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「鬼棲む冥府の十の後宮」第四話


 ■

「紅花嬢ちゃん、人使い荒いんじゃねーか!?」

 夜。外の幽鬼を倒しながら、魑魅斬が叫ぶ。
 魑魅斬にも作戦に付き合ってもらうことにした。魑魅斬が宮殿内に送り込んだ幽鬼と戦っているうちに、紅花が宮殿内の花を探すという算段だ。

(やっぱり、幽鬼にも個体差がある。大抵は話が通じないけれど、こちらの言葉にやや反応を示す幽鬼もいる)

 幽鬼は夜に最も数が多くなる。紅花は、色んな幽鬼と接してみて、その中でもこちらの呼びかけに応じそうな者を捜していた。
 そこでちょうど、大きな白い靄が見えた。昼間はいなかった幽鬼だ。

『ア ア 王様 憎い ニクイニクイニクイ――……』

 意思がある。
 紅花は靄に向かって呼びかけた。

「あっちよ! あっちに宋帝王がいるわ」
『宋帝王 ソウだ 其の名前 アタシを地獄ニ オとした男』
「付いてきて! 案内してあげる」

 幽鬼は紅花の言葉に反応し、走り出す紅花の後を付いてくる。
 行き先は、天愛皇后の宮殿だ。「ほんとにいいのかよ~……」と乗り気ではない魑魅斬も付いてきた。

「こっちだ、こっち!」

 あらかじめ宮殿の壁に貼り付いて待っていてくれたのは、掃除鬼である。鬼は空を飛んだり壁をよじ登ったり、人にはない力を持っていることが多い。宮殿の高い位置にある窓の傍から幽鬼を呼べるのは、今紅花が持つ手駒の中では掃除鬼だけだ。

『そこかァ゛ぁぁぁぁ』

 幽鬼が不気味な声を上げながら、一直線に窓から宮殿内へと突っ込んでいく。丈夫なはずの窓が勢いよく割れ、強い風が吹く。その風に驚いて壁に張り付いていた手を外してしまったらしく、掃除鬼が真下に落下してくる。
 下にいた紅花は、走って掃除鬼の体を受け止めた。ひゅう、と魑魅斬が口笛を吹く。

(この窓、どうしようかしら……)

 割れて落ちてきた窓の柵を眺めて気持ちが落ち込んだ。
 一体修理費はいくらかかるのか。紅花はただ働きの無一文なので、請求は魑魅斬の方に行くかもしれない。

 そんな余計なことを心配していると、目の前の宮殿から女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
 その声に反応した魑魅斬が焦ったように紅花の肩に手を置く。

「中で幽鬼が暴れてるみてーだな。今すぐ行こう」
「駄目よ」
「はあ!? 人が襲われてんだぞ」
「結局勝手に入るならここまで準備した意味がない。天愛皇后の御身は飛龍様が守ってくださっているわ。向こうから呼ばれるまで待つべきよ」
「それまでに、宮殿内にいる侍女たちが怪我したらどうすんだ!」
「怪我?」

 紅花は眉を寄せた。何を甘いことを言っているのか。

「怪我如きなんだっていうの?」

 地獄には、どんな怪我もたちまち治すことのできる治療専門の鬼たちがいる。この鬼たちによって地獄にいる人間はどれだけ傷付いても治され、また傷付けられるのだ。
 同じように後宮の人間も、怪我をしたっていくらでも治してもらえる。何が問題なのか理解できなかった。

