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白昼夢

人は夢を見る。だが見た夢が幻なのかそれとも別の現実世界なのかは誰も判別できない。今の現実世界で常識とされているものが正しく全てを認識していると声高に主張するなら別だが、脳の研究が全く進んでいない現在、心の在処を探す羅針盤すら無いのに全てを妄想と片付けるのは早計過ぎるといわざるを得ない。

2階建てのカフェテラス。太陽の光は強くもなければ弱くもなく、空気はカラッと乾いているが風はない。英語で言う"comfortable"という言葉がしっくるくる。

朝と昼の境目、見下ろす通りを人々が行き交う。額は広く、彫りは深いが、やや丸みのある鼻立ちに濃いめの髭。白い町並みに深みのある青い空。瞬時にそれを読み取ってここは南イタリアなのだなと自分の現在地を定める。

そして行き交う人、全員が乗るユニークな一人用の乗り物に目が釘付けとなる。馬や機械といった動力がさっぱり見当たらないのに、電動車椅子のように滑らかに動いている。あるお婆さんは膝上に少し広目のテーブルがあり、柔らかなクロスをかけて、一人用の炬燵みたいな乗り物に座って悠然と通り過ぎていく。

身体をむき出しした乗り物に座っているカフェの売り子のおばさんは、手に持ったトレーの上にエスプレッソショットを乗せ、通りすぎる人たちに声をかけては楽しげに会話を交わしている。
髭の濃く、身体の太い40代の男は売り子をあしらいながら、他の人よりも大型の乗り物に座って辺りを見回していたときに僕と目が合う。
珍しいものを見つけたときの人間のよくある反応、怪訝な目付きでジロりとねめつけ、直ぐに興味を失い、通りの向こう側へ行ってしまった。

スーツをかっちり身にまとった男性が乗るクールな乗り物に目が止まり、慌ててスマホを取り出すが、何故か立ち上がらずに写真を取ることが出来なかった。

古い南イタリアの街角。一人顔つきの違う自分。なによりも僕だけが乗り物を持っていない。

疎外感。

ここは歩くことを忘れた人達が住む世界。異世界に迷い混んだことに気付いた僕は席を立ち、辺りを見回した瞬間、世界は真っ白になり全てが消えてしまった。

とてもデティールがしっかりしていて、その質感までが感じ取れたのに、これを僕の頭の中で作り上げた仮想空間だとは、僕は言い切ることが出来ない。

昔、田舎の片隅で聴いていたラジオ。
僕の知らない国で起こる不可思議な物語に夢中になっていた。もしかすると僕はその世界の扉を開く鍵を未だに持っているのかもしれない。

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