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喫茶深海・レポ

 お昼のバイトをしながら、わたしはずっとそわそわしていた。これが終わったら、これが終わったら‥。お店を閉めてみんなでまかないを食べているときもそれは同じで、ずっと時計をちらちら見ていたせいかオーナーに「このあと何かあるの?」って聞かれちゃったくらい。そうですあるのです、わたしは考えてることがお見通しだったことをちょっと照れくさく感じながら、「このあと喫茶店に行くんです」と答えた。

「喫茶店?どこの?」
「十条です。ちょっと遠いんですけど」
「十条か!渋いところに行くねえ」
「銭湯の隣にある有名な喫茶店なんです。ずっと行ってみたかったんですけど、予定が合わなくて」 
 
 勘のいい喫茶マニアの方にはもうお分かりだろう。わたしはこの後、「喫茶深海」に行くのだ!

 インスタで見かけてからずーーーっと行ってみたかった喫茶深海。東京に住み始めてから喫茶店を回ることがささやかな趣味のひとつとなっていたわたしはずっと目をつけていたんだけど、いかんせん開店日が少ない。喫茶深海が開店している日、わたしの予定がない日、一緒に行こうと約束していた友だちの予定がない日、全部がなかなかうまく噛み合わなくて、実現するのがだいぶん遅くなってしまった。それが今日!やっと叶うんだ!わたしは前の夜からわくわくしていた。
 まず銭湯の隣にある喫茶店、という存在自体がとってもユニークで心惹かれる。銭湯と喫茶店、どちらもレトロマニアの心をくすぐるような場所だけど、それを一緒に経営するなんて発想いったい誰が思いついたんだろう。そして「喫茶深海」というネーミングも最高。純喫茶でもアメリカンダイナーでも、喫茶店やカフェというものは大体その店独自のコンセプトや世界観を持っているものだけど、この店のそれは「深海」なのだ。銭湯だからこそできる「深海」というテーマチョイスと、「喫茶」と「深海」という一見ミスマッチな単語が並べられた四字熟語にドキドキしてしまう。公式インスタアカウントがフレンドリーなのもポイントが高い。

 バイト終わりに友だちと待ち合わせして、電車に乗って喫茶深海へ。十条は初めて行く場所で、なんとなく東京のはしっこのような気がしていたけど、池袋から二駅と意外に都心に近い。降りてみるととても住みやすそうな街だ。駅前にはみんな大好きなチェーン店がたくさんあって、地元の人たちで賑わう商店街には八百屋さん、お魚屋さん、お肉屋さんが軒を連ねる。お肉屋さんには定番の揚げたてコロッケも売っていて、もしこの街に住んでいたら通るたびに買っちゃいそう、なんて思った。

 商店街の途中にある脇道に逸れると住宅街が広がっていて、ふっと静かな雰囲気になる。昭和の時代からあるんだろうな、という風体の民家にレトロマニアのわたしは胸が高鳴る。そんな通りを少し歩けば、見えてくる青色の光。「喫茶深海」の看板だ。

 喫茶と銭湯は同じ入口で、どちらの利用者もロッカーに靴を預けなければいけない。番号がふってある木の板でできた鍵を取って中に入ると、もうすぐそこに喫茶深海がある。雰囲気的にはそんなに「深海!」という感じはしなくて、むしろクラシックな純喫茶というイメージだ。お店の中は割と狭くて、カウンターのように一列に並んだ席がいくつかあるという間取り。
 わたしたちが行ったときは満席で、受付の青色の髪をしたおねえさんがわざわざ持ってきてくれた椅子に座って15分くらい待った。喫茶と銭湯の受付は一緒で、ほんとに同じ場所にあるんだなあとなんだか不思議な気持ち。わたし達が待っている短い間にも銭湯を利用するお客さんが次々にやって来て、お年寄りの人や子連れのお母さんとかいろんな年代の人を見た。喫茶の方も主に若い人に人気なのかなと思っていたけど、子供の将来を案ずるママ友の話が聞こえてきたりと幅広い層に支持されているみたいだった。喫茶も銭湯も、地元の人に愛されている場所という感じで、なんだか気持ちが安らぐ。
 