「これだから、地獄上がりの獄卒は……どいつもこいつも感覚が麻痺してやがる」

 魑魅斬がやれやれと頭を抱えた。

「いいか? 怪我ってのは、しない方がいいんだ。当たり前だけどな」
「何故?」
「怪我したら痛いだろ」
「…………」
「未然に防ぐのが一番いいんだよ」

 そんな感覚は、とうに忘れていた。

 魑魅斬は紅花の返事を待たずに宮殿の重い扉まで走っていく。
 紅花はその後ろ姿を慌てて追った。

「貴方はもう帰っていいわ」
「え、ええ!? 俺、窓に幽鬼を誘導しただけだけど!?」
「貴方にしかできないことだった、ありがとう!」

 戸惑う掃除鬼に感謝を述べると、掃除鬼はちょっと驚いたような顔をした後、嬉しそうににやにや笑っていた。

 宮殿内部は、豪華絢爛という言葉がぴったりな、立派な造りをしていた。灯りがないため薄暗いが、床や天井は見惚れる程作り込まれていた。

(これが皇后様の宮殿……さすが、張り切ってるわね)

 鬼殺しを住ませている冷宮とは大違いだ。元々あの冷宮は、罪を犯した王の妃を閉じ込めるために造られたものと聞く。造りの丁寧さに差があって当然かもしれない。

 じろじろと宮殿の様子を見ていたその時、奥から何かが割れる音と悲鳴が聞こえた。魑魅斬が「大丈夫か!!」と叫んで悲鳴の聞こえた方向に走っていく。
 この隙に、と紅花は掃除鬼に描いてもらった宮殿内の間取りを思い出しながら、侍女たちが普段使っている部屋へ向かった。

 花がまだ生きていれば、声が聞こえるかもしれない。しかしそれ以上に悲鳴や何かが割れる音の方が大きく、花たちの微かな声など届きそうになかった。
 騒ぎを聞きつけて慌てて逃げ出したであろう侍女たちの寝室は、同じ宮殿内とは思えぬ程に質素だ。侍女たちが眠る寝台であるショウがぼろぼろの状態でいくつか並んでおり、冷たい風が吹き抜けているだけでなく虫も湧いていた。これでは紅花の住んでいる冷宮の部屋と変わらない。
 皇后の部屋はこれよりもっと豪華なものだろう。こんなところで生活をしていれば、自分たちより下の奴隷という身分であったにも拘わらず自分たちよりも立派な暮らしをしている天愛皇后に嫉妬しても無理はないのかもしれない。

 奥まで進んでいくと、花弁が落ちていた。しおれた花弁だ。
 紅花はその花弁を辿り、侍女の寝室に直結した物置きに足を踏み入れた。一見特に何も変わったところはない物置きだ。しかし入ってすぐ、紅花はそれを発見してしまった。

 ――――何度も踏み躙られたであろう、茎の部分から手折られ、ばらばらになった枯れた花。
 その花々から声は聞こえない。もう、死んでいる。

「……花だって生きてるのにな」

 紅花はぽつりと呟いた。

 ■

「この下劣な鬼殺しは、あろうことか後宮の掟を無視し、無断で宮殿に侵入しましたわ!」

 侍女たちの怒鳴り声が聞こえてきたので、魑魅斬がどこにいるのかはすぐに分かった。その近くには、片付けられた幽鬼の死体の箱がある。
 侍女、特に皇后に仕える侍女というのは、元々は育ちの良い女性が多い。その上皇后に仕えているのだ、それなりに自尊心はあるだろう。自分たちの勤める宮殿に後宮内の〝汚くて臭い仕事〟を全て担っている鬼殺しが入ってくれば、穢されたと感じてしまってもおかしくはない。
 激怒する侍女たちを見て、ここで紅花が出ていけば火に油なのではと考え立ち止まった。

「けれど、この鬼殺しがたまたま入ってこなければ危うかったのでしょう?」

 暗くてよく見えないが、天愛皇后の声もした。ということは、その隣の人影は飛龍だろう。

「しかし、天愛様……! 入り口は施錠されていたはずです。この者は一体どうやって……ああ、汚い! 早くその箱を外へやってください!」
「ああ、錠は俺が来る時にかけ忘れたんだよ。ごめんね?」

