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淡雪みさ
2024年5月4日 13:13
水底で溺れているような感じがする。深い深い水の中、誰かが翼妃を呼んでいる。目を開けると眩しい光が見えた。水の外から差し込む光だ。その光へ向かいたいと思うのに手足が動かない。 その時、二体の龍が、水の底から翼妃の背中を押した。 次に見えたのは見知った天井だ。水の中よりも体が温かい。翼妃は布団の中にいた。「翼妃様……!? 翼妃様っ!」 横を見ると、鹿乃子が感動したように翼妃の名を呼んで
2024年5月4日 13:08
【第四章 十九歳】 太陽が東の山々の向こうに昇り、空は淡い青色に染まっていく。まだ冷たさを残す朝露が花々の葉の上できらりと輝いている。木々の新緑が穏やかな微風で揺れ動き、爽やかな緑の匂いが漂っている。満開に近付く桜の傍を飛ぶ雀の鳴き声が、新しい季節の到来を喜んでいるようにも聞こえた。 ――そんな美しい朝、翼妃を乗せた蒸気機関車は玉龍大社へ向かっていた。隣には柊水が居る。「翼妃ちゃん、体
2024年5月4日 12:59
◆ 数日後、鶴姫から初めての返信が来た。 “貴様は、出雲の神鎮、鹿乃子と知り合いなのか”――たった一言、美しい香りのする和紙にそう書かれていた。 この神は大勢いる神鎮の名前を一つ一つ覚えているらしい。それも、実力が劣っているとして屋敷を追い出された神鎮の名前まで。やはり鶴姫は人を気にかける優しい神なのだろう。「どうして鹿乃子さんだって分かったんだろう……」「さすが鶴姫様ですね。ご
2024年5月4日 11:47
【第五章 十八歳】 数年前から見る夢がある。 頻繁にその夢を見る時もあれば、数ヶ月間が開くこともあった。翼妃《つばき》は、最初にその夢を見たのがいつかもう覚えていない。おそらく火紋大社へやってきてしばらくした頃からだろう。 夢の中で翼妃はある男と出会っていた。上質な漆黒の着物を身に纏った、長い黒髪の男だった。彼を見た幼い翼妃はその美しさに見惚れ、胸が高鳴った。「――、可愛いな」
2024年5月3日 21:27
ある時、翼妃が居なくなった。 きっかけはちょっとした苛立ちだった。いつものように口付けしようとすると翼妃が抵抗したのだ。柊水は翼妃に拒否されたことに行き場のない衝撃を覚え、翼妃を暗い倉の中に閉じ込めた。 二度と自分に抵抗しないよう、少し分からせてやるつもりだった。階段を使って外にある小さな二階の窓から啜り泣く翼妃の様子を見ていた。反省したようであればすぐに迎えに行くつもりでしばらく翼妃を眺
2024年5月3日 21:17
【第四章 柊水】 廻神柊水《えがみしゅうすい》という男は、生まれながらにして神を祀る家系の当主の息子としての運命――言い方を変えれば、重荷を背負っていた。 神鎮の権利は、廻神家の血を引く者全てに与えられる。しかし、それを上手く扱えるかどうかは与えられた神鎮の才能に依る部分が大きい。当主の息子であるという時点で注目を集めていた柊水は、その才能が災いし、早くから次期当主候補であると騒がれるよう
2024年5月3日 20:56
【第三章 十六歳】 宰神家で過ごして三年が経ち、翼妃が十六歳になる年がやってきた。 宰神家の人々は翼妃を家族のように扱ってくれた。一人の仲間として神を管理する日々は幸せな物だった。廻神家で過ごしているだけでは手に入らなかった教養と常識、武術、そして神々の知識を身に付けることができた。「じゃーかーらぁ! 我は焼酎がいいのじゃ!」 ――そして、赤鬼が存外我が儘な子供であることも知ること
2024年5月3日 18:11
◆ 季節は巡る。屋敷の屋根にも雪が積もるようになった。 帝都も存外寒いのだと、柊水からの手紙で読んだ。 玉龍大社の冬は寒い。美しい庭も雪で覆われ、純白の絨毯が広がっているかのようだった。陽の光を浴びる時間も日に日に短くなり、吐く息も白くなる。 このような寒さの中外に出て鍛錬するほどの気力はないのか、いつしか何故か銀志からの干渉もぴたりと止んでいた。(もう少ししたら、鹿乃子さんと一
2024年5月2日 14:02
【第二章 十三歳】 柊水が屋敷からいなくなって、およそ三年が経過しようとしていた。「神鎮の力を試そうぜ!」「いいところに忌み子がいるな、殺してやろう!」 意地悪な柊水さえいなくなれば辛い時間は少なくなると思っていた翼妃の期待はすぐに裏切られる。以前までは柊水が翼妃にべったりであったために翼妃にあまり近付かなかった屋敷の神鎮たちが今度は翼妃をいじめて遊ぶようになった。まだ小さな体をした
2024年5月1日 22:02
その日の昼間、翼妃はある事実に気付いた。 ――白龍と買った面を付けていると、周囲の人間に存在を気付かれない。 白龍に買ってもらったものを部屋にある壺の奥にずっと隠していた翼妃は、柊水や屋敷の者がいない時間帯を狙ってこっそり手毬などの玩具を取り出し遊んだ。 主に絹や紐などの素材を用いて繊細な手縫いで作られたであろう紅色の手毬は、装飾も拘られていてお気に入りだった。勿体なくて外では使えな
2024年4月30日 15:32
【第一章 十歳】 翼妃と柊水の出会いから、四年の月日が流れた。翼妃が十歳、柊水が十五歳になる年の秋、庭の紅葉が美しく見えるようになった頃、柊水は屋敷の中でも最も神鎮の権利をうまく使いこなせるようになっていた。顔立ちもより凛々しくなり、使用人の女性の中でも将来有望だと話題となっていることを翼妃は噂で耳にした。 柊水が評価されるごとに、翼妃の心は冷えていった。あれほど非情な人間でも、能力さえあ
2024年4月29日 18:17
◆ 廻神家の屋敷での生活も半年以上が経ち、翼妃には友達ができた。それは、たまに屋敷を訪れる雀だった。 最初は部屋の縁側にやってくるその雀にこっそり餌をやっていただけだった。そのうち、雀は翼妃の肩に乗ったり手に乗ったりしてくれるようになった。翼妃にはその様子が愛おしくてたまらず、雀といる時間が、翼妃がこの屋敷へ来てからの唯一の安らぎとなっていた。 餌を食べ、翼妃とじゃれ合ってから青い空へ
2024年4月29日 18:11
幼い頃から見る夢がある。 頻繁にその夢を見る時もあれば、数ヶ月間が開くこともあった。最初にその夢を見たのがいつかもう覚えていない。おそらくまだ物心も付いていない頃であっただろう。 夢の中で翼妃《つばき》はいつもある部屋に居た。 その部屋には水面のような透明な床があり、常に水の音がしていた。壁は一面金色で、美しい着物を着た女性たちが十数人ほどいた。その女性たちは翼妃の知る日本語ではない