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どこまでも



北海道日記続編です。

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耳元で鳴り響き頭の中をダイレクトに刺激するアラーム音で目が覚める。
厳密には、まだ目覚めてはいない。意識だけが夢の中から徐々に現実世界へ引き戻されていく。午前4時。
3時間の睡眠で体力が回復するわけなどなく、瞼を持ち上げる気力すら湧かない。
それでも身体を起こさなければならなかった。

予約していた熱気球のフライトの集合時間は午前6時。早朝が一番風がなく安定しているからという理由からだけれど、にしても早すぎる。車で1時間20分ほどの場所にあるため諸準備も含めて逆算しこの時間にアラームをセットしていた。

力の入らない身体を無理やり立たせ顔を洗い歯を磨く。
大きな窓に付されたカーテンを開ける。
その瞬間まで記憶から剥がれ落ちていたがここは35階だった。今回の旅行は航空会社のパックを予約したので部屋を自分で指定したわけでないのだけれど、眺めのいい部屋に案内され幸運だなと思った。
目下には大自然のパノラマが広がっている。
しかしせっかくの絶景も虚しく空はどんよりとした薄灰色の雲が続き、絶え間なく雨が降り注いでいた。


本当に飛ぶのだろうかと疑心暗鬼になりながら、ひとまず用意を済ませ1階のロビーへと降りるとフロント前に人だかりが出来ていた。
何かあったのだろうかと近づいてみると、ゴンドラ運行中止の案内とその説明がされている最中であった。


星野リゾートトマムには雲海テラスという、標高1088mの場所に設置されたバルコニーがある。トマムの雲海が発生する高さのやや上、山の山頂近くに設けられ、空の絶景を眺めることが出来るのだ。
そこまで行くためには地上からゴンドラに乗る必要があるのだけれど、大雨が吹き荒れる天候の影響を受け中止が決まったとのことだった。雲海に出会えると期待を膨らませていたに違いない宿泊客たちが落胆の顔を浮かべていた。

元々私は朝一で気球場まで行く予定でいたのでゴンドラ運行とは無縁だったのだけれど、地上に降りて知る外の雨の様子はタワーの上階から見る雨とは異なり、一瞬でフライトは中止であろうことを悟った。楽しみにしていただけに残念な気持ちも大きかったけれど、疲れた身体が運転することを拒んでいたので内心ほっとする。


部屋に戻るとすぐ、まだ体温の残るホテルのロゴが印字された部屋着に着替え直し、ベッドにダイブ。1時間の仮眠を取り朝食ビュッフェへと向かった。
ホテル内の売店は8:00~22:00までの営業で、夜遅くホテルに着いてから何も口にしておらず空腹だった。その分朝食の時間を心待ちにしていたのに、その割にはほんの少しで満足してしまいビュッフェの魅力をあまり感じられなかったかもしれない。
美味しいご飯が目の前にあるのに、それを受け入れる容量が自分にないのだ。欲しいものは目の前にあるのに、あと一歩のところでいつも届かない。


部屋に戻ってもまだ7時頃で、もう少し仮眠をとる事にした。
眠りから覚め荷物を整理し出発の準備をする。雨は止み、大幅に予定を変更することなく済んだ。
朝食の最中に今日の予定を確認していた。
水族館やその他見学施設への変更を母に提案されたけれど、正直どれにも興味が湧かなかった。というより、当初の目的のほうが魅力的すぎて劣ってみえてしまった。水族館も好きだけれど北海道でなくても行ける。



車に乗りナビを美瑛町 青い池に設定した。
3日間で各名所を回りどれも感動的だったけれど、実は移動中に車から見える眺めも記憶に残るものだった。
いくつもの峰が連なり見渡す限りの大自然。
また、北海道の雲は低く空が近く感じる。
感じるだけかと思っていたけれど、調べてみると空気中の温度が低い為に、空気がすぐに飽和してしまい低い高度で雲が発生するということらしかった。
そのせいで山の頂きよりも下に雲がかかり、全ての山が高く見える。
そしてその分必要以上に己が小さく思えた。
畑の土が明らかにゴツゴツ硬そうだなと思って見ていると、それらは全て収穫途中の玉ねぎやジャガイモだったりした。その光景が永遠に続いた。


以前原田マハさんの 生きるぼくら を読み、作中に出てきた長野県の御射鹿池に行きたいと知人に話したところ、北海道にも似たところがあるよねと教えられたのが美瑛町の青い池だった。今回北海道に来ることになりどうしても足を運んでみたかったのだ。
知人に言われるまで存在を知らなかったけれど青い池は大変人気な観光地らしく、観光バスが入れ替わり停車し一般用の駐車場もいっぱいだった。