 魑魅斬の存在を嫌がる侍女たちに向かって、飛龍があっけらかんと言う。
 確かに、許可なく立ち入ろうとした割には予想していたよりすんなりと侵入することができた。あれは、飛龍が表の入り口の鍵を開けておいてくれたからか。

「この者を罰しないということですか!? この宮を穢したのに!」
「助けてくれた相手にその言い方はないのではなくて?」
「助けてくれなんて頼んでいません!! このような身分の低い者に助けられるくらいなら、死んだ方がましです!!」

 侍女が、天愛皇后の言葉に対し悲鳴のような声を上げる。
 その発言は元々奴隷であった天愛皇后に失礼なのではないだろうか。しかしこれで、侍女たちにはやはり身分差のある者に対する軽蔑があることは確認できた。

「――確認していただきたいことがあります、天愛皇后様」

 ここでようやく、紅花は暗闇から姿を現した。

 まさかもう一人鬼殺しが紛れ込んでいるとは予想していなかったのか、侍女たちがはっと紅花の方を向いて青ざめる。侍女たちにとって、鬼殺しは遠い世界の汚い人々だ。そんな人間が二人も宮殿内に侵入しているという事実は恐ろしいだろう。

「いやっ……いやぁぁぁぁぁ!」
「そんな嫌がらなくても……」

 それにしても、この反応は酷いのではないか。鬼殺しの仕事を始めてから、嫌がられたり臭がられたりすることには慣れている。が、叫ばれるとさすがに傷付く。

「確認してほしいことって?」

 天愛皇后が妖艶に笑った。
 ゆらゆらと揺れる炎に照らされる様は何とも美しい。特に今夜は王が通うということもあり、身なりを整えている。ぞっとする程の美貌だ。

「天愛様が育てていたと思われる花が、侍女たちの部屋から見つかりました」

 侍女たちが息を呑む気配がした。先程まであれだけうるさかったのに、急に黙り込むのだから分かりやすい。

「口頭で伝えるだけでは信じがたいと思いますので、天愛様ご自身の目で確認していただきたい」

 はっきりとした口調でそう告げた。
 今、この場には、天愛皇后を溺愛している王までいる。これが事実だと発覚すればただでは済まない――馬鹿でも分かることだ。
 侍女の一人が慌てたように言い返してきた。

「何です、この鬼殺しは! 失礼にも程がありますわ! 嘘に決まっております!」
「そっ……そうよ! 例え私たちの部屋から見つかったとしても、犯人は私たちじゃない! そ、そうだわ! もしかして、あの掃除鬼の仕業ではないでしょうか!? 自分が疑われた腹いせに、私たちを犯人に仕立て上げようと……!」

「――私には花の声が聞こえます」

 侍女たちの言葉を遮るように、静かに言い放った。

「彼女たちは、掃除鬼がやったのではないと言っていました」

 はったりだ。枯れた花の心の声を聞くことは紅花にもできない。
 しかし、これ以上掃除鬼が無罪の罪を着せられることだけは避けたかった。

 数秒、重たい沈黙が走る。
 ふ、と口元を隠して柔らかく笑ったのは天愛皇后だった。
 無論、今この場で笑っているのは天愛皇后だけだ。他の者たちの表情には緊張が走っている。

「これは本当のこと?」
「…………」
「わたくしが、嫌いかしら?」

 怒っているようには見えない。むしろ冷静だ。だからこそ得体の知れない怖さがある。
 恐怖を覚えたのは紅花だけではないようで、侍女たちはぶるぶると体を震わせている。

「事実なら、俺も黙ってないけど」

 天愛皇后の隣の飛龍が、追い打ちをかけるように脅す。
 この様子を見ていると、誰か一人の侍女が行ったというわけではなく、侍女たち全員が共犯だろう。紅花の能力を知り反論してこなくなったのがその証拠だ。これ以上の嘘は重ねられない。