 友だちと喋っていたらあっという間に順番が来た。メニューを見てひたすら呻吟したら、券売機で食券を買って受付のおねえさんに渡すというシステム。ちなみに銭湯利用の際もこの券売機を使う。喫茶で食券を買うなんて初めてでなんだかドキドキした。
 わたしは欲張って深海ゼリーと十條湯クリームソーダ(ピンク)を注文。正直散々悩んだ。甘いゼリーと甘いクリームソーダを一緒に頼むなんてそんな贅沢なことしちゃっていいの?っていう罪悪感は割と早くに薄れ、残る選択肢はクリームソーダのカラー・バリエーション。青いゼリーに青いソーダは抜群に相性の良いコンビ、だけどピンクのクリームソーダなんて絶対に可愛いに決まってる!と思い、ちょっと派手すぎかなあなんて考えながらわたし的・夢のコンビを注文。友だちは喫茶の定番、元祖!クリームソーダと女将のプリンを注文した。このお店ってほんとに、至る所でネーミングセンスが光ってる。

 しばらくして運ばれてきた深海ゼリーとピンクのクリームソーダに、思わず「うわあ〜〜〜〜!」と感嘆。続いて「すご〜〜〜い!!」という言葉が口からこぼれ出た。

 深海ゼリーは晴れた日の海みたいにキラキラしていて、中に閉じ込められたフルーツがまるで海の中に眠る宝物だ。クリームのてっぺんにチェリーが君臨するゼリーの黄金比的形があまりに美しくて、しばらくうっとり見惚れる。手をつけるのが勿体無くて、しばらくスプーンでつんつんしていた。ふるふると揺れるゼリーの振動さえ愛おしい。意を決して口に運べば、初めて食べるっていうのにどこか懐かしい味がして、なぜか思い出した小学生の夏休み。ナタデココにフルーツ、宝物を掘り出しては深海と共にいただく。ざくざくと発掘して行く作業が楽しくて、上に乗ったチェリーまであっという間に平らげてしまった。
 ピンク色のクリームソーダには、もはや「圧巻」の一言を送りたい。「こんなに贅沢しちゃっていいの!?」と叫びたくなるような大きなグラスに注がれたキュートなピンク色のソーダは、心なしかキラキラして見える。金魚鉢のような形をしたグラスもとっても魅力的で、レトロ心にホームランを決められちゃう。贅沢に盛られたバニラ・アイスクリーム、どこか懐かしい硬めのホイップ・クリーム、そして遊び心ある星形フルーツ。スプーンですくって口に運べば、アイスクリームがシュワリと溶けて、微炭酸が口の中でパチパチと爆ぜる。わたしは炭酸があんまり得意じゃないんだけど、ここのクリームソーダはすごく飲みやすかった。とっても大きかったけど、こっちもあっという間にペロリ。
 友だちと一口交換して、置いてあった本をぱらぱらとめくって、次行きたい場所を決めて、窓の外を眺めて他愛もないおしゃべりをしたら、もうそろそろ出ようかって暗くなった地上に帰ることにした。レトロ看板とのツーショットももちろん忘れずに撮ってきたよ。「綺麗だったねえ、おいしかったねえ」ってふたりともとっても満たされながら来た道を戻った。日の暮れた街では家に帰ろうとする人たちがいそいそと帰り道を歩く。わたしたちも帰りましょう、それぞれの家へ。

 こうして書いてるとまたすぐにでも行きたくなっちゃうくらい、素敵な喫茶だったなあ。今度は十条という街も散策したいし、銭湯にも浸かって帰りたい。ゆっくりお風呂に浸かってからのクリームソーダなんて最高かも、すっぴんで喫茶に行くのはちょっと憚られるけど‥。
 東京という場所のいいところは、お店がたくさんあるところ、そして喫茶がたくさんあるところ!もっと見つけたい、もっと行きたい。みんなのおすすめがあったら、ぜひ教えてください。
 



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