センチメンタルVRChat
ある日、仲の良いフレンドが来なくなった。すぐに戻ってくるだろう。最初はそう思っていた。でも、足跡が途絶えてからあっという間に10日がすぎた。
出会い
みなさんの周りにはどんな友達がいるだろうか。一緒にいて安心する人。楽しい人。癒される人。いろいろな人がいるだろう。
もちろんVRでのフレンドも同じだ。そしてよく会うフレンドの中に、会うたびに元気と刺激をもらえる人がいた。仮にAと呼ぼうか。
出会いは別のフレンドのもとに遊びに行ったときのこと。移動した世界で目に入ったのは、ぬいぐるみやベッドが散りばめたポップなお部屋。そして奥の部屋には落ち着いたバーカウンターと桜の木。そういえばあのときは桜舞う季節だった。
そんなれっきとした世界の「創造主」、それがAだった。
当時は始めたばかりだったからその技術がわからなかったけど、今なら言える。こんな世界を作れるの、すごい。
次々見える新しい世界
「こんにちはー」
次に会ったとき、聞き覚えないのない声が聞こえた。そこにいたのはAさん。でもいつもの落ち着いた声じゃなく、もっと高い清楚な声。そう、ボイスチェンジャーを試していたのだ。
その次に会ったとき、不思議な歩きかたをしていた。今度はフルトラッキングだ。「無限歩行」ってやつを身につけようとしているらしい。
そのあとも、ものすごい勢いで挑戦を続け、見せてくれるAの姿があった。
パーティクルライブの魅力を教えてもらったり。
アバターの一部位だけを変えられるようにしたり。
さらに新しい世界を作ったり。
アバターを分身させたり。
会うたびに自分の知っている世界が塗り替わっていく感覚。自分の中で、バーチャルが現実と同じ重みを持ち始めた。小説の中で現実と夢が区別できなくなる展開を笑って読んでいたけど、今はもう笑えない。この感覚、わかるよ。
突然の別れ
VR"Chat"の名前の通り、雑談することもあった。話を聞いていてAのアバターの世界観にハマった。Aのクリエイティブ力についほだされて、自分の夢を語ったこともあったっけ。
ある日のこと。
「やることがなくなってきた」
とAがつぶやいた。
また別の日。珍しくお酒を飲んでVRに来たAがいた。その日はアニメのOPを一緒に見ながら語り合った。いつもよりもテンションが高いA。そして好きなアニメの話を一緒に続けるあの楽しさたるや。この日、自分の中でのバーチャルがリアルを逆転した。
次の日、Aが一人でいたので初めてソロでjoinしてみた。一緒に遊んだあと、Aは別の用事で一旦お別れした。
この日を境に、Aは姿を消した。
つい考えてしまう
最初は気のせいかと思った。でも10日たってもログインの形跡がない。何があったんだろう。
思えば予兆は一応あった。
雑談をしていて、「私には何もないから」と寂しげにAがつぶやいたあのとき。そんなことないと本気で言ったけど伝わっていただろうか。
「やることをすごい勢いでやる人はある日突然いなくなる」とAが話していたこともあった。まさかやめたりしないよねと冗談めかして言ったら「わたしはやめないよ」と返していたけど。
そういえば、いなくなる数日前には「VR睡眠やってみない?」と勧められたこともあった。軽くいなしたけど、あのときもし応じていたら。
もしこうしていたら。そんな考えても仕方ないことが頭を回っていく。
不在の世界が根づいていく
夜、Aと再会した夢を見た。そうか、Aは自分の中でここまで大きな存在になっていたのか。FF8でツンケンしていた主人公が、ヒロインが消えた途端にヒロインに会いたくなってなよなよするシーンがある。遊んでいた当時はなんだそれって思ったけど、今の自分はそんな彼を笑えない。
よし決めた。
「元気?」
勇気をもってメッセージを送った。返事はなかった。でも、変化はあった。VRChatにログインした形跡があったのだ。良かった。とりあえず別の世界では元気にしているんだ。
2週間がたった。あれからVR世界は、リアルの下にあるものとなった。ひっくり返る感覚はもうない。前ほど刺激はないけど、それでも楽しい友人がいて、仕事のあとにログインすればまた明日もがんばろうって思える。VRChatは安心できる場所となった。
二週間がたち、ようやくAの不在を受け入れつつある自分。
きっと、ネットの世界では人とのつながりが消えるのはありふれた出来事なのだろう。しかし僕の場合、ネットを介して友達ができたのはここ最近のことだ。だから、友達が突然消えるってのは初めての体験だった。でも、できることはやった。あとはなるようになるしかないさ。
帰還
もうすぐ三週間たつかというある日。仕事中に見慣れぬ通知があった。
「元気になりました!」
Aだった。
思わず立ち上がり「やったっ!」と声が出る。今日がテレワークで良かった。職場だったら詮索されそう。「実はVRの友達が」とか説明しても変な目で見られるだろうし。
さて、その日の夜さっそく会いに
――行ってない。
実は、その日の夜が今だ。会いに行かずにこんな文章を綴っている自分。早く会いに行けって? いや、違うんだ。言い訳させてほしい。
この文章、本当はもっと早く書くつもりだった。悲しいこととはいえ、ここまで心が揺さぶられる経験、なかなかないから残しておきたい。でも別の原稿があってそっち優先してたら書きそびれてしまって。しかもうれしいことに書いていない間にAが復活してくれた。
実際に会ったら、きっとこんなセンチメンタルな文章はもう書けなくなるにちがいない。
だからさ、明日こそ会いに行くよ。
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