「……も……申し訳ございません…………」

 蚊の鳴くような声で、一人の侍女が謝罪した。罪を認めたのと同じだ。

「謝れとは言っていないわ。質問をしているの。わたくしが嫌い?」
「嫌いだなんて、そんな……っ」
「ならどうしてこのようなことを? 誤解しないで、責めているわけではないの。このようなことをさせたわたくしにも責任があるもの」

 天愛皇后の言葉は、紅花にとっても予想外だった。
 侍女たちがおそるおそるといった感じで顔を上げる。

「……見てて、嫌、だったのです。嫉妬してしまいました」
「わたくしに?」
「っちょっと、やめなさい! 失礼よ」
「いいわ。続けなさい」

 侍女の発言を別の侍女が咎めるが、天愛皇后は続けることを促した。

「お言葉ですが……奴隷が皇后になるなど前代未聞のことなのです。私が知る時代にもこのようなことはありませんでした。他の区域の皇后たちは皆高貴な生まれのお方です。それ故、我々侍女が馬鹿にされることも多く……」
「最初は、私達も精一杯天愛様にお仕えしようと思っていました。皇后様の侍女になれるのは名誉なことだから。けれど、他区域の侍女に色々と言われ続けるうちに、確かにどうして私達が奴隷出身者の言いなりにならねばならないのだろうと思い始めて……」
「その疑念が、恐れながら、天愛様への嫉妬という形で現れてしまいました。天愛様は私達よりもずっと良い物を食べて、良い暮らしをして、宋帝王様にもご寵愛を受けて……元奴隷でもこのような人生を歩めるのでしたら、自分たちにもこのような人生があったのではないかと思ってしまって……醜くも嫉妬してしまいました」

 次々と侍女たちが本音を吐き出していく。天愛皇后はそれを黙って聞いていた。

 侍女たちが一通り気持ちを吐き出した後、しんとまた沈黙が走った。
 そして、天愛皇后がゆっくりと口を開く。

「――なぁんだ、そんなこと。不満があるのなら、言ってくれたらよかったのに」

 その声は、罪人に向けるにしては驚くほどに優しかった。

「…………ぇ……?」

 戸惑ったのは紅花だけではない。侍女たちが一番目を見開いている。

「飛龍、この侍女たちに良い物を食べさせるよう手配してくれない? あと、前々から気になっていたのだけれど、この子たちの住む場所も修繕する必要があるわ。あそこ、雨風の音がうるさくてよく眠れないでしょう」

 どうやら天愛皇后は、侍女たちのことをよく見ていたらしい。

「それから、馬鹿にしてきた侍女達というのはどこの区域の者かしら?」
「閻魔王の区域の……皇后様の侍女たちです」
「そう。わたくしの出身のせいで、貴女たちを辱めてごめんなさい」

 侍女たちは、皇后に謝罪させてしまったことをさすがに心苦しく感じたのか、「いや、そんな……謝らなくても……」とたじたじとなる。
 天愛皇后は覚悟を決めたように、そんな彼女たちを見据えて言った。

「わたくしは、他の区域の者を黙らせる程、立派な皇后になってみせる。貴女たちを嫌な気持ちにさせた責任は必ず取ります。貴女たちには、それを支えてほしい。聡明な貴女たちにこそ頼めることよ」
「…………」
「今回はこれで終わりにしましょう。もう夜も遅いわ。お部屋にお戻りになって」

 お咎めなし、ということだ。本来であれば有り得ない。侍女たちは呆気に取られたような顔をしながら、拱手して立ち去っていった。
 身を低くしていた魑魅斬も酷く驚いたような顔をしている。

 紅花は――なるほど、と納得した。
 天愛皇后は、おそらく最初から、侍女の仕業だと分かっていたのだろう。
 日頃から自分に嫌がらせをしているのが侍女たちであることも、きっと知っていた。その上で、一度見せしめのために事を大きくし、嫌がらせを止めようとした。

 それを紅花が止めてしまった。
 当たり前だが、皇后の侍女になれる者は優秀だ。天愛皇后は彼女たちの才能を買っていたのだろう。彼女たちを殺すのではなく、それ以外の方法で嫌がらせを止めたかった。