上流に白金温泉地区があり、そこから湧出しているアルミニウムを含んだ水が美瑛の河川に混じることでコロイド(ある物質が粒子となりほかの物質の中に分散している状態)が生成され、そのコロイドが太陽光を受け青い光を放つという仕組みらしい。
つまり、池の水はこの地区で湧出された水でなければ青く光らないのだ。
昨晩の雨で余計な物質が池に混じってしまったせいで、通常のコバルトブルーがエメラルドグリーンに少し霞んでしまっていた。
エメラルドグリーンも十分綺麗だけれども、本来の美しさを損なってしまった池はどこか悲しそうでもあった。
エメラルドグリーンも綺麗だよ、と池と自分に言い聞かせようとしたけれど売店で買った青い池プリンの青いゼリーの部分は、やはりコバルトブルーだった。
冬の雪景色もかなり綺麗だということなので、それも兼ねてまたリベンジしようと思う。


近くに白ひげの滝という滝があるのを見つけていたので寄ってみたけれど、橋の上から少し眺めるだけで近くまで降りることは出来ず(近づけば滝に打たれて潰されそう)観覧時間は5分ほどで終わった。
近くにカフェや食事処があったような気もするけれど、途中道の駅で焼きたてパンを購入しておりお腹は満たされていた為、最後の目的地へ向かった。


50分弱で、富良野市にあるニングルテラスに到着する。
ニングルというのは、アイヌに伝わる北海道の森に住む妖精のことをいうらしい。
森の中にログハウスが立ち並び、各ログハウスの中はハンドメイドの雑貨屋さんになっていた。
雪の結晶を模したアクセサリーやガラス製品などの店があり、手作りキャンドルのお店に1番惹かれた。


いつからかキャンドルを集めることが趣味になっていて、ちゃんと火を灯して香りや明かりの揺らぎを楽しむことだってある。
ニングルテラスに相応しく、ニングルを模したキャンドルや、木にフクロウが止まっている様子のものもあった。
キャンドルが好きだということも、キャンドルに火をつけて愉しむ趣味があることも、あまり人には言わないのでもちろん母も知らなかった。
何となく、寂しいイメージを抱かせてしまいそうな趣味だと思っていたし、実際寂しいときや心を落ち着けたい時や心に波が立っているときに火を付けることが多いので、いつも1人密かに楽しんでいたのだ。


キャンドルに見とれている私に、初めはきょとんとしていた母も気づけばいくつもの商品を手に取りレジへ運んでいた。
ヘアサロンを経営している知人へのお土産や、最近夫婦仲が芳しくなく落ち込んでいる友人へのお土産に選んでいるのが母らしいなと思った。母自身はあまり興味はないらしかった。
ちなみに私が購入した3つのキャンドルは、そのまま全て私の部屋に飾ってある。
私も誰かの悲しみに寄り添えるような人間でありたいと思うけれど、結局はいつも自分のことで精一杯で母のようにはなれない。
似ているようで全然似ていないなと思う。


ニングルテラスを出発し、空港へと向かった。


日常から逃げたくて非日常の世界へ駆け出すことが頻繁にあるのだけれど、旅先でも自分という本体からは決して逃れることが出来ずがっかりしてしまう度、結局自分は自分という人間を1番遠ざけたいと思っているのだなということに今回初めて気づいた。

飛行機が空の旅を終え地上に降り立つと、機内の至る所からスマホの通知音が鳴る。
私も釣られて機内モードを解除し電波を入れるが、新しい通知は1件も入ってこなかった。行きも帰りも。
出発前に誰かに連絡を入れたわけでもないし、返事をしたわけでもないから当然といえば当然なのだけれど、それは言わば自分がこれから数時間(いや数日間)連絡を返すのが遅かったり全く返ってこなくても心配しないでね、と伝えたいと思う相手がどこにもいないということであり、伝えられるような親しい関係の相手がいないということでもあり、
日常から離れた先でも連絡を取りたいと思う相手がいないということでもあった。


しばらく連絡をとっていた相手が居たけれど、出発前に途絶えてしまい無理に付き合わせてしまっていたのだろうかと思い悩んだので、私もそれきりにしてしまった。
今北海道に居て、こんな景色を見ているよと伝えたい相手だったけれどやめておいた。
写真付きでメッセージを送れるような可愛いひとになりたかった。

結局大阪に帰って数日後、お酒の力を借りて「私はずっとあなたと話していたい」という気持ちを伝えた(らしい)のだけれど、(実はあまり覚えていない)どこまで伝わったかは正直分からない。だってお酒の力でしか伝えられない言葉なんて無力だと思う。分かっているのにね。
でも全部本心だった。


次に綺麗な景色を見た時には、あなたに写真を送ろうと思います。



では。









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