空気を纏う①
僕は田舎のシティボーイ。
小学生時代は冬でも短パンをはいて、外で元気よく遊び回っていた。学校の友達とサッカーに夢中になって日が暮れるまで走り回り、喉が渇けば100円を握りしめ近所の駄菓子屋でコーラと粉ラムネを買った。コーラに粉ラムネを入れ、ブクブクと泡が瓶から飛び出す瞬間にカプッと口で覆い、涙目で咽びながらも全部飲み切ることが最も格好いいヤツだという、今考えれば訳の分からない価値観の中で生きていた。
毎日同じようにキャプテン翼のキャラクターに成りきって、サッカーで遊んでいる。でも昨日と今日は同じでない。時に友達の足元が颯爽とした白いラインに変わっていた。彼は親にねだってプーマのスニーカーを買って貰ったのだ。
ラインの美しさに思わずジロジロと眺めると友達は得意気に
「プーマっていうんだ。これ履くと足が早くなるんだぜ」
と、胸をそらせた。
それまで月と星のマークが一番格好いいと信じて疑わなかった地面が初めて大きく揺らいだ。
「へー。そうなんだ。ふーん」
心の中とは裏腹に僕は平然を装ったつもりだったが、羨ましいという感情はきっと彼に伝ったのだろう。
「お前もプーマにしろよ」
「考えとく」
僕はそれしか言えなかった。
その日に帰宅した直後から、親にプーマをねだった。本以外の物を親にねだることは初めてだった。月と星のマークに比べ、高い代物のプーマに親は中々首を縦に振らなかった。それから事ある毎に買い物に付き合い、靴屋に親を引っ張った。流石に根負けしたのか、これだったらと言われて買って貰ったのはプーマではなくアシックスだった。
買って貰った翌日におそるおそる履いていくと目敏く友達が見つける。
「アシックスかあ。まあ良いんじゃない」
「おんなじものってのも何だなと思ってさ」
欲しかったものではなかったが、友達が認めてくれたからか、僕は二つのクロスラインが交じった足元を眺めることが多くなった。
そして日々は移り変わる。
いつもサッカーをしていたので、太ももや膝が擦り傷だらけだった友人がジャージを履いてきたのだ。
「いつまでも子供っぽい短パンじゃな」
なんてまた再び偉そうに自慢してくる。彼のスタイリッシュな姿をみた僕は、再び自分の幼稚な子供っぽさに気付いてしまい、羞恥心と嫉妬で頭がぐちゃぐちゃになった。
再び帰宅して親にねだる。毎日擦り傷だらけの息子をさすがに見かねたのか、ジャージは直ぐに買ってくれた。嬉しかった。
そんな田舎のシティボーイも中学に入学すると一変する。時代背景とも相まって、僕が入学した中学はヤンキースタイルがデフォルトだった。標準服で入学式を終えた三日後には、先輩ヤンキーから買わされたボンタンを履き学校に通うようになる。当時のイケてる一軍ヤンキー達はボンタンの上にミキハウスのトレーナーを好んで着ていた。
影響はされやすいが、反発しやすいのは買って貰った靴がプーマでなくてアシックスだったからなのか、それとも生来の天の邪鬼な性格からなのか。僕は直ぐにワタリ(太ももの幅)の広いボンタンスタイルからいち早く離脱した。
僕がチョイスしたのは「ワタリ34cm×裾16cm」という超タイトなズボンに開襟シャツ、胴回りを絞りに絞った学ランというモッズスタイルに、リーゼントではなくツーブロックのテクノカット風中分け。勿論、モッズもテクノも全く知らなかったけど、細身の自分が一番似合うものを直感で選んだ。
ビーバップハイスクールとBOOWYが最重要科目だったヤンキー全盛期に、僕の格好は目立つからか、よく他校のヤンキーに絡まれたが、大概は学校の名前を言うだけでビビって逃げていったし、隣のおぼっちゃん嬢ちゃん学校の生徒はすれ違うと必ず目を伏せた。
オンの服が変わればオフも変わる。ジャージしか着たことがなく、親がどれだけ勧めても履こうとしなかったゴワゴワとして動きづらいジーンズを履くようになる。時はケミカルウォッシュ全盛期。紫色の派手なペイズリーシャツを引っ掻けて、田舎のシティボーイはボーリング場に繰り出す。すると当時、4人入ればギュウギュウとなるカラオケボックスが我がホームグランドにもやってきた。中学校1年生にしてカラオケボックスデビュー。酒こそ飲まなかったが大人と同じように遊んだ。
中学入って直ぐに友達が仕入れてきたエロ本の回し読みが始り、中1の夏前には自分で買いに行くようになった。最初はドキドキしながら購入していたが、購入経験を積み重ね、友達からも一目置かれるようになる。平然とした顔で買えるようになった頃、本屋に向かうとレジには、いつものおばちゃんじゃなく、綺麗なお姉さんが座っていた。ちょっとビビったが平然とした顔でレジに持っていくと綺麗なお姉さんは微笑んで
「もっと大人になったら買いに来てね」
と、優しく言われ恥ずかしさのあまり走り去ってしまったのは良い想い出。
小学生の後半から始まった僕の思春期。僕はとにかくいち早く大人になりたかった。服も音楽も子供っぽいものバカにし、大人と同じ真似をしようとした。そして、とうとう中1の冬には小遣いを貯めて、黒いジャケットまで買ってしまう。初めて袖を通した瞬間の誇らしさは今も忘れられない。
続く
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