 侍女たちは真犯人捜しが始まってから、気が気ではなかったはずだ。精神的な重圧も大きい日々を過ごしていた。
 侍女たちを精神的に追い詰め、紅花に真犯人を見破らせ、彼女たちが本当に焦ったところで本音を吐かせ、優しく声をかけ、手を差し伸べる。確かに、この方法であれば天愛皇后への感謝、その懐の深さへの尊敬の念を抱かせることができる。
 何とも――人心掌握に長けた皇后だ。

 無礼を働いたものを殺すのは簡単。それこそ皇后ともなれば命令一つで人の命を終わらせることができる。しかし、天愛皇后はその方法を選ばなかった。人材を育て、活かすことを選択した。

「……私を舞台装置として利用しましたね?」

 苦笑いしながらそう言うと、天愛皇后は満足気にふふっと口角を上げた。

「あら、何のことかしら?」

 この皇后、奴隷から王の正妻に成り上がったというだけあって、なかなかに計算高い。

「あいつらにはほんとに罰を与えなくていいの? 俺はちょーっと、不敬すぎて殺したいなぁって思ったけど」
「飛龍は血の気が多いわね。わたくしがいいと言ってるんだからいいのよ」
「ま、天愛が言うならいいけどぉ……」

 飛龍がつまらなそうに唇を尖らせる。かの宋帝王も、正妻の前では弱いらしい。

「貴女には褒美を与えないといけないわね。何でも一つ言うことを聞いてあげる」

 天愛皇后が紅花に視線を移してきた。
 褒美など与えてくれるのかと驚いた。あくまでも天愛皇后の主催した処刑を独断で中止させてしまったことへの償いとして犯人捜しをしているつもりだったので、何かもらえるなどとは予想していない。
 少し嬉しく思ったところで、これも天愛皇后の人心掌握の一貫なのでは、とはっとして咳払いした。

「大変有り難いお言葉です。では……私と同じ、鬼殺しとして後宮に連れてこられた玉風姉様を、家に帰すか、あるいは、後宮内でそれなりの生活ができるようにしてください。玉風姉様は鬼の死体の臭いに弱いです。あれではとても鬼殺しとして働けるとは思えません」

 天愛皇后が意外そうな顔をする。

「へえ。お友達?」
「姉貴分です」
「何でも聞くと言っているのよ? 他人のことでいいの?」
「玉風姉様が後宮へ連れられてきたのは私のせいです。その責任を取りたいんです。――自分のしたことの責任は必ず取る、閻魔王様のように」

 胸を張って言い切ると、天愛皇后はしばらく紅花を見つめた後、ぷっと噴き出した。

「ふ、ふふ……あはは……あーっはっはっは!」

 皇后らしからぬ高笑いをした彼女は、なかなか笑いが収まらないようで、いつまでもぷるぷると肩を震わせている。
 そんなにおかしなことを言っただろうか。

「閻魔王、閻魔王って。そればっかりだね君は」

 飛龍が呆れたように見下ろしてくる。

「好きなんだから仕方ないでしょう」
「好き!? あの冷酷無慈悲な男が!? ふ、ふふっ……あはは! あはははははは! 貴女相当な変わり者ねぇ!」

 飛龍へ言い返したその言葉も天愛皇后にとっては面白いものだったらしく、更に笑われる。

 そして、笑いすぎて出た涙を細い人差し指で拭きながら問いかけてきた。

「いいわ。その玉風とやら、何か得意なことはある?」
「ええっと……獄吏は向いていました。人をいじめるのがとても得意だと思います。あとは、掃除や料理などは一通り。私は家事が得意でないので、一緒に住んでいた頃はほぼ家事を玉風姉様に丸投げしていました」
「なるほどねえ。なら、料理人をお任せしようかしら。かなり厳しい修行をさせられると思うけど、地獄にいたくらいなら精神は強いでしょう」

