身だしなみが全てを語る
毎月、洋服を褒めた。
毎月、顔色と肌艶を褒めた。
毎月、奥様のセンスとこだわりに脱帽した。
わざとでも、お決まりでも、おべっかでもない。
本当に毎月、そのお客様は身だしなみに乱れなく、素敵なお洋服を着ていた。
髪も短く切り揃えられていて、メガネも曇りなく、ヒゲも剃っていたし、お肌がツヤツヤしていた。
神経難病を発症して10年以上。
信じられないくらいに進行の歩みを抑えていたと思う。
言葉が出づらくなっても、穏やかで優しいお人柄だった。
奥様は「病人だからね、身だしなみだけはね、気をつけないとね。綺麗な方が介護する人もいいよね。」といつも繰り返していた。
一人で身の回りのことがおぼつかなくなる時。
身だしなみは後回しになることが多い。
髪をとかさなくても。
髭を剃らなくても。
顔を拭かなくても。
歯を磨かなくても。
人は生きていける。
だから、疎かになることを責めることはできない。
だからこそ。
奥様は髪をとかして、髭を剃り、顔を拭いて、歯を磨くことを、旦那さんである私のお客さんに度々言い聞かせて、清潔を心がけていた。
渋い色のセーターに明るいチェックのシャツを合わせたり、
ズボンは脱ぎ履きのしやすい濃い色の柔らかい生地のものを選んでいた。
機能性ばかりにとらわれたり、汚れの目立たない暗い色を選びがちだが、少し手間がとれても
おしゃれなものをとコーディネートされていた。
そのこだわりこそが、奥様の旦那さんへの敬意であり、自分自身の譲れないプライドだったと思う。
自宅での介護を諦める時がきた。
諦めることへの罪悪感は計り知れない。
手放し、任せるということは、現状の日本の制度や医療・介護の現場において今までの奥様が続けてきたケアを諦めるということだ。
ただ、私はそれでも手放す選択を後押しした。
お父さん、許してくれるかな。と呟く奥様に
許すも許さないも。と答える。
私、毎月、おしゃれな〇〇さんに会うのが楽しみでした。
今日はどんなお洋服かなぁって。
奥様は笑った。
ねぇ、毎月褒めてくれて、お父さん照れたりしてね。吹き出したりしたわよね。
握る手は冷たくて、爪はいつも短く切り揃えられていた。
握り返す力は優しかった。
許すも許さないも。
〇〇さんが、お母さんのことを許さないなんてことが、想像できないです。と言った。
そうかな。お父さん、わかってくれるかな。と言った。
うん、わからないっていう〇〇さんも想像できないです。
身だしなみは全てを語る。
奥様の想いを受け止めないなんてこと、私には想像できません。
お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。