、まだオバスンと言われなかった頃の、かつての私に似ていてくれたらいいなと思う。そんな図々しいことを、願ったりなんかしちゃったりなんかする。



2024年5月



最後までお読み頂きありがとうございます。


長くなっちゃったので「あとがき」はコチラ↓









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