 即座に適材を適所に置こうとしている。やはり人を使うことはうまそうだ。

「それから~……そうねえ。貴女、閻魔王の区域に偵察に行く気はない?」

 ばっと勢いよく顔を上げる。行ってもいいと言うのか、閻魔王の元に。

「天愛、本気? こんな小娘一人で他の区域に行っても警備に追い返されて終わりだと思うけど」
「大丈夫です。行けます。行かせてください」

 飛龍の反対の声を食い気味に押し切る。
 邪魔をするなという圧を込めた低い声を出してやった。

「確かに、一人で他区域に送るわけにはいかないわね。貴方も付いていってはどう? 飛龍」
「は?」
「ちょうどこの前、閻魔王が遊びに来たと言っていたでしょう。今度はこちらが遊びに伺ってもよいのではなくて?」
「俺が? この子のためにわざわざ?」
「この子の恋路を応援するため、というのもあるけれど……それよりも、わたくしのことを悪く言っていたという閻魔王の皇后について知りたいの。手伝ってくれるわよね? 飛龍」

 天愛皇后が秋波を送ると、飛龍はあっさりと「……君が言うなら」と了承した。
 この男、妻を前にすると随分態度が違うな、と思ってじろじろ見てしまった。

「何だよ、何か文句あんの?」

 凄まれたので「いえ別に」と短く返す。
 そして、天愛皇后に要件を聞いた。

「偵察というのは、具体的にどういったことを探ればよろしいのでしょうか?」
「閻魔王の皇后が元宵節《げんしょうせつ》でどのような衣装を身に付けるのか探ってほしいわ」

 確かに、他区域の皇后よりも珍しく美しい衣装で祭りに出れば、天愛皇后をただの奴隷上がりの妻と思っていた人々の意識も少しは変わるかもしれない。
 妃を着飾らせるのは侍女の仕事だ。皇后が格上であるということは、その皇后に仕える侍女たちも他の侍女たちより上であることと同義である。侍女たちの自尊心を戻すための良い機会だ。

「できる?」
「できるかできないかではありません。閻魔王様に会えるのなら、私は何でもいたします」

 天愛皇后への奉仕精神は微塵もないが、閻魔王の区域に行く口実を得られたのだから精一杯活用させていただこうと思う。
 ふ、と天愛皇后は含み笑いをした。

「いいわね。そんなに愛されていて羨ましいわ。閻魔王様」
「俺の愛じゃ足りないっていうの? 天愛」
「わたくしは元来女の子の方が好きだもの」

 天愛皇后は、飛龍の問いにそう答え、紅花の顎に手を添えて顔を上げさせる。
 美しい顔が急に近くに来て驚いた。

「妾にしたいくらいだわ、この子」

 ――この区域、王が男色家なだけでなく、皇后も女色を好むらしい。
 ひ、と思わず短い悲鳴が漏れる。紅花にそちらの趣味はないからだ。

「ふふ、怯えちゃってますます可愛い。機会があれば一晩中愛でてあげたい。こう見えて上手なのよ? わたくし」

 何が。
 紅花の反応を見て目を細める天愛皇后も怖いが、その後ろでめらめらと嫉妬の炎を燃やしている飛龍も怖い。
 紅花は天愛皇后からさり気なく距離を取りながら話題を変える。

「と、とにかく。閻魔王様の皇后について探ってほしいというご命令、謹んでお受けします。……でも、私のような下っ端の鬼殺しに頼んでよかったのですか?」

 天愛皇后なら他にも優れた間諜を持つはずだ。わざわざ間者を専門としない元獄吏の鬼殺しなどに頼まずとももっと確実な方法がある。

「あら、野暮なこと聞くのね。貴女で遊びたいの。貴女のことが気に入ったのよ、紅花」

 ――この皇后に気に入られてよかったのだろうか、と一抹の不安を感じた。



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