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いま市民活動支援センターで働くきっかけ(後編)

前回の続き

市民活動支援センターで働いて丁度2年が経つとき、私は体調不良もあり契約満了の3月31日で退職をすることにしました。
業務は好きだったものの体と心が追いついていかず、とにかく悔しい気持ちでいっぱいでした。

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ですがそんな私を救ってくれたのは、市民活動支援センターを利用してくださっていた市民の方々でした。

町で偶然会ったときに「川嵜さーん、元気ねー?」と声を掛けられ
他の方からは「急に辞めたからびっくりしたよ、これよかったら食べなさい」とゼリーやジュースをたくさん渡されました。
ひとつひとつのお声掛けが本当にありがたく、そのとき改めて糸満に住んでよかったと思えた瞬間でした。

その後少しずつ体調も良くなり、そろそろ働かなくてはと思っていたタイミングで、プロポーザルで新しく市民活動支援センターを受託した方々から「よかったらまた市民活動支援センターで働いてもらえない?」と声を掛けてもらいました。正直まだ体調も不安定なのでどうしようかとも思いましたが、やり残したことをやれるのではないかという気持ちが強くあり、センターに戻ることにしました。

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それから一年、受託先が変わったことで事業内容も変わることがありましたが、自分なりに市民活動支援センターでやり残したことや、やってみたかった事などを全力でやり切り退職しました。

その後は、自営業という形で自分のやりたかった写真やイラストのお仕事をしたり、市内でのつながりでいろんなことをさせていただきました。(あまりに自分語り過ぎて恥ずかしくなってきたので割愛します)

そして2021年、市民活動支援センターの所長が川門さんから新しく北村さんに代わりました。(北村さんは2013~2015年度糸満市の地域おこし協力隊として在籍していた際、一緒にお仕事をしていました)
北村さんからお声掛けをいただき
『また市民活動団体さんの支援をしたいな』
『北村さんとまたお仕事してみたいなぁ』
という思いもあり、3年の時を経てまた市民活動支援センターに戻ってくることとなりました。

まちテラス

文字に起こすとなんだか恥ずかしくなりましたが笑
いま市民活動支援センターで働くきっかけでした。

「糸満市は《ミニ沖縄》だよね」と以前知り合いと話をしました。
海人のまちとして、海を愛し
美らキャロットやパッションフルーツなど畑も盛んで
南山城跡や具志川城跡などの歴史的な場所
平和祈念公園やひめゆりの塔など平和を祈る場所もあります。
居住地もサトウキビ畑に囲まれた地域もあれば
住宅街、商業地域もあり
そして何より「イチマン(糸満)がイチバン」というほどの糸満愛に溢れた地域です。

この頃「糸満って良いよね」と聞く機会が増え、今後もそんな羨ましがられる糸満をもっと良くしていこう!という市民の皆さんの応援ができるよう、頑張っていきたいと思います!